ファミレスでの一コマ
特に補習がある日ではなかった。
別に遊びに出たい気分でもなかった。
どちらかと言えば自室でゴロゴロと赤本を眺め、天井を眺め、まどろんで、間食している方が性に合った。
まあ、だが、早蕨秀弥が「真面目な話がしたい」と言うのだから、雪橋悠は気だるい気分をおして、しかたなく電車で30分かかる駅近くのファミレスに顔を出した。
「うい。」と入店してキョロキョロあたりを伺う雪橋悠に早蕨秀弥が声を掛けた。
小さめのボックス席に陣取って、スパゲッティを食している。
「なんだい、昼飯か?」
「おう。お前はもう食ってきたのか?」
「お前が電話寄越した時に食い終わったよ。」
「そいつは悪かったね。」
「なに構わんよ。このアイス一つで手をうとう。」
「チッ! しかたねぇな。まあそれで手を打とう。…どうした、面白い顔をして?」
「お前こそどうしたんだ一体全体? 拾った宝くじが当たったか? ”宵越しの金は持たぬ”主義に感銘を受けて実践しているのか?」
「いやいや、そんな大それた事情がなくても出せるよ300円くらい。」
「300円くらい!? 300円くらいと申したか貴様!? なんだそのブルジョア発言!?」
「うるせぇよ。キャラつかみにくいよ。」
「うん。」と、腕組みをして雪橋悠。何か思案ごとにしかと頷いて彼は早蕨の前に座った。
「こわい話するつもりだろう。」
「怪談するつもりはないよ。」
「言ってないよ。その時はお前が許して下さいと泣いて詫びるまで話し込んでやるよ。アイス程度で済むと思うなよ。」
「いいな、面白いな。今度やろうぜ。」
楽しげに笑って応じる早蕨秀弥。
そして傍らのお冷を取り上げて、グイッと一飲み。
「けど、今じゃねぇな。」
「今を過ぎたらもう誰も怪談話で夜を明かす暇はないと思うぞ?」
「そういう話じゃねぇ。」
「わかってんだろう?」と目で語る早蕨秀弥。
「わかんねぇよ」と目で応じる雪橋悠。
「…この間の話、覚えてるか。」
「いや、どの話だよ。いろいろありすぎるだろう。もうちっと絞り込んでこいよ。」
「察しろよ、そこは。」
「無茶言うな。」
「真面目な話だ。」
「それはもう聞いた。」
「だからその話だ。」
「だからどの話だ。」
と、ここまで言葉を交わしたところで早蕨秀弥は頭を抱えてしまった。
雪橋悠は頃合いを見計らったかのように現れたウェイトレスにコーヒーとアイスを注文。
そしてまた早蕨秀弥の様子を観察する。
「はっきりと言ってしまえばいいのだよ。」
「お前、もう察しがついてんだろ、実は。」
「さて、知らないね。」
実際、彼はいくつかの候補は絞り込めてはいた。絞り込めていたが、結局どれが正解かはわからない。なら下手な当て推量など語らないほうが良い。
とくに、真面目な話だと言うのなら。
それが雪橋悠の判断だった。
「…昨日、告白された。」
諦めた様に早蕨秀弥はそう告げた。
「そうか、おめでとう。」
「めでたくねぇよ。めでたくないから今お前に話してんだよ。」
「まるでめでたいことだったらぼくに話すはずがないと言っているようだ。」
「そう言ってるよ。」
ブスッとした顔で早蕨秀弥は彼に応じる。
「頼むから真面目に聴いてくれ。」
「わかったよ。で、お相手は?」
「綾辻だよ。」
「そうか。そりゃ真面目な話だ。」
運ばれてきたコーヒーを啜る。
一口含んで、すぐ砂糖とミルクを混ぜに掛かる。
「返事は?」
「もうしたよ。」
「そうか。」
「俺は、美園が好きなんだ。」
「そうか。」
「あいつは、笑いながら”そうだよね”って言って帰ってったよ。」
「そうか。」
「…お前、ずっと知ってたろう。」
「いいや? 今始めて聴いた。驚きのあまり思考が追いつかなくて言葉も出ないよ。」
「そうかよ。」
言って、早蕨秀弥は天井を仰ぎ見る。
皿の上のスパゲッティは半分を残して放置されている。
表面の光沢に柔らかさが失せ、固く乾き始めている。
「で、どうしたら良いと思う?」
「え、何を?」
「美園に話すべきかな。」
「ああ、そういう事。」
さて、状況を鑑みる。
あまり聴いて面白い話ではあるまい。
結局、自分の彼氏に誰かがちょっかいを出したという話なのだから。
あるいは、自分の彼氏がモテて鼻高々という話なのかもしれない。
一応、その告白を袖にして自分を選んだという話なわけだし。
とはいえ、もともと間柄を怪しむような仲の良さがあったわけで。
相手が自分が多少なりと親愛の感を抱いている先輩というのもややマイナス要素か。
だが、今すでに間柄を怪しんでいるわけで、黙っているのはいささか微妙か。
「話してしまうのが無難かな。」
「マジで?」
「マジでマジで。」
祠堂美園は、頭のいい娘だ。
察しがよく観察眼がある、と雪橋悠は評している。
故に、二人の間柄が変化したことに直ぐに気がつくだろう。
なら、妙な方向に勘ぐられたり、不安を抱かれたりする前に、事実関係を知らせておいたほうがいいだろう。
「大丈夫かそれ? 浮気がバレそうになった言い訳とか勘違いされないか?」
「問題ないだろう。」
「え、マジで?」
「いや、そう勘ぐられるとは思うよ。」
「だめじゃん。」
「いや、あの子はそう勘ぐった上で、正解が何かをちゃんと見つけられるよ。疑おうと、疑うまいと、お前に嘘がないことはちゃんと見つけ出すよ。」
だが指針のない暗夜の航行よりは、灯火があったほうが安心できる。
すがれるワラを流しておけば何もないよりずいぶんマシだ。
まかり間違って最悪な勘違いをする可能性は少しは減るだろう。
だから”知らせない”よりは”知らせる”ほうが良い。
「そうか、でもその、美園はそれでいいとして、なんかそれ綾辻に悪い気がするんだよな。告白されて振っただなんて。」
「なんだ、そんなことか。バカだな~、早蕨。」
「あん?」
雪橋悠は黒から薄茶に色の変わったコーヒーをグビリと飲んで、ソーサーにカップを戻す。
「なんでそれを言う必要があるんだよ。」
「うん?」
得心行かない様子で首をひねる早蕨秀弥。
「だからさ、お前がミソノちゃんに伝えないと行けないのは、お前が恋人としてミソノちゃんを選んだってことと、綾辻とそうはならないって明確にしたってことだけだろう。」
「よくわからんな。」
「だから、綾辻から告白された事は、胸にしまっておこう。」
「え? それでいいの? いけんの?」
「うん。問題ない。」
「マジで。」
「マジでマジで。」
と、ここで届いたアイスを一匙。
「君が唐突に綾辻を呼び出してミソノちゃん一筋だと告白したことにすればいい。」
「うぉい。」
「そして綾辻がちょっと引き気味に笑って”そうだよね”って言って去って行ったことにすればいい。」
「うぉーい。」
身を乗り出して抗議の目を向けてきた早蕨秀弥。
だが雪橋悠はそれをしれっとした顔で受け流す。
コーヒーをのんびり飲む彼の様子に、早蕨秀弥は諦めたようにスパゲッティを口にする。
「それ、俺完全に恥ずかしい人じゃん。」
「大義のための小さな犠牲だ。ついでにミソノちゃんに話す理由は”恥ずかしくて死にそうだから聴いてくれ”ってことにするといい。」
「ハハハァ。自意識過剰なバカが一人、女友達が自分に気があると勘違いして先手を打ったら実は全然そんな事ありませんで赤っ恥かきましたよアハハってか。」
「いい手だろう。」
「…うん。最良手だと思うわ。誰も傷つかない。俺の名誉以外。」
「小さな傷だ。甘える理由にするが良い。」
「やめて。まるで俺がお前にミソノちゃんにどうやって甘えたらいいか相談したみたいに聞こえるからやめて。」
ハアっと嘆息して早蕨秀弥はまた天井を仰ぎ見る。
「そうだよなぁ。告白されました、フリました、だなんて、”俺すげぇ”って言ってるだけだもんなぁ。どんな理由があっても。」
「そんなつもりはなくてもね。綾辻にまだ友情が抱けるなら、彼女の名誉を優先してやれよ。」
「ばかいえ。」
不服そうに彼はこぼす。
「当たり前だろうがそんな事。」
彼女の名誉を優先できない可能性。
それを言及された事それ自体が、彼には不服だった。
「うん。すまんね。当たり前だわそんな事。」
そう言って、雪橋悠は安心したようにそっと笑った。
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