夜中の電話
無言電話
自室でごろ寝し、特に志望校というわけでもない京大だか東大だかの赤本をぼんやり眺めて、この問題はどういうアプローチをしていけば解に辿り着けるのだろうかと、あれやこれや回答のイメージトレーニングをしていた雪橋悠のその思考は、唐突になりだした携帯電話の音で途切れさせられる。
携帯電話とはつねに唐突な物だ。
3コール鳴ったところで彼は電話を手に取る。
「もしもし?」と電話に出るも、返事はない。
通話ボタンを押す際にも見えてはいたが、もう一度顔を話して画面を見直す。通話相手の名前はなく、番号だけが表示されている。
「もしもし?」ともう一度呼びかけてみるが、返事がない。
耳を済ましてみるが、いまいち電話越しの相手は様子が掴めない。
「もしもし?」ともう一度呼びかけてみる。やはり返事がない。
念のため、電波状態を確認してみるが、問題はないようだ。3本立っている。
「もしもし?」ともう一度呼びかけてみる。相変わらず返事はない。
さてさて、どうしたものかと彼は首をひねる。
ここで電話を切ってしまうべきだろうか?
まあ、順当にいくとそうだろう。
電話が遠いならかけ直してもらうのが筋だ。
「もしもし?」と5回目となる呼びかけを行う。
電話の向こうで、小さくしゃくりあげるような声が聞こえた。
どうやら電話が遠いわけではないらしい。
さて、と彼はまた首をひねる。
どうやらこれは無言電話というやつらしい。
困った困った。
ストーキングされるような心当たりはない。
自分に無言電話を掛けることで喜ぶ相手がいるだろうか?
無言電話を掛けられて相手が怯えたり戸惑ったりする様子を楽しむという話があった気がする。
撃退には般若心経のカセットテープが有効らしい。
残念ながら手元にはない。
あったところでカセットデッキがない。
そしてMP3プレーヤーに般若心経を入れておく趣味はない。
まあ、そもそも撃退すべきかという話なわけだが。
嫌がらせで電話をかけてくる人間がいるだろうか?
いや、ないだろう。
そんな人が存在するはずがない。
そうに違いない。
そもそもこれが嫌がらせとして有効なのか甚だ首をひねる。
2度3度と続けば話は別だが、今現在これは初めての無言電話である。
「はてな?」と首をひねることはあっても戦々恐々とする言われはない。
「もしもし?」と念を入れての6回目の呼びかけ。だが相手からの応答はない。
ふうっと、彼は小さくため息をつく。
「え〜、応答がないようですとワタクシと致しては電話は切るしかないかと愚考するしだいでございます。いいですか? 切りますよ? いいんですね?」
ここで電話の相手から何かしらアプローチがあることを期待したのだが、相手は相変わらず無言を貫いている。
ふうっと、もう一度小さくため息をついて、彼は電話を切った。
時刻は0時を回ったところ。
山むこうから貨物列車が走る音が聞こえる。
15分ほど、もう一度電話がかかってくるかもしれないと構えて居たが、結局電話が鳴ることはなかった。
彼は赤本の頭に被ったまま、眠りに落ちていった。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
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