長い道
「もし美園に恋人を紹介される事があったら、それはきっとあんただと思ってたわ。」
夏の暑い日差しに似合う、淡い青のキャミソール。くり色に染めたセミロングの髪は、ふわりとして、鮮やかな珊瑚色の髪飾りがキラリと眩しい。
「よかったな。事実無根だと怒られるよ、それ。」
「うん。もう怒られた。」
住宅街を抜ける、緩やかに傾斜した上り道。
祠堂沙奈江は雪橋悠とその道を歩いていた。
手を繋ぎながら。
「とはいえ、まさかあのバカとはねぇ。」
「もう未練はないわけだ。」
「有るわけ無いでしょ。」
「よく分からないんだよね。気持ちが冷めるとかって言うのが。」
「まあ、あんたは誰かに熱を上げたこととかなさそうだからね。そりゃ冷めようがないわよ。」
「これでも熱い男のつもりなんですがね。」
「なにそれ、鼻で笑うわ。」
実際に鼻で笑ってから、彼女はそう言った。
「彼女がいるのに他の子を、それも事もあろうが私の親友だったあの子に心動かされるとか…。ほんと、死ねばいいんじゃないかしらね、あのバカ。」
「怒ってるね。」
「怒ってるわよ。」
「う〜ん。つくづくぼくはよく殺されなかったな。ミソノちゃんと早蕨が付き合ってること黙ってて。」
「いいわよ。ユキは言わないでしょう、そういう事。美園にも事の顛末は話してないでしょう。」
「アドバイスはしといたけどねぇ。美園ちゃんだったら、ちょっと束縛し過ぎかなくらいの加減で掴んでおかないとフラフラどっかいっちゃうよ、と。」
「ああ、まるで私の妹に男一人虜にしておく魅力がないって言ってるように聞こえるわ。」
「誤解があるなぁ。そういう悪意を無理やり抽出しないでくれよ。だいたい、安穏として、胡座をかいて、掌握していられるほど人心は簡単ではないでしょう。」
「あら、耳が痛い話ね。」
「そう思う?」
「ええ。今度誰かの恋人をする時は、もう少し掴んでいられるように努力するわ。」
そう言って、つないだ掌に少しばかり力を入れる。
「そうして差し上げるのがよろしいでしょうね。」
クツクツと彼は笑う。
彼女はその様子に幾分顔をしかめる。
そして、諦めた様なため息を一つ。
「相変わらずね。」
ハハっと、短く彼は笑う。
「ぼくはぼくの友人が幸福であることを最大限に願っているよ。」
「空々しい言葉ね。」
「嘘を吐いているつもりはないんだけどね。」
「ええ。わかってるわ。」
彼女はすこし、空を見上げる。
ゆっくりと流れる雲と、鮮烈に彩る青。
「私も、ユキが幸せになってくれることを切に願っているわ。」
「ぼくは幸福だよ。」
「そ。なら良いんだけどね。」
そうして彼らは川沿いに佇むアパートに辿り着く。
窓が並ぶ南側から、奥の北側へ。
日が射さない少し陰ったそこは、いくらか涼しかった。
そして、二人は扉の前に立つ。
「ユキ。ありがとう。もう、大丈夫。」
「うん。それじゃ。」
そういって、雪橋悠は彼女の手を離す。
「インターホンを押しても多分居留守をすると思うから、なんにも言わずに入っちゃうといいよ。鍵は開きっぱなしだよたいてい。」
「うん。」と頷いて、深呼吸。
「さ、君の年季の入った片想いの成果を見せてやるといい。」
「3年程度を年季が入ったとか言わないでくれる?」
彼女はドアノブに手を掛ける。
そして彼女は声を立てず、唇だけで「ありがとう」ともう一度彼に告げた。
彼女が扉を開けてその部屋に入っていくのを見送って雪橋悠は帰路につく。
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