アイスで一服
校舎入り口での一幕。
「うぇ〜。アヤメさん猪野尾さん狙いかよ。」
「うぇ〜って。別に良いだろう。」
「憧れてたのになぁ〜。」
「別に驚くことじゃないだろ?」
「あの優しさはいったい何だったというのか?」
「年下可愛がるのが好きなんだろう。」
「なにそれエロい。可愛がられたい。」
「バカを言え。」
教室、ではない。
学校のエントランス。
来客用の駐車場。
銀色のポールに腰掛けて、よくわからないオブジェが視界の隅で光っている。
「女っ気なかったのになぁ。恋愛なんてクソっ喰らえって顔してたのになぁ、猪野尾さん。なにモテてんだよ。」
不貞腐れた顔で早蕨秀弥はそう言った。
「3年前の話だろう、それ。そんだけあれば色々変わるよ。まあ、女っ気ないのは相変わらずといえばあいかわらすだけど。」
雪橋悠が雪見だいふくを突付きながらそう言った。
「そうなぁ〜。」
言いながら、顎の左側を擦る早蕨秀弥。
「…わかってるよ。尊敬してるさ、教師としては。別に、アヤメさんに不釣り合いだとか思っちゃいない。」
ふぅっと、ため息を吐いて、彼は立ち上がった。
「なんだかんだ、あの人に色々教えてもらったから今まともに受験生してるんだと思うしな。まあ、一年足らずの期間だったけど。」
言って、また顎を擦る。
「…なんだね、虫歯かい?」
ニヤケ面で問う雪橋悠。
「五月蝿いな。」
鬱陶しげに応じる早蕨秀弥。
「やっぱあれだなぁ、評価すれども好きにはなれなって、ことなんだろうかな。」
「前はぼくをわざわざ引っ張っていくほど入れ込んでたくせにな。」
「五月蝿いなぁ。わかってるよ。結局、俺の人間が小さいだけだって話だよ。一回ぶん殴られたからって、さ。」
「見事な肘打ちだったよな。お前の顎打つの見えなかったわ。真横に居たけど。」
「俺にはもっと謎だよ。掴みかかったつもりが、そっから意識無いんだから。」
クツクツと笑う雪橋悠。その様子を、少し不機嫌そうに早蕨秀弥は見やる。
「わかってんだよ。あの人が悪いことなんてなんもなかったってのは。俺が一人で全部ぶち壊したんだって。」
意味もなく天を仰ぐ。
「俺は結局、沙奈江が好きだったよ。愛想つかされるまでそれが良くわかってなかったんだな。フラフラそれを見失ってる内に、全部取り返せなくなってたよ。」
はぁっと、大きく、彼は嘆息した。
「それを、あの人にせいにしても、俺はしょうもないままだって、わかってんだよ。」
「君が今好きな人を、ちゃんと好きならそれで良いじゃないか。同じ轍を踏む気はないんだろ?」
「当たり前だ。」
スッと、彼は雪橋悠の前に立つ。
「だからちょっと、真面目な話がしたい。」
「告白ならお断りだ。…痛い痛い痛い。」
「真面目な話するっつってんだろ。」
目の前の少年のコメカミを、両の拳でしばし圧迫。
「なあ、綾辻から、なんか聞いてたりするか?」
”翠”とは呼ばずに彼はそう言った。
「なんかとはなんだ。」
「なんかはなんかだ。」
「微積分の攻略法なら結構聴いた。」
「なにそれ後で教えろ。」
「おう、任せておけ。」
「そして話をそらそうとしたなお前。」
「バカを言うな気のせいだ。」
「真面目な話だっつてんだろ。」
「真面目な解答だっただろう。」
しばし無言でにらみ合い。
「…なぁ、頼むよ。俺はまた失敗したくないんだ。」
「それは、先に知っていれば失敗しないたぐいの事なのかい?」
「…違うかもしれない。でも、覚悟はしておきたいじゃないか。」
「なら、それをぼくに訊く時点でもう、目的は果たしていないかな?」
「む。それはそうかも知れない。」
「もしそうだった時に、君が何を選ぶのか自分で分かっていれば充分なんだろう?」
「まあ、その通りかもしれん。」
「なら、それで良いじゃないか。」
「友達がいの無いやつだな。」
「何を言う。ぼくは友情に殉ずる覚悟だ。」
「よく言うよ。」
また一つ、大きなため息を吐いて早蕨秀弥は雪橋悠の横に乱暴に腰を下ろした。
「まあ、何にせよ、君との友情に免じて一つ情報をやろう。」
と、雪見だいふくを食べ終えた雪橋悠は言った。
「なんだよ。」
「ミソノちゃんはその件を些か心配しているご様子だ。」
「ああ、そうか。」
蝉しぐれはまだ続く。
「辛いねぇ、どうにも。」
そう言って、早蕨秀弥はパックの中で溶け切った、未開封のマルナガ『いちごがたっぷりしろくまアイス』をくずかごに捨てた。
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