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鴨屋の店員

喫茶鴨屋で

「あ、いらっしゃ〜い」

 扉を潜る雪橋を、緩やかな声で犀原文目が迎えた。

「ご無沙汰です。」

「もうそっちも夏休みなんだっけ?」

「8月ですからね。」

「よくウチに来る気になったね。いや、わたしが言うのも変な話だけど。結構遠くない?」

「ああ、今日学校に用事があったので」

「え、なに? 補習? ユキちゃん卒業やばいの?」

「そういうこってはないです。あれですよ、学力強化補習みたいな。」

「同じじゃない。」

「違います。卒業に要する学力ではなく、受験に要する学力を加算するのです。」

「結局足りてないって事じゃない。」

「要求されるラインが違います。」

「ふ〜ん? まあ、いいや。またブレンド?」

「ええ。」

 時刻は午後2時過ぎ。

 日差しがきつい頃合いである。

 喫茶『鴨屋』の中は、程よく陰って、冷房の風が気持ちよかった。

 いつもの席に腰掛けて、カバンから読みかけの書籍を取り出すと、しおり代わりに挟んだご愛読者はがきの項から読書を再開する。

「はい、お待たせ。」

 2回とページをめくらない内に、犀原がコーヒーを片手に戻ってきた。

「なんで向かいの席に座っているんですか、店員さん?」

「今日お客さん少なくって。やる事なくって。」

「皿洗ってればいいじゃないですか。」

「店中の食器がもうきらめいてるわよ。」

「床にモップがけとか?」

「ついでに表に打ち水もしてきたわよ。」

「なんでおもむろにBLTサンドを頬張っているんですか、店員さん?」

「休憩にちょっと食べとけてマスターが心尽くしに。」

「それはこっちで食べて良い物なんですか?」

「ユキちゃんだから大丈夫。」

「いや、お客さん来るかもしれないでしょう?」

「大丈夫、大丈夫。こない、こない。」

「店員がそれをお客にいうのはどうなんですか?」

「大丈夫、大丈夫。ユキちゃんだから大丈夫。」

「まったく…。」

「こんどは何の本読んでるの?」

「ドイツ三十年戦争についての研究です。」

「へー。面白い?」

「結構な割合で頭が追いつきません。」

「だめじゃん。」

「学問はまずその入り口を自分の中に築く事から始めなければならないのです。」

「イックンが言いそう。」

「受け売りですから。」

「あいつほんと変なヤツだよね。」

「んん。はあ、そうですか。」

「なんとも歯切れの悪い返答ね。」

「面白い人だと思いますよ。」

「喋んないじゃん。」

「そうですか?」

「普通のこと喋んないじゃん。昨日もさぁ〜、夜飲んだわけ。でさ、した話は古代日本の国家がどういう神話的要素からまとめられていたかとかそんな話ばっかり。延々5時間。」

「愉しそうですね。」

「愉しくないわよ。」

「どうせ議論盛り上がったんでしょう。」

「まさか。わたしは大陸から輸入された世界観の影響の話しかしなかったわよ。」

「盛り上がってるじゃないですか。」

「最後はつかみ合いになる寸前で飲み放題が終了したからお開きだったけど。」

「仲良いですよね。」

「どこがよ。メールしても返事来ないし。講義の時に口頭で返事してくるし。講義なかったらそのまま放置だし。」

「ああ。そういう感じですよね。」

 珈琲をすすりながら、「そうか、帰ってきてたか」と内心で呟く。

 今度『書庫』に行ったら旅の話でも聴かせてもらおう。

 時期が開くとあの人は喋る熱意が著しく減退するから早いほうがいいだろう。

 そんなことを考えていると、スッと犀原文目が立ち上がった。

「さて、休憩終わりっと。」

「やることできたんですか店員さん?」

「もうちょっとしたらお客さん入ってくる時間帯だから、ちょっと支度。」

「ああ、意外に真面目に店員しているんですね店員さん。」

「うるさいわね。」

 頬を膨らませって見せる文目。

「そういえば、ユキちゃん今日一人なんだね。」

「今更ですね。」

「いや、ふとね。前たまに一緒に来てた女の子いたじゃない。あの子みかけないなって思って。早蕨くんはしょっちゅう見かけるからどうでも良いけど。」

「ああ、まあ。」

「喧嘩した?」

「そんなところです。多分。」

「だめだよ、ユキちゃん。さっさと謝ったほうが良いよ。」

「何を謝った物か見当がつかないもので。」

「とはいえ、それでうだうだやってて疎遠になるのも嫌じゃない?」

「まあ、そうですね。」

「じゃあ、謝る。何はなくともとにかく謝る。」

「そういうもんですか?」

「うまくいかなかったらまた考える。」

「ああ、アヤメさんらしい人生観ですね。」

「それはどういう意味かな?」

「大した意味はありません。」

「まあ、いいけど。またおいでって伝えてよ。」

「そうですね。」

「あの子の好きだったカプチーノとチーズタルトも用意しておくから。」

「…そうですか。」

「そうなのです。じゃ、店員さんは店員に戻ります。」

 カウンターへ向かう彼女の背中を見やりながら、色々言いたい事が脳裏をよぎる幸橋だったが、結局、彼は黙して読書を再開する事を選んだ。

 珈琲のブラックは今日も少し苦い。

 


ここまでお読み下さりありがとうございます。

研究のため、意図や意味の読み取りにくい箇所がありましたらお知らせ頂けますと助かります。

また、前後の展開と矛盾する設定・表記等お気づきになられましたらご指摘いただけますと助かります。

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