終業式の日
終業式の日、繁華街にて。
昼下がりのベンチの上。
観葉植物に囲まれて、雪橋悠は呟いた。
「暇だ。」
「失礼な。」
刹那で帰ってくる返答と、腹部への鈍い衝撃。
「痛いじゃあないか、綾辻さん。」
「酷いこと言うからじゃあ無いか、雪橋くん。」
盛大に手足を使った感情表現を伴う奇妙な抑揚と共に、綾辻翠はそう言った。
「なんの小芝居だ、そりゃ?」
「ちょっと他人のふりをしたくなります先輩方。」
レジ袋を片手に早蕨秀弥と、その腕にヒシと抱きつく祠堂美園が現れた。
「うるせえ、ばかやろう、このバカップル。」
「おそ〜い。何十分待たせるのよ〜。」
「適当に回ってりゃいいだろう、二人で。」
「仲良くしてればいいんです、二人で。」
「退屈だ。ッオブオ!」
「おい、翠、雪橋がウシガエルの断末魔みたいな声を上げたぞ。」
「あら、そう。まだ大丈夫ってことね。」
左ヒジを雪橋のみぞおちにねじ込みながら綾辻翠はそう言った。
「ウシガエルってトラックで轢くとあんな声だすんですか、秀弥さん。」
「いや、実はオレも聴いた事がない。というかなんだかリアルな状況設定だねミソノちゃん。」
「より具体的な例示によってインスピレーションが働くのだと、前に先輩に教わりました。」
「いやだよ、おれ、ウシガエルがトラックに轢かれる様子で沸き起こるインスピレーションなんて。」
「インスピレーションは何によって引き起こされようが偉大なのです。」
「それは偉大な結果に繋がればの話だろう?」
「偉大なインスピレーションはもれなく偉大な結果に繋がります。」
「いや、偉大じゃないインスピレーションってあるだろう?」
「それは、そもそもインスピレーションと呼ばないから問題ありません。それはただの寝言です。」
「そういうものか? なんかようわからんくなってきた。」
「そうですか。そうですね。あ、秀弥さん、こんどあれが見たいです。」
「うん? そう? じゃ見に行くか。そんじゃ翠、雪橋殺すなよ?」
「殺しませんよ。」
「今まさに殺されそうだ。」
「そんなわけないでしょ。」
いいながら、膨れっ面を寄せる綾辻。
「ソウデスネ〜、アヤツジサンハイイヒトデスカラネ〜。」
のけ反りぎみに、言う雪橋。
「ふんっ、だ。」
「あ、なんかそれ可愛らしいかもしれん。」
「え、ほんと?」
「うん。ただの気の迷いだけど。」
スッと垂直に構えた綾辻の手刀が見事に雪橋の延髄に命中する。
「ウオッテッ!」
晴れ渡った空に珍妙な声が響く。
本日は終業式。
めでたく彼らは夏休みを迎えた。
長々続く教職員たちのありがたい訓示をしっかりと聞き流して、彼らは今繁華街にて遊び歩いていた。
メンバーはいつもの4人。
ただし2名は今を時めくカップルのためほぼ別行動。
残された二人はベンチで休憩中である。
「きみ最近ぼくに当たりが強くないか?」
首をさすりながら雪橋が訊いた。
「それはヒーくんが意地悪だからです。」
ソッポ向いて綾辻が応じる。
「そんなはずはない。」
「でもそ〜なんです〜。」
「そうでもないだろう。」
「意地悪です。」
「そうだろうか?」
「意地悪です。」
「そ。」と短く応じて、嘆息。「ま、いいけどさ。」
「何が?」
ムッとした表情で、綾辻翠は雪橋を軽く睨む。
「ん? まあ、色々?」
ちょっと考えるように、視線を左斜め上方に向けて、雪橋はそう応じる。
「ねぇ、その説明を面倒くさがるクセ、なんとかならないの?」
「いいじゃん、別に。」
「よくないから言ってるの。」
「そう? でもこれまでなんとかなってるよ?」
「なんとかならない事だってあるでしょう。」
「それはその時考えるよ。」
「今、考えて。」
「なんで?」
「わからないから。ちゃんと説明してくれないと、わからないの。」
「と、言われても、実際問題、説明し辛い。」
そう返したら、再度睨まれた。
「…わたしね、あなたがたまにするその全部どうでもいいって顔が嫌い。」
「ふ〜ん。」
まあ、嫌いなんじゃしょうがないよな〜と、そんなことを思っていると、隣で彼女がバッと立ち上がって、彼の正面に仁王立ち。つかみかからんばかりの形相で、額が擦れる寸前まで顔を寄せてくる。
しばらくグッと睨まれて、彼はその視線を見開いた目で受け止めていた。
数秒。あるいは数分。
そうして彼女はぽつりと声を漏らす。
「なんでそうなるのよ。」
泣きそうな声でそう言った。
そのまま顔を放し、彼女は雪橋に背を向ける。
フッと、力強く息を吐く。
「帰る。」
一言そういうと、止めるまもなくツカツカと、雑踏の中に消えていった。
茫然自失の雪橋悠。
一連の彼女の反応が不可解で、ただ視線だけでその背を見送った。
はたと気付いて彼女の姿を雑踏の中に探しても、もうその姿は見当たらなかった。
「いや、え? なんで?」
一向に解し得ない。
「あれ、ユッキー。 翠は〜。」
お目当ての物をさがし終えたのか、二人が帰ってきた。
「あ、今日は帰るって。」
「ん? そうなん?」
「先輩、調子悪そうですけど大丈夫ですか?」
早蕨の脇から祠堂美園が訊ねてくる。
「うん? うん。ちょっと、疲れてきたかな。ぼくも、帰るよ。」
「そう? 悪いな、付き合わせて。」
「いや、大丈夫だから。」
ひらひらと手を振って、雪橋悠は帰路に着く。
残されたのはキョトンと彼の背を見送るカップルのみ。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
研究のため、意図や意味の読み取りにくい箇所がありましたらお知らせ頂けますと助かります。
また、前後の展開と矛盾する設定・表記等お気づきになられましたらご指摘いただけますと助かります。




