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墓と死者についての考察

図書室で二人、黄昏時に言葉を交わして。

「なあ、お墓ってなんなんだろう?」

 少々唐突な感を我ながら感じつつも、ぼくはそう尋ねた。

 ちょっと疑問に思えてしまったのだ。

「唐突だね、相変わらず。」

 と、やはり新島に言われてしまった。

 場所は、いつも通り、図書室の中。

 夕日が差し込み、全体、セピア調に色味づく。

 少し、眩暈(めまい)がする。

 やはり、そこには、ぼくらしかいない。

「まあ、諸説あるみたいだけどね。元は死者が蘇って来ないようにするための重しだったとか。」

「あ〜、いや、そういう事でなく。」

 読書を一旦休止して、視線を虚空にさまよわせ、自分の中のデータベースの検索を始めようとする新島をぼくは静止する。はやめに止めておかないと、彼女はどこまでもどこまでも深く、自分の記憶の中に入り込んでいってしまう。

「うん? 墓の起源に関してでなく、王墓や古墳などの様な墓の儀式性について疑問を抱いているという事なのかい?」

「いや、そういうことでもない。」

「ではなんだい?」

 少しわざとらしく、彼女は首を傾げるしぐさを見せる。

 かわいこぶっているつもりなのか。

 かわいいじゃないか。

「どうしてぼくは墓を参るのだろうか、って事が発端なんだ。ほら、もう夏近いし、そうするとお盆だろう? 当然じいちゃんの墓参りとかするわけさ。でもそこで考えちゃってね。お墓ってなんなんだろうかって思ってさ。」

「ふむ? どうしてそこに疑問をいだくのだい?」

「いや、ほら、お墓を参るのって、なんだか宗教的な意味合いがあるよね。そんで、人間の死後の魂の寄る辺みたいな話になるじゃないか。墓をキレイにしておかないと、死者がそっちで安心して眠ってられない、みたいなさ。」

「ほう。君の宗派はそう言う認識の元に墓の手入れをしているのか。」

「いや、別に宗派とかそんな大層なもんじゃないけどさ、ばあちゃんにそう教わった気がするんだ。」

「ふむ。ますます君の疑問点がわからない。」

「いや、ほら、ぼくは無神論者な訳ですよ。」

「そうなの?」

「そうだと思う。」

「自信なさげだね。」

「実質自信がないのさ。そこが疑問の起点でもある。」

「ふむ? どういうこと?」

「うん。つまりさ、ぼくは魂だとか、神様だとか、その実在を信じていないつもりなんだけれど、それでもお墓を参って、手を合わせる心境になったりする訳で、それはぼくが神様だとか、魂だとかってものを実は信じているということなんだろうかって、そう言う疑問なんだ。」

「ふむ?」

「それでもやっぱり、そいったものの存在を信じているんだって言い切ってしまうのはどうも違う気がして、じゃあぼくはいったいお墓の前で何に手を合わせて、何に祈ろうとしていたのだろうかって、思ってしまうわけだよ。それで、そんな考えを抱いてもやっぱりお参りに行こうかとか考えてしまうお墓ってものが、一体何なのか、少し不思議に思えてね。」

「ふむ。答えになるかわからないけれど、前に話した狐憑きの話、覚えているかな?」

「明治頃に『脳病』と呼ばれる様になって云々って話かい?」

「ああ。それそれ。思うに、君が感じている事はそれと類似した問題なのではないかとおもうわけだよ。」

「ごめん、ぜんぜんわからん。」

「ふむ。では天動説と地動説の関係でどうだろうかな?」

「ますますわからん。」

「わかりづらいか。」

「さっぱりだ。」

「もう少し言葉を足すとだな、天動説から地動説へのパラダイムシフトが起ったその前後を比較して、建築の様式に決定的な差異は生じていないということだな。」

「うん? なんでそこで建築なんだ?」

「人間が極めて人間的意思において創造する実に巨大なモニュメントだからかね。」

「その表現がまたさらに話をややこしくしそうなのだが、まあ、いいとして、その巨大なモニュメントがどうしてここで出てくるんだよ?」

「不思議に思わないのかい?」

「何が?」

「天動説から地動説へ、世界の様相の読み解き方が一変してしまったのだよ? 地球という概念のありようがまったく違ってしまったのだよ? その上に打ち立てている建築という物に、なぜ転換が起きないのだい?」

「え〜っと? それは多分、地球を取り巻く天体現象の正解が天動説だろうが、地動説だろうが、レンガの重さは変わらないからじゃないか。」

「うん。正しい。」

 ぱちぱちぱち、とおざなりな拍手をすると、彼女は読書を再開しようとする。

「まてまてまて。」

「なんだい、騒がしい。」

「まだなんの説明にもなってないじゃないか。」

「うん? 天動説と地動説の狭間のレンガの重さに気付いた卓見なる君ならもう答えにたどり着いたも同然ではないか。」

「さっぱりだ。」

「そのまま置き換えればいいんだよ。」

「なんだよ。レンガが魂なのか?」

「ちがうよ。天動説が魂なのだよ。」

 あたりまえじゃないか、という顔をして彼女は言ってのける。

「レンガはなんだ?」

「この場合、そのポジションに添える役者はいないね。」

「じゃあ、地動説は?」

「まだ名もないなにかだね。」

「なんだそれ?」

「君が感じている『魂の信仰に近しい、しかしそれでは無い物』だよ。」

「ますますわからん。」

「では『狐憑き』と『脳病』の例に移ろうか。」

「心理学が輸入されて、妖怪変化が起こす『狐憑き』だった人たちが人間の精神の病である『脳病』の患者としてカテゴライズされたって話だったよな。」

「その通り。」

「古い解釈に当たる『狐憑き』が魂で、新しい解釈に当たる『脳病』がその名もない何か、ということか、この構図だと?」

「そうだね。わかってきたじゃないか。」

「まだわからない事がある。」

「なんだい、それは?」

「どうしてこの構図を例に選んだんだ?」

「『本質は同じ』と言う事だよ。天動説が正しかろうが、地動説が正しかろうが、地球は厳として変わらずにそこにあり、脳病と呼ぼうが狐憑きと呼ぼうが、そう呼ばれた人間がそこにいた。どちらが正しく、どちらが間違っていたとしても、その名と理を当てはめられた物は確かに存在する。」

「魂が本質なのではないのか?」

「言葉にそう言う意味が込められているから混乱が起るけれど、この場合は別だね。だいたい、魂が本質だって言うのだったら、それを信じていない君は一体何を寄る辺に生きているのだい?」

「まあそうだね。」

「トラドゥトゥーレ・トラディトーレ。私たちはその『本質』に名をあたえ、形を定めて初めてとらえる事ができるようになる。昔の人はそれが魂であり、神であり、今の君には別な何かが必要なわけさ。それでも君はかつて、その言葉で言い表されたその『本質』をやはり継承しているのだよ。」

「はあ。それはわかった。それはそれでいい。で、その場合墓はなんなんだ?」

「さあ?」

 自分の思いつきの理論を口にしたかっただけかこいつ。

「まあ、死者と生者とを繋げる指標なのだろうね。」

「それはつまり宗教的な?」

「そうとも限らないだろう? その通りに魂の信仰の問題かもしれないけれど、もしかしたらその人との記憶の問題なのかも知れない。あるいは無意識下に沈んだその人の残滓との対話かも知れない。いずれにしろ、生者と死者を向かい合わせにするための指標だよ。何れにせよ、それがないと私たちは死者の像にたどり着けないのだろうね。」

「ふ〜ん。そうすると、次の疑問が湧いてくるね。」

「どんな?」

「ぼくはなぜ死者にたどり着こうとするのだろう?」

「それはきっと、たどり着かなければならないから、かな。」

「それはなぜ?」

「そうしないと、壊れてしまいそうだから、じゃないの?」

「なにが壊れるというのだよ?」

「過去を紡ぎ合わせてできた、自分自身という今現在だろうね。人間は、過去の出来事が絡み合って成立している存在だからね。記憶とか、脳細胞の構成とか。」

「ぼくは継ぎはぎでできた幻なのか?」

「ねえ、君、ダイヤが炭素の結合物であろうと、ルビーとサファイアの違いがコランダムに含まれた金属イオンの違いだけだろうと、ダイヤはダイヤだし、ルビーはルビー、サファイアはサファイアなんだよ? 君の組成が何であれ、君は実態としての君でしかありえないんだ。君は君という幻たりえないのだよ。」

 降参、と手を上げる。

 フ〜っと息をついて彼女は読書に戻る。

 ぼくは考える。

 彼女に背中を預けながら。

 ぼくは、何を確かめようとして墓の前に立つのだろうか。

 図書室の中でぼくは思う。

 死者たちの言葉に囲まれて、ぼくは思う。

ここまでお読み下さりありがとうございます。

研究のため、意図や意味の読み取りにくい箇所がありましたらお知らせ頂けますと助かります。

また、前後の展開と矛盾する設定・表記等お気づきになられましたらご指摘いただけますと助かります。

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