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休日の勉強会

自室にて、同級生と酔っ払い。

「よっ!」と快活に、ある日曜日の午後3時、インターホンの乱打に腹立たしげに玄関から顔を出した雪橋悠を、綾辻翠が迎えた。

 彼は軽く会釈をする。

 彼女も会釈を返した。

 そして雪橋悠は静かに玄関の扉を閉めた。

 当然の事ながら、再びインターホンの乱打が起る。

 しかたないので彼はまた、玄関の扉を開けた。

「ごきげんよう綾辻さん。とりあえず帰れ。」

「あ、ひど。せっかくはるばる3駅も旅してきたわたくしめに、あなたはそんな酷い言葉を投げ掛けるの?」

「投げ掛けるとも。日曜日くらい家でおとなしく寝ていろ。騒がしい。」

「貴重な日曜日をせっかく君の個人指導にやってきたというのに冷たいな〜。」

「君が? お願いしてすらいないのに? 率先して? 代償を思うと寒気がするわ。」

「あ〜も〜、なんでもいいからさ〜。とりあえず家の中入れてよ。あ〜つ〜い〜。駅から二十分も歩かされてるのに、その上あなたはわたしを門前払いにする気なの? この人でなし。」

「わかったようるさいな。入って茶でもしばいてけ。」

「では遠慮なく〜。おっじゃまっしまっす。」

 軽く鳴く門を通って、彼女は玄関に上がる。

「えへへ〜。」

 彼が開いて待っている扉を潜って、深い藍色をしたタイルの上に、白いミュールを脱ぐ。

「麦茶持ってく所だったから先に行っててくれよ。上がって右の奥から2番目の部屋だから。」

 下駄を脱いだ彼は台所へ向かいながらそう言った。

「はいは〜い。」

 階段を上がりながら彼女はそう言った。

 とたたたっと木の床を、軽やかに走る音を聞く。

 冷蔵庫から麦茶の瓶をとり出して、グラスを3つ運んで上がる。

 さて。

 2階に上がると、彼の部屋の前で綾辻翠は棒立ちになっていた。

「まあ、入はいっとくんなされ。」

「えっと、その前にさ、ヒーくん。訊いていいかな?」

「何かな。」

「なんで沙奈江さんがあなたの部屋で寝ているの?」

 7畳半の彼の部屋。

 中央にしつらえた木のテーブル。

 座イスに腰を下ろして、祠堂沙奈江がテーブルに突っ伏して眠っている。

 追記するならば、だらしなく口を半開きにしてよだれを垂れている。

「うん。まあ、色々ありまして。」

「はあ。というか、クサッ! 沙奈江さんお酒クサッ!」

「うん。色々ありまして。」

「何があったら沙奈江さんがあなたの部屋で酔いつぶれてるのよ!」

「まあ、まあ。落ち着きなさいな。とりあえず入れ。盆を持ち続けるのも疲れるのだ。」

 納得いかなげな表情をするものの、彼女は部屋に踏み入って、祠堂沙奈江の向かいに腰を下ろす。

 実に不満そうだ。

「で?」

「うん。説明すると一言なんだけどね。うちの母に捕まって梅酒をたらふく飲まされたのだよ。」

「酔いつぶれるまで?」

「今年のは例年まれに見るできなのだそうだ。」

「はあ。よく分からないわね。」

 つんつんと、眠る彼女の頬をつつく綾辻。

「まあ、飲みなんせ。」

「はあ。」

 盆をテーブルに置いて、雪橋悠は二人の斜交いに座る。

「ところで話は変わるが、貴様よくもまあ初めて訪ねる他人の家のインターホンを乱打しおったな。親がたまたま出かけていたからよかったものの、居たらばヒンシュクを買うだけではすまんぞ。」

「大丈夫。さっき通りかかった時に挨拶したわ。夫婦揃ってお出かけみたいだったから、あなただけかと思って、ちょっとお茶目してみました。」

「あ、そう。いつの間にうちの両親と顔見知りになったの、君?」

「授業参観の時に。うちの親と話しが弾んでたみたいね。」

「そんだけで?」

「だれしもがあなたみたいに1週間顔を見ないだけで相手の存在を記憶から抹消していく物と思わない事ね。挨拶する程度にはなりますよ。」

「そんなもんかい?」

 ぐびり、と自分の分だけ注いだ麦茶を飲む。

「わたしの分は注いでくれないわけ?」

「当店はセルフサービスがモットーですので。」

「なんだよ〜。けち〜。」

 いいながら、彼女は素直に自分のグラスに麦茶を注ぐ。

「んあ?」

「お早う。」

 祠堂沙奈江が跳ね起きた。

 綾辻翠は慌ててグラスをひっくり返すのをすんでのところで持ちこたえた。

「あれ、アキナは〜?」

「アキナは居ないよ。」

「え〜?」

 きょろきょろと頭を巡らす祠堂沙奈江。

「え、誰それ?」

「ん? ん〜。あ〜。家の母の名。」

「あ、そうなんだ。」

 普段彼の母を下の名で呼ぶほど懇意(こんい)なのかと、それも呼び捨てなのかと、もやもや疑問を抱えつつ、彼女は麦茶を一口飲む。

「ユ〜キ〜。聴いたぞ〜てめぇ〜、あたしぃの〜しゃって〜の〜ぶんざい、で、アキナに心配かけやがって〜、え〜、こら〜。」

「そうか、心配かけてるか。」

「そうだぞ〜、こら〜、てめ〜、アキナに迷惑、かけやがったら〜、承知、しね〜かんな〜、うら〜。」

 へろへろの拳を軽くいなして、雪橋悠は彼女を引き倒し、そのまま背後の枕の中に寝かせる。

「大丈夫なの、沙奈江さん?」

「大丈夫、大丈夫。1時間も寝たら元に戻るから。」

 いつもの事の様にいいくさる、と内心で思う綾辻翠。

「というか、沙奈江さん、まだ未成年じゃ…。」

「うるさ〜い。わたしゃ〜も〜こうこうせいじゃ、な〜い。」

「いえ、未成年と高校生に直接の因果関係は…。」

「んな理屈言っても通じませんって。」

「んあ?」

 跳ね起きる祠堂沙奈江。

「ん〜?」

 グッと、顔を近づけて、綾辻翠を観察する。

「あ、お早うございます。沙奈江さん。」

 少し上体を引きぎみながら、年長者への礼を欠かすまいとする彼女。

「あ〜。手。」

「手?」

「手握ってた()だ〜。ゆきの〜。」

「え、あ、いえ、別に、決して、手を握っていたわけでは…。」

「わけでは〜?」

 ぐぐぐっと、綾辻に迫る祠堂沙奈江。

 テーブルをそれとなく、綾辻の方へ寄せる雪橋。

「…ないんです。」

「そんなわけ〜、あるか〜!」

 勢い良く万歳する格好になる祠堂沙奈江。

 ちゃぶ台返しの目測を誤ったらしい。

 勢いのまま、彼女は座イスごとひっくり返った。

「おうっふ!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫大丈夫。マットレスのところだから頭打ってない。」

 いいながら、雪橋悠は麦茶のおかわりを注いでいる。

「あ〜。」と、か細い唸りを上げて、背後にあったベッドを枕に天井を仰ぐ祠堂沙奈江。

 そして客人綾辻翠は、この場の様子をとらえかねて座っている。

「ハッ!」

 と、一息に、祠堂沙奈江が姿勢を正して座り直した。

 目はさっきまでの様子と違い、しっかりと開かれている。

「…ごめん、今わたし寝ぼけてた?」

「うん、だいぶ。」

「あの、沙奈江さん、大丈夫なんですか?」

「え、うん、大丈夫。あれ? 翠じゃない。久しぶりね。元気してた?」

「あ、はあ、お陰様で。はい。」

「そう、良かった。」

 ニコニコと、先輩らしい包み込むような笑顔を見せる祠堂沙奈江。

 ぎこちなく、笑う後輩女子。

 注いだおかわりを静かに飲んでいる雪橋悠。

「ごめん、ユキ、ちょっと布団貸して。あたし寝る。」

「よしなに。」

 のそのそと、ベッドに上がり込むと、祠堂沙奈江は薄手の羽毛布団で全身をくるんで団子になってしまった。

 たまにか細く何か叫ぶ声が聞こえる。

「…大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫。3時間くらいで落ち着くから。」

「さっきより伸びてない?」

「酔っ払いが急に理性を取り戻すと色々大変なんだよ。本人的に。」

「はあ、そんなもの?」

「おう。まあ、そこのそれは放っておいて、とりあえず、赤本で分からない問題があったから教えてくれよ。」

「え、あ、うん。そういえばそれが本来の目的だったはずだよね。完全にすっ飛んでたけど。」

 二人は受験生らしく参考書を取り出して、学業に勤しむ。

 たまに聞こえてくる「ゆきのばか〜、ゆきのばか〜。」という小さな声は極力無視する形となった。

 

ここまでお読み下さりありがとうございます。

研究のため、意図や意味の読み取りにくい箇所がありましたらお知らせ頂けますと助かります。

また、前後の展開と矛盾する設定・表記等お気づきになられましたらご指摘いただけますと助かります。

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