電話越しに
屋上で寝転がる雪橋悠。そして一本の電話。
彼女はたぶん、はじめから知っていたのだろう。
そんな風に思う。
あるいは、もう随分前から。
ひどくあっさりとした彼女の態度が、それを証明している。
ような気がする。
昼休み。
天気は快晴。
流れる雲も疎らな空を見ながら、雪橋悠はそう思う。
場所はいつもの屋上。
仰向けに、大の字になって寝転がって、空を見ている。
太陽が、いささかまぶしい。
祠堂沙奈江と早蕨秀弥。
二人の間にあったつながりが、もうダメだとなった日の事を思う。
その時、少しそれどころではなかった自分をいささか友達がいのないやつだとは思いつつ、それでも、彼らの話を聴いてやれれば少し事態がましだったなどと思う事は、おこがましいことなのだろうと思うのである。
願わくば、今あるつながりが幸福たらん事を。
ピルルルと、携帯電話が鳴る音がする。
初期設定から着信音は変えていない。
誰だろう、接近警報に音を変えたのは。
まあ、どうでも良い事だ。
それよりも、携帯電話を携帯していた事に自分で驚いてしまった。
「やあ。君が掛けた番号は多分下3桁の数字が違うと思うんだ。だから切っていいか?」
「そういう酷い応対をする性根が腐って根性が七転八倒している人物に掛けましたので間違いありません。」
「根性が七転八倒はなかなか斬新な表現だね。ねじ切れそうなくらいねじれてるとはたまに言われるけど。」
「そのお相手は先日デートしていらした翠さんのことでしょうか、先輩。」
「デートだなんて止めてくれよ。喫茶店で愚痴聴いてただけだから。」
「それも世間一般デートと呼ぶ範疇だと思われます先輩。」
「それを言ったらぼくは君の彼氏と毎日の様にデートしていることになるよミソノちゃん。」
「嫉ましいですね。」
「いや、自分の見解を誤りだと認めろ。」
「先輩。それは例えデートでなかったとしても嫉ましい出来事なのですよ。今度埋め合わせに奢ってください。」
「それなんか違わんか? その役目はぼくじゃなくて早蕨だろ。」
「悪いのは先輩なので先輩で良いのです。」
「ばかな。再審を要求する。」
「棄却されました。」
「なぜだ。」
「世の流れです。」
電話の相手は祠堂美園だった。
さて、少し困った事になった。
「お姉の事ですが…。」
ああ、やっぱり。
「予想よりあっさりした物でしたね。」
「まて、どういう事だ。」
「先輩がもっと凄惨な姿で発見される事を予想していました。」
「それぼく死んでないか? そして君の姉は殺人犯になってないか?」
「先輩、『もっと凄惨な姿』の『もっと』の部分にも反応していただかなくては困ります。」
「仕込みすぎだ。テンポが悪くなる。」
「自分の能力不足を棚に上げるとは、さすが先輩です。」
「そんな所をほめるとは、君はなんて嫌なヤツなんだろう。」
「恐れ入ります。」
「こちらこそ。」
ふう、と一息入れる。
「それで、『予想』とはどういう事かな? 何が起り得るか想像し得たと言う事か?」
「先輩。先輩はきっと、今回の反応からお姉が既に『知っていた』事を想像されたのではないでしょうか?」
「そうだね。」
随分強引な話の切り替え方だな、と思いつつも相づちを打つ。
「それは、姉妹であるがゆえに秘密が秘密として成立していなかったから、と考えていらっしゃるのではないのですか?」
「…そうだね。」
「ならば、逆もまたあり得たと考えられませんか?」
「逆?」
「お姉が秘密にしようとした事が、わたくしに実は伝わっていたと…。」
「つまり?」
「つまり、お姉が秀弥さんの元カノと言うことはわたくしにとって既知の情報だったのです。」
でで〜んと、自分の口で効果音をつける祠堂美園。
「ダウト。」
「根拠は?」
「君らしくない。」
「お姉が知っている事も見抜けなかった間抜けさんが何を言っているんですか?」
「根拠その2。」
「なんですか?」
「君が怒ってる。」
おや、と電話の向うで彼女が意外そうな声を出すのが聞こえる。
「意外ですね。先輩はもっとそういう感情の機微に鈍い性質だと思っていたのですが。」
「ヒントを出されれば分かるだろう。」
「ダウト。」
「うん。ただそんな気がしただけ。」
「まあ、間違っていなかったわけですけどね。」
「怒ってるんだ。」
「ええ。言ってくれても良かったでしょう。」
「どっちから聴いた?」
「秀弥さんから聴きました。」
「ああ。あいつ頑張ったなぁ。」
「なんで先輩から教えてもらえなかったのかが疑問でなりません。」
「それはぼくから言っちゃダメでしょ。申し訳ないとは思うけど。」
「どうしてですか?」
「それは…。」
言いよどむ。それはきっと言ってしまってはいけない事だ。
「ただ、そんな気がしただけ。」
だから、当たり障りの無い言葉に逃げた。
「無根拠じゃないですか。言ってくれれば、秀弥さんから聴く時にもう少し覚悟ができたでしょうに。」
「ごめんね。」
卑怯者で。
「お姉に話す時も、もっと上手く振る舞えたのに。」
「ごめんね。」
嘘吐きで。
「先輩?」
「うん?」
「大丈夫ですか? なんだか釘を打ったぬかみそみたいですよ?」
「そんな物見た事ないから君が言わんとする事がわからんな。」
新しい呪いの儀式か? それともぬかに釘とかけているのだろうか?
「察してください。」
「察し得ぬと申しておる。」
「口調で笑い取ろうとするのって芸風としてどうなんですか?」
「冷静に切り返されると辛いというのはとりあえず分かった。」
「しっかりしてくださいよ。調子悪いんですか?」
「さあ? 本調子だったことは生まれてこの方一度もないけど。」
「ああ、元気なんですね。」
「いつも通りだと思うよ。それでさ、そっちは大丈夫そうなの? その、早蕨と。」
「ええ。変わりなく。お姉の事とわたくしの事は別ですから。」
「そう言ってくれると救われる気分だね。」
「なんで先輩が救われるんですか?」
「さて、なんでなんだろうかな?」
「わからないんですか?」
「分からない事だらけだね。」
そうして、二人、普段通りの雑談に興じる。
意味もなく、目的もなく、慣性のまま進行する運動。
そのつながりが幸福なものであることをただ願う。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
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また、前後の展開と矛盾する設定・表記等お気づきになられましたらご指摘いただけますと助かります。




