夏の午後
呼び出された二人は日差しのきつい夏の住宅街を歩いてゆく。
「信じらんないわ、まったく!」
そういって、苛立たしげに大股で歩く少女が一人。夏の暑い日差しに似合う、淡い青のキャミソール。くり色に染めたセミロングの髪は、ふわりとして、鮮やかな珊瑚色の髪飾りがキラリと眩しい。
祠堂沙奈江は不機嫌であった。
「そう怒ることでもないだろう」
沙奈江の左後方からそう少年は声をかける。特に早足と言うわけでもないのに、問題なく沙奈江を追っている。と言うより、やや緩めくらいで歩いているらしく、時々彼女を追い抜きそうになる。すらりと背の高い、どこか飄々とした男性。紺のジーンズに黒のティーシャツ。雪橋悠。
「ユキ、あんたねぇ!」
と、勢い良く少年の方を振り返る沙奈江。しかし、彼を凝視したまま彼女の動きは止ってしまう。
「…なんで団子食ってんのよ?」
少年はパック販売の御手洗団子を頬張っている。
「旨そうだったからだが?」
ちょうど取り掛かる所だった串の三個目に刺さった団子に串の横から食いついて串の先へ引っ張り出して口に含み二十回ほどしっかり噛締めて舌の上でタレと団子の調和的な味わいをゆっくり楽しんで飲み下した後、おもむろに少年はそう言った。
沙奈江は彼の腰めがけてキレイな素足に鋭い軌跡を描かせる。
しかし男は後方へ素早く体重を移動し滑るように体を引く。団子がひっくり返らないように見事に気を使いながら。
沙奈江の足は空を切り、彼女の足に嵌まっていたサンダルは弧を描き生け垣の上に飛び込んだ。
あ〜あ、と生け垣の上に乗ったサンダルを見やりながら、比較的どうでも良さそうに嘆息する悠を、幾らか憎々しげに沙奈江は見つめつつ、はだしで日に焼けたアスファルトを踏む気になれずに片足立ちで肩を震わせていた。
「まったく。欲しいなら言えば良いだろう」
ほれ、と団子のパックを差し出す。まだ一本手付かずの串が残っていた。
「違う。まったくもって、完全無欠に、全然、違う」
「いらんの?」
「いるか!」
「そう」
言いつつ、悠は最期の串を手に取って口に含もうとする。
そうするや否やその手から串を引ったくり、むしゃむしゃと、頬張る。
男は、やれやれと、幾らか芝居じみた調子で肩を竦める。特に文句を言う事はない。何も言わず、空を見上げる。日差しはまだ眩しい。手をかざして日よけにして、そうして天蓋の青が広がって居るのを見つめる。ただぼんやりと。
と、彼女がよろける。すばやく、男はそれを支える。
素足に砂がつくのを嫌ってずっと片足立ちだったので、バランスを崩したらしい。
「とってきて!」
団子がキレイに取り除かれた串を口にくわえながら、ビシッと勢い良く、サンダルが飛んで行った生け垣を指さす。
「あぁ、はいはい」
支えていた沙奈江を離してサンダルを取りに行こうとすると、しがみつかれた。
「倒れる!」
「はいはい」
肩を預かり、腰に手を回し、足を患った人を支える様、彼は沙奈江を支えて生け垣まで歩く。
「ほれ」
サンダルを差し出すと、彼女は引ったくる様にしてそれを受け取り、それを履きにかかる。
「ありがと」
と、極めて小さい声で、うつむいたまま沙奈江が呟く。
「あ〜。こりゃ一雨来るかな」
「あん!?」
勢い良く顔を上げ、男の背に睨みを利かす。
「ほら、重そうなのが向うから広がり出してる」
男は空を指す。西の方から確かに、重たげに垂れ込めた暗い雲が広がり出していた。幾らか経てば間違いなくこのあたりは大粒の雨で濡れるだろうと思われた。
「あ、あぁ、そうみたいね…」
「どうかしたか?」
怪訝そうに沙奈江の顔を覗く。
「なんでもない。うん。なんでもない」
サンダルを履き終え、沙奈江は立ち上がる。顔は、比較的無表情。過剰気味のジェスチャーを示しながら、少し距離を取る。
「ならいいけど。ほら、さっさと行こうや。雨に降られちゃたまらん。あの感じだと土砂降りに、おまけで雷がついてきそうだ」
少し不思議そうな顔をしたものの、男は特に気にする様子もなく、沙奈江を促す。
「わかってるよ」
そう言って、早足で道を行く。
悠はその後ろに続く。
夏の坂道。
日差しの中に、蝉の声がまだ煩い。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
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