教室でお昼
教室で二人の会話。
「残念なお知らせがあります。」
綾辻翠がでで〜んと、自分で効果音をつけながらそう言った。
「なんですか?」
紙パックのフルーツジュースをすする雪橋悠は、あんパンを片手に問い掛けた。
「本日わたしはお弁当を持ってきておりません。」
「うん。じゃ帰れば? 今日は昼前で終わりだし。」
モソモソとあんパンをかじりながら雪橋悠は言った。叩かれた。
そこは普段の教室の中。人気はない。二人だけである。
席で昼食をとる雪橋悠と、その傍らに椅子を寄せて座る綾辻翠。
「冷たい。」
膨れっ面で不満を表す綾辻翠。
「そうか。だがこのパンはやらん。」
「なぜだ。」
「ぼくの活力のもとだからだ。」
「パンをわけ合って人は生きていくのです。」
「食料難は起こっていないから自販機ででも買ってこい。」
「その選択肢はスルーした。」
「なにゆえ?」
「選択肢として魅力に欠けたからです。」
「じゃ、帰れば?」
叩かれた。
額のあたりを、ぺちぺちぺちぺち、と平手で叩く綾辻翠。ぺちぺちぺちぺち、ぺちぺちぺちぺち、ぺちぺちぺちぺち…。
「やめんか鬱陶しい。」
「もうちょっとちゃんと構ってください。」
「なんだ、どうした? 君が可愛いなんて勘違いしちゃうじゃないか。」
「じゃあ勘違いしといてください。ああ、早蕨くんはいないし、珍しくヒーくんが教室でお昼食べてるかと思えばご一緒させてくれないし…。」
「買ってくればいいだろう。」
「いやよ。どうせ買って戻ってきたら帰ってるんでしょう?」
「なぜバレた。」
また額をぺちぺち。
「あ〜あ。わたしはヒーくんの事がこんなに好きなのにヒーくんたら冷たいんだ〜。」
「やめろ。筆箱の中からシャー芯を一本づつ捨てていくのを止めろ。」
「これは罰です。罪にはしかるべき罰が与えられるべきなのです。」
「やめろ。消しゴムを細かくちぎって捨てるのをやめろ。」
むすっとしたまま、彼女は雪橋の筆箱の中身を荒らす。
ひとまず彼女の延髄に手刀をたたき込んだ。
グスン、と涙ぐむ彼女。
少々やりすぎたか、と気まずげに視線をそらす雪橋。
「…最近わたしを仲間はずれにする。」
「してない、してない。そんなことない。」
ああ、延髄の手刀が痛かったから涙ぐんでいる訳ではなかったのかああよかった、などと胸をなで下ろす雪橋。
「でも内緒ばなししてる。」
「秘密はみんな持ってますから。」
「教えてくれない。」
「教えたら秘密になりませんから。」
「友達なのに。」
「友達にも秘密なのです。」
「心配してるだけじゃん。教えてくれたっていいじゃん。なんで早蕨くん落ち込んでたのさ。わたしだけ蚊帳の外にするのはひどいよ。」
「あ〜。それはね、彼が仲良くしたい相手についつい素直になれず、昔やっちゃったケンカが尾を引いてついどうでもいい所で苛立ちを噴出してしまった事が、感情をうまく制御できない未成熟な子供みたいで非常に恥ずかしくてみっともないから落ち込んでいると言う事自体また恥ずかしくって秘密にしたがっていたから秘密なんだよ。」
「秘密秘密ともったいぶった割に簡単に教えたわね。」
「だって泣いちゃうくらい心配してるってんじゃな〜。」
叩かれた。ペチペチ、ペチペチ。
「ね、じゃあ、もう一つ教えてくれる?」
「内容によるな。」
「けち。」
「言わないとは言ってないよ。内容によっては言わないと言っているのであって。」
「けち。」
「たぶんぼくが答えられない種類の質問をしようとしていると言う事か。」
「まあ。」
「ボクハドウテイジャナイヨ。」
「うるさいよバカ。訊いてないから。」
「なに、もっとエロい事か?!」
「ちょっと黙って。」
「はい。」
は〜っと、綾辻翠は嘆息する。涙は引っ込んだ様だ。だらりと机に預けていた重心をずらし、すっと背をただして席に座り直す。まっすぐに雪橋の目をみる。
「なぜ目を逸らす。」
「ちょっと視線が熱くて。」
「まじめに、話を聴いて。」
「はい。」
息を大きく吸う。肺の奥まで。そして肺を空にする。
「早蕨くんのそれは、みんなが図書室に集まらなくなった事と関係ある?」
「あるよ。」
答えが返ってきた事に驚いた。
きっとはぐらかすだろうと思っていた。
思わず雪橋の顔を見返す綾辻。
彼の顔に浮かぶ変に大人びた静かな微笑み。
優しいくせに、どこか、相手を突き放している様な微笑み。
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