ショッピングモール
ショッピングモールを散策する3人。
「秀弥さん、秀弥さん、あれ、見たいです。あれ。」
「おう。」
ショッピングモールの一角。小さな雑貨屋。収納力よりも雰囲気の良さを重視した様な商品の並ぶ店。彼氏同伴ではしゃいだ様子の祠堂美園。
広々とした駐車場を完備した、3階建ての完全屋内式ショッピングモール。2年ほど前にオープンし、電気屋、本屋、楽器屋、CDショップ、アクセサリー店などなど、あらゆる店舗を内包する。学校からほど近いそこは、放課後をエンジョイするのに持ってこいの場所なのである。
「せんぱ〜い。先行っちゃいますよ〜。」
「ん? そう?」
そしてなぜか一緒に連れ立っている雪橋悠。小さな黒の陶器に収まった植木を見ている。見事に盛られたコケの緑に目を惹かれているらしい。座り込んで首を巡らし、角度を変えて色々のぞき込んでいる。
「コラコラ、園芸に目覚めるにはお前はまだ若かろう。」
やれやれとばかりに早蕨が戻ってきた。
「とりあえずお前は全国の園芸部に謝ってこい。いいじゃん。この鉢のザラッとした感じとか。」
「じじむさいこと言ってんじゃねぇよ。」
「伝統工芸を愛する全国の青少年に謝ってこい。こっちの水張ったヤツとかもよくね? この微妙に滴り落ちる滴の具合とか。」
「お前の趣味はマニアック過ぎるわ。水の滴り具合に善し悪しなぞあるか。そんなもん語る高校生なんぞお前しかしらんわ。」
「ひ〜で〜み〜さ〜ぁん。もう、なにやってんですか。先輩と一緒に盆栽見て。引きずって来てもらわないと困りますよ。」
「おお! すまんミソノちゃん。ついこいつの趣味に付き合ってしまった! あまりに異文化だったもので!」
「いや、しっかり日本文化だろう。ん〜、悪いなミソノちゃんすっかり見蕩れてしまっていたよ。このコケ、いい茂り具合だよなぁ。」
「いや、わかんないわかんない。」
「茂りが良かろうが悪かろうがコケはコケです。もう!」
右手に早蕨秀弥の手を取り、左手に雪橋悠の手を取り、祠堂美園は歩き出す。
「ほら、行きますよ、先輩。」
「ああ、うん。」
「名残惜しそうにしないでください。まったく。」
ちょっと歩幅を縮めて歩こうとする雪橋を、大股に歩いて引っ張っていく。
早蕨はというと、彼女に左手をとられながら二人の様子をにやにや見ている。
「何を笑っとる。」
「いやいや。お前らおもろいよほんと。」
「秀弥さん。ここは怒りを顕にするところです。言ってやってくださいよ。も〜。」
「イヒヒヒヒ。」
「キモイ笑い方だな、おい。」
言うとまた、早蕨は笑う。何がそんなに笑えるのだろうかと、ついつい思ってしまう雪橋悠。まったく、ほんとうに、なんでなんだろう。思いつつ、一緒に笑っている自分を自覚している。
7月に入りまた少し暑くなった。それで涼もうかと言う話になって、ショッピングモールにやってきた。ついでに一昨日、7月3日がなんの行事か失念して、祠堂美園に一声もかけずにごくごく普通に一日を過ごした揚げ句にさっさと一人で帰宅した雪橋悠を、いかに引きずり回すかが本日の他二人の課題であった。「欲しいCDが在るから一緒に見に行こう。」が誘い文句のはずだったが、かれこれ小一時間、CD屋には近づいていない。
そして今雪橋悠は一人本屋にいる。
「ふう。疲れた。」
それは見事な遁走であった。
なにやら趣味のいい置物に夢中になった祠堂美園と、その興奮気味な言葉に頷く事に夢中になった早蕨秀弥。二人から3歩ほど後退して、そのまま人ごみに紛れて別階の本屋まで移動してきた。
まあ、本気で探す気になったらメールか電話が来るだろう。それまで二人を放っておくとしよう。
そんな事を考えながら、立ち読みに耽る。
「お? 雪橋じゃないか。」
と低い落ち着いた男性の声。聞き覚えのあるその声に顔を上げると、猪野尾忠彦と犀原文目が連れ立って歩いていた。猪野尾は両の腕にハードカバーの書籍を山と積んでいる。
「あ、これ面白そうだな。」
と山の上にさらに書籍を追加する。
「相変わらず豪快に買いますね。」
「言ってやってユキちゃん。コイツ変。」
「おいおい。これはまだまだそんな境地じゃなかろうよ。」
「なにを根拠にそんなことを。」
「まだ一冊数万するような本には手を出していないんだよ。」
「基準はそれですか。」
「大切な事だろう。」
「床抜けますよ、あの部屋。」
「まだ大丈夫だ。きっと。」
「お二方はデートですか?」
「色気の無いデートだことね。」
と肩をすくめる犀原文目。
「本を探すのを手伝っているだけだ。」
と心外そうな顔をする猪野尾忠彦。
「どう考えても猪野尾さんが楽しんでるじゃないですか。」
「ねぇ? ほんと。気遣いってものがないわ、この人には。」
そう言って、この女性、呆れた果てた、と言う様子で実に苦い顔をする。
「あ、居た! こら〜! 何、逃げてんだ〜!」
「おや、買い物はもういいのかい?」
あ〜、もう見つかったか、とひどく残念がって事など露程も出さず、雪橋悠はにこやかに笑いかける。相手は祠堂美園。走ってきたのか息が荒い。
「もう、なんですか! 三人で来てるのに一人でさっさと消えるってどういう了見ですか!」
「うん。ちょっと探してる本があったな〜って、ふっと思っちゃったもんで。」
ズカズカと、靴底を鳴らしてやって来る彼女を雪橋は飄々とした様子で迎える。
「あ。」
彼まであと四歩と言う所で、彼女は歩みを止めた。
「や。」
彼の傍らに二人、見知らぬ人が居た。軽く手のひらを見せるように、挨拶をする猪野尾。
「こ、こんにちは。」
「はい、こんにちわ〜。」
俯き加減の美園を、文目はのぞき込むようにして応じる。
「この子は? 雪橋の知り合いか?」
「ああ、ええ、この子は…。」
言いかけた所で、少しまずい声が聞こえた。
「ミソノちゃん、ユッキー居た?」
ひょいっと、書棚の合間から、早蕨が顔を出した。
瞬間、彼の表情が固まるのが見えた。
多分、猪野尾さんも同じ顔をしてるだろうな、と背後に気を向けつつ、振り返らない。
「なんだ、もう追いついてきたのか早蕨。」
何事もないかのように雪橋は彼に言った。
「ああ、まあ、お前が行きそうなところは大体検討がつくから。」
何事もない風に応えようとする早蕨。しかしその目が落ち着かない。
「よっ。久しぶり。」
軽い調子で猪野尾が言う。
「…お久しぶりです。」
モソモソとした調子で、早蕨は応じる。
テテテと、祠堂美園は三人に背を向け早蕨の方に駆ける。サッと彼の背後に隠れて、様子を窺う風。
「その子が、祠堂の妹か?」
何の気なしに、猪野尾を疑問を思った通りに尋ねただけだった。
「あんたには関係ない!」
返ってきたのは恫喝の声だった。
そしてその恫喝に、「おい!」っと叱責の声を上げたのは、雪橋だった。
はっと我に返って、早蕨は顔を上げる。親にしかられた子供のような、頼りない表情。
雪橋が背後を見やると、二人は目を見張って驚いている。
早蕨は身を翻し、祠堂美園の手を掴んでどこかへ駆けて行った。
「え? なに? なんだったの?」
早蕨が消えていった方向をしばらくキョトンと見つめていた犀原文目は我に返った。
「あ、ごめんなさい、アヤメさん。あまり気にしないでください。」
彼女の方を見る事無く、雪橋は言った。
「気になるよ」と、彼のその言葉に返したかった文目だが、表情の消えた彼の顔をみて、ただ「そう。」とだけ応えた。
バリバリと、猪野尾が頭を掻く。何か悩ましい事があるとする彼の癖だ。
「あ〜あ。」
そうして、どこか投げやりな声を出す。
「結局あいつの友人にはなれなかったのか、オレは。」
「いいえ。あなたは十分に早蕨の友人ですよ、猪野尾さん。」
「そうなのかい?」
言って、下手くそに笑う。
「ええ。そうです。」
こちらは変わらぬ無表情。
「ねえ、やっぱりわからないんだけど。」
会話の運びに置いていかれた哀れな女子大生はそうぼやく。
「気にすんな。お前は悪くない。」
「気にしないでください。そんなアヤメさんもぼくは好きです。」
二人はどうやら全く説明する気がないらしい。場違いな慰めの言葉が降ってきた。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
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