ゲームセンター
荷物持ちのの約束のこと。
この物語の構成において極めて珍しい事であるが、本項は先の項と時系列的に連続している。今後このような希有な事例が繰り返されるかはいまのところ不明である。さて。
昇降口でだらだらと、雪橋悠と祠堂美園が語らって居たところ、早蕨秀弥と綾辻翠が連れ立って現れた。待ち合わせていた人間が揃わず、談笑に耽っていた訳である。
「あ、秀弥さん。よっす。」
「よっす。ミソノちゃん。」
二人が現れた事に先に気付いたのは祠堂美園だった。
「なんだ。随分ゆっくりだったじゃないか。」
と、祠堂美園に続いて二人に気付いた雪橋悠。
「いや、な〜に。いろいろありましてなぁ。なぁ?」
「知りません。」
にやにや顔の早蕨秀弥と対照的に、綾辻翠は膨れっ面をしてそっぽ向いていた。
「…どしたの?」
「いやぁ。ちっとオレの口からは言えないなぁ。」
「その顔、うぜぇ。」
「先輩、秀弥さんの顔がにやついて居るのはいつもの事です。それをうぜぇ、と言ってやってはまるで秀弥さんの存在そのものが鬱陶しくてくびり殺して差し上げたい対象であるかのごとく聞こえますよ。」
少し不機嫌らしい口調の祠堂美園。なんだか二人の様子がお気に召さないらしい。
「フハハハ。まあ、そう言ってくれるなミソノちゃん。この顔にはしかるべき訳があるのだから。なあ?」
「知りません。」
相変わらず、にやついた顔の早蕨に、膨れっ面で応える綾辻。
「感じ悪、です秀弥さん。」
「うん。それがさ、傑作なんだよこれが。な?」
「知りません。」
「まあ、ちょっと耳かしてくれやミソノちゃん。ミソノちゃんならいいだろ?」
「知りません。」
「ぼくがごく自然にはぶられている理由の説明が欲しい。」
「知りません。」
不貞腐れた表情のまま、綾辻翠は繰り返す。
「壊れたレコードかお前は。」
「うるさいよ。」
二人から少し離れたところで、早蕨は何事か美園に耳打ちしている。
そうして、話を聞き終えたらしく、雪橋たちに向き直った祠堂美園はグッと、力強く拳を握り込んで力をためるしぐさを示すのである。
「なんだそれ?」
「雪橋くんには関係ありません。」
「いや、関係あるなしでなくさ、意味分からんじゃん。なあ?」
「知りません。」
同意を求めた相手は相変わらずの膨れっ面。
「いやぁ? 心より声援を送ると、そういう意味だよ。な、ミソノちゃん。」
相変わらずにやついた顔の早蕨秀弥。力強い拳を見せ続ける祠堂美園。
「声援を送られる意味がわからん。」
「あ、お前じゃないお前じゃない。」
「違うのか。綾辻?」
「知りません。」
「会話をしろ。」
「うるさいよ。」
なんだか先に増して不機嫌になった気がする。そう思いつつも、その不機嫌さの理由がよくわからない雪橋悠。
「ケケケ。まあ、いいや。そんじゃ行こうぜ。」
「あれ? 綾辻誰か友達と行くって言ってなかったか? 綾辻?」
その言葉に応えず、綾辻翠はツカツカ一人先に行く。
「なんだ、あいつ?」
「なんか都合あわなかったんだと。」
笑いながら、早蕨はカバンを肩にかけて綾辻を追う。
「あ、そうなの。」
と、雪橋も続く。
「いやぁ。今のは先輩が悪いですよ。」
雪橋の前を歩く祠堂美園は、首をのけ反る様にして雪橋の顔を覗く。
「え、何が?」
「まあ、お前が悪いな。クク。」
「いや、何が?」
「ほんと、先輩はダメな人ですね。」
「え、ぼくはそんなまずい事をしでかしたのか?」
「気付きましょうよ、先輩。もっと色々。神は細部に宿るのですよ?」
「まったく君の言わんとする所がわからない。」
「ケケ。らしいっちゃらしいけどな。」
「まあ、そうですね。」
「なんなんだよ、一体。」
「内緒です。」
「内緒だな。」
「ね〜」などとハモりながら二人は手のひらを重ねる。雪橋悠は首を捻るばかり。
ほどなく、3人は綾辻翠に追いついた。
一人さっさと先に行ったくせに、校門の辺りで手持ちぶさたな様子でカバンをぶらぶら振りながら、相変わらずの膨れっ面で俯いている。
一瞬、ちらりと3人の様子を窺って、また一人先を急ぎ始める。
「なんだ? 急ぎたい理由でもあるのか?」
「違いますよぉ。」
「違うよなぁ。」
「なんなんだ貴様ら、鬱陶しい。」
「先輩が怒ったぁ。」
「ユッキーが怒ったぁ。」
「じゃかしい。」
そんな様子で、ツカツカと先を行く綾辻を追って行く3人。繁華街をブラブラ歩き、無目的な散策を続ける。まあそう遠くない距離。はた目から見れば4人で仲良くぶらついている風に見えなくもない。
そうこうしている内に、雪橋がふと気付くと、背後にいた早蕨と美園が居ない。
二人でどこかに行ったらしい。
まあ、同じ店内には居るのだろうと、さして気にはしない。
そこは流行るでもすたれるでもない一般的なゲームセンターの一角。ジャラジャラ、ガシャガシャ。ピンピロリー。四方から響く音がうるさくて、少しばかり平衡感覚が揺らいで来る。
と、UFOキャッターの前で、ジーッとこちらを伺う綾辻に気がついた。
「なに?」
「ん。」
彼女はUFOキャッターのガラスの中のぬいぐるみを一つ指さす。
「あれが?」
「誠意。」
「あまり得意ではないのだが。」
「雪橋くんの得意科目の存在をわたしは知らない。」
「なにその英文直訳みたいなセリフ。」
「気分。」
「さいですか。」
「さいですよ。」
コイン投入。ぬいぐるみの獲得、失敗。
「へたくそ〜。」
コイン投入。ぬいぐるみの獲得、失敗。
「どんくさいなぁ〜。」
コイン投入。ぬいぐるみの獲得、失敗。
「あ〜あ。もっと上手くやれわけ?」
コイン投入。ぬいぐるみの獲得、失敗。
「ブキッチョ。」
「君、ぼくを罵りたいだけだろう。」
「そんな事ありませぇ〜んっよ。ほら、ささっと取ってよ。」
「わかってるよ。」
「誠意を見せなさいな、誠意を。」
「わかってますって。」
コイン連投5回目にして、彼は目的のぬいぐるみを落とす事に成功した。
「ほら。」
「ありがと〜、ヒー、じゃなかった雪橋くん。」
「ヒー?」
「なんでもありません。」
キュッと両の腕の間にぬいぐるみを抱きしめて、ぷいっとそのまま歩み出す。
「ね、ヒーくん。今度あれ取ってー。」
「おいおい。ぼくに幾ら使わせる気だ。」
「誠意。せ〜い〜い〜。」
「はい、はい。」
小一時間ばかり後、ほくほく顔でぬいぐるみを大きめの紙袋に詰めた綾辻翠はベンチでクレープを頬張る姿があった。
その横で雪橋悠は、結局奢らされただけなのではなかったのかと、今日の行状を回顧していた。
「翠さ〜ん。」
と、祠堂美園がやってくる。
「見てくださ〜い。秀弥さんが買ってくれました〜。」
嬉しそうに、何かのキャラクターがひっついた携帯ストラップを振り回している。
「あ、それかわいい。よかったね〜。」
キャッキャうふふと花の園。
「おう。」
後を追って早蕨秀弥が現れて、「機嫌直ったみてぇじゃん。」と美園と愉しげに戦利品を見せ合う綾辻を指差す。
「ん。」と軽く頷いて、「なんか、ぼくをなじってるうちに機嫌が直ったみたい。」
「へぇ。それはぜひ覗いておくべきだったな。いやぁ、ごめん、ミソノちゃんがかわいくてさ。お前らの事忘れてたわ。」
「お幸せそうで何よりですよ。ところでさ。」
「なんぞ?」
「結局、綾辻はなんで機嫌悪かったんだ?」
「ああ。それね。」
言うと、また、ククッと愉しげに笑う早蕨秀弥。
「なんだろうね。お前無い? 友達同士でなんだかやたら仲よさそうにしてるのを見ると、入って行き辛い感じになる事。」
「ああ。あるね。なんか割って入って良い物か考えちゃう事。」
「そんな感じでさ、あいつ。」
「うん?」
「オレが合流するまで10分かそこら、お前らの様子うかがってたみたいなのさ。」
「へぇ?」
「でオレがそれを真後ろに立ってにやにや観察していたわけよ。」
「良い趣味してるな。」
「オレに気付いた瞬間のあいつの顔は最高に可愛かった。」
「そうか。お幸せに。」
「んで結構からかっちゃったわけよ。可愛かったから。」
「まあ、そうするよね。」
「したらむくれちゃって。」
「お前が原因じゃねぇか。」
「その可能性は否めない。」
「いや、確定だろ。なんでぼくが罵られなければならなかったのか。」
「いいでねぇの。ほら見なさい雪橋君、あのほほ笑ましい光景を。」
「ああ、うん。ほほ笑ましいね。」
女性二人は何やら愉しげに話している。
ふ〜っと嘆息するものの、まあいいかと、雪橋は内心思う。
「時にユッキー。」
「なんだ早蕨。」
「翠って可愛いよね。」
「それはもう聴いた。」
「いや、お前の主観が聴きたいわけさ。」
「うん? 可愛いと思うよ。それが?」
「うん。ぶっちゃけどうなの?」
「可愛いと思うよ?」
「いやいやいや。何をとぼけているんですか雪橋さん。ほら、その先があるじゃないですか。恋しちゃったり? 愛しちゃったり?」
一寸、考える素振りを見せる雪橋。
「どうなんだろう?」
「オレに訊くなよ。」
「いや、よくわからんくてさ。」
「う〜ん? 恋を恋と知らぬお年ごろ?」
「そこまで青臭くはないと思う。」
「ふ〜ん? 翠でエロい事考えた事ある?」
「またその話か。」
「うん? また?」
「うん?」
「ま、いいや。どうなのよ雪橋さん。そこんところちょっと教えてくださいよ。ほら、友達じゃないですかぁ。」
「気持ち悪いなお前。生き生きしすぎだよ。」
「いやいや。だって面白そうじゃないの。」
「近所のおばちゃんかお前は。大体だよ、早蕨よ。少し考えてみてはくれまいか。」
「うん?」
「エロい感情なんて、ある程度可愛くて、ある程度グッと来る物があれば、誰に対しても抱く感情ではないか。」
「うむ。それが思春期男子と言う物だね。」
「そして友人にそのような感情を抱いてしまったという事実に直面して、どうしようもなく叫びたくなったりする。」
「いや、それはない。共感しかねる。異議を申し立てる。」
「まあ、聴け。ぼくが言いたいのはだよ、君はそんな蓋然性のない感情の何を持って唯一性を見いだそうと言うのか?」
「唯一性なんて小難しい事、別に見いださんでも…。」
「早蕨よ。もし君が二股などしてミソノちゃんを泣かせることがあったらぼくは君の殺害を本気で検討せねばならなくなる。」
「おう。唯一性は大事だね。」
「うん。だろう。ぼくとてそこかしこの女性にエロい感情を抱く事があるわけでは決してないが、真理を曲げて語るわけにはいかない。」
「うむ。エロの真理は曲げてはいかんな。」
「ちょっと、可愛い女子ほっぽってなんの話してるのよ。」
「ヒンシュク物ですね。」
ひとしきり盛り上がり終わった女性陣。
「すまない。オレは嫌だったんだが、ユッキーが無理やり。」
「ヒーくんサイテー。」
「先輩サイテー。」
「なんか君ら、常に3対1でぼくを貶めていないか?」
「気のせいだよヒー君。」
「気のせいですよ先輩。」
「そうだ、気のせいだぞユッキー。」
ここまでお読み下さりありがとうございます。
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