昇降口出てすぐ左
学校の昇降口付近でたむろする者二人。
昇降口は現在閑散としている。
放課後、帰宅を急ぐ生徒も、遊びに急ぐ生徒もすでに去り、部活動に向かう者もすでに各々向かう場所へ消えていった。
グラウンドからは運動部の掛け声が、遠い木霊の様に響いてくる。
「という事がこの間ありましたのですよ。」
昇降口を出て直ぐ左、中等部校舎に向かう渡り廊下。ポリカーボネート製の屋根を支える殴れば折れそうな柱に寄りかかって語る少年は雪橋悠。
「はあ、そんな事がありましたか。」
昇降口を出て直ぐ左、コンクリート作りの非常階段に腰掛けて彼の話にそう応じる少女は祠堂美園。
「ときに先輩。質問があります。」
「なんだいミソノちゃん。」
「なんでその話をする相手がわたくしなのですか?」
「あ〜、いや。猪野尾さんのこういう話できる相手って、ぼくミソノちゃんしかいないんだよ。」
「なるほど。」
実に得心いったという様子で深々とうなずく少女。
雪橋が今話していたのは、先日、書庫にて彼が猪野尾について感じていた事の話だった。早蕨の不在に関して、なんら関心を抱く風でもない猪野尾の様子に、一抹の寂しさを覚えたと、つまりそういう話である。
「友達がいないんですね。」
「違うよ。ものすごく得心行った様な顔をして出した結論がそれかよミソノちゃん。冗談ではない。ぼくにだって友達はいる。」
「しかし、その友達を差し置いて話せる相手がわたくしだけどいうのは、やはりその友情は仮初めの友情であったという事ではないでしょうか。」
「説得口調でそういう事をいうな。ほんと君は毎日の様に辛辣だね。そういう事じゃない。込み入った相談事ができる相手がミソノちゃんだけだと、そういう事をいいたいのではない。」
「ではどういう事です?」
「一番は、猪野尾さんを知っているという点。」
「はあ。」
「そして猪野尾さんについて思うところが特に無いという点。」
「まあ、話で聴いているだけですからね、その書庫の主に関しましては。直接の面識はないですから、相手に対してニュートラルな姿勢を保てるという事ですか。」
「そういう事。他の連中はいろいろもやもや抱えてるから。」
「ああ、言い知れぬ劣情とかですね。」
「やめてくれないか。友達の彼女から『劣情』なんて単語を聞いたら、ちょっとどうしたらいいかわからないくなる。」
「どうもしなければいいじゃないですか。先輩はもう少しスルースキルを養っても良いと思います。」
「早蕨はぼくを『疲れたら無反応になる』と評する。」
「それは本当ですが、無反応は決してスルースキルにカウントするべきではないと思います。」
「同じじゃないの?」
「違います。先輩のそれはただの無能です。スルースキルは円滑な人間関係のための処世術です。」
「君は本当にひどいヤツだ。」
「ありがとうございます。」
チュー、ズゾゾっと、少女は紙パックのジュースを飲み干す。ひょいッと放り上げたのを雪橋が左手で受け止めて、そのまま背後のクズカゴに落とした。
「しかし、先輩。」
「なんぞ?」
「わたくしが思うに、先輩も似たような物だと思います。つまり他人のふりみて我がふり直せと。」
「え? そう?」
「はい。先日、帰り道お会いしましたよね。」
「うん。会ったね。ぼくが歩行者信号の押しボタンに気付かずにバカみたいに突っ立ってた時だ。」
「はい。それをわたくしが横で愉快に見学していた時の事です。」
「それがどうかした?」
「先輩。あの時、わたくしと会話するのがどれくらい久しぶりだったか正確なところ理解していますか?」
「…1ヶ月くらい?」
「違います。」
「…2ヶ月くらい?」
「半年ぶりです。」
「…もう少し頻繁に会話がなかったけ? 挨拶程度でも。」
「ありません。去年の年末に図書室でお会いして以来、先輩と会話も挨拶も交えた事はありません。」
「おっかしいな。早蕨から週一くらいで様子聞くからかな。そんなに久しぶりだとは思わなかった。」
「秀弥さんから何を聞いている! 吐け!」
「落ち着け、はさみを仕舞え。」
急に立ち上がって、一挙に間合いを詰め、腰に備えた裁断ばさみを雪橋の右頚動脈に突きつける少女を、軽くいさめて非常階段に押し戻す。
「失礼。取り乱しました。」
コホンっと軽く咳払いして、少女は裁断ばさみを鞘に収める。なんでそんな物を持ち歩いているかは特に触れない。
「唐突に上がるそのテンションはキャラ作りの一種なのか?」
「何をバカな。ミソノちゃんにキャラ作りなんて必要ないニャン♪」
「あ〜。それはないわ。いくらなんでも、それはないわ。引くわ。」
「ええ。自分でやっておいて、かなりやってしまった感を感じています。それはもう、ひしひしと。」
「うん。やってしまったね。」
「自分の芸風をもう少し練る必要がありますね。」
「うん。別に君に芸人を求めていないよ。」
「昔から芸は身を助くと言うではないですか。」
「それは笑いがとれたらオールオッケーって意味では無かったと思うよ。」
「話を戻しましょう。」
「お願いするよ。」
「つまり、わたくしとしては『おお! なぁに? ミソノちゃん? マジ? ひっさしぶりじゃん!』みたいな反応を先輩に期待していたわけですよ。」
「それは話ちゃんと戻ってる? まだ芸人やら芸風やらの話してない?」
「ちゃんと戻ってます。安心してボケてください。」
「ババチョップ。」
「痛いです。」
少女の額に打込んだ手刀を収め、また基の柱によりかかる。
「ところでババチョップはなぜババチョップと言うのでしょうか?」
「話の枝葉ばかり広げようとするな。話を戻せ。」
「そうは言っても、もう概ねお分かりいただけた物かと。」
「う〜ん。まあ、ミソノちゃんとそんなに会話してなかったと気付かなかった事は申し訳ないと思う。」
「はい。先輩はそんな最低な人間なんです。反省してください。」
「あ〜。ミソノちゃんってほんと殴りたくなるかわいい顔してるよね。」
「おや。先輩はそんな性癖までお持ちでしたか。」
「君はぼくの性癖の何を知っているというのだ。」
「大きな乳と尻と、しまった腰が好きだとお姉から情報を得ています。」
両の手のひらで顔を覆い、沈痛の表情を隠す少年。
「あと、女子校生ものから人妻物まであったが熟女物はやや苦手な模様、と聴いています。」
「やめろ。追い討ちをかけるな。君ら姉妹は、ほんと、もう。思春期男子が女子にそういう事を知られる事がどれほど痛ましい事か、ほんと、もう。やめて?」
「…先輩って時々、すごく嗜虐心をくすぐる表情しますよね。」
「やめよう。うん。この話題はやめよう。」
グラウンドからは相変わらず運動部の掛け声が聞こえてくる。放課後の自習を行っていた面々はそろそろ帰路に着くらしく、昇降口は少し人気が増してきた。
「しかし、まじめな話…。」
「あ、まじめに話すんだ。」
「話の腰を折らないでください。…まじめな話、ときどき本当に先輩はわたくし含め、他人というものに興味がないのではないかと感じる時があります。」
「そんなことはない。」
「先輩。じゃあ、誕生日の言える友人は何人います?」
言われて、押し黙る。
「でしょうね。概ね予想通りの回答です。ちなみにわたくしの誕生日は7月3日。母性愛に充ち満ちた蟹座のB型です。プレゼントは身に付けていられるアクセサリー類を所望します。」
「なんと図々しい。」
「忘れたら承知しませんよ。…ただ、まあ、興味がないというより、興味を持たないように努力をしている、という風に最近は思います。」
「え、どうゆうこと?」
「ええ、つまり、『人が苦手なんだな、この人』ってことです。」
「失礼な。」
「いえいえ。正確無比なプロファイリングですよ。」
「そんなことはない。」
「では先輩。問題です。」
「どんとこい。」
「明日の朝、学年全員の各々に面と向かって挨拶するのと、今私にトロピカーナ フルーツ×フルーツ フルーツブレンドを買い与えるのとどっちが容易ですか?」
雪橋悠はそれを聴いて、無言で彼女に背を向ける。
ツカツカと、靴をならす。
昇降口を出て直ぐ左、自動販売機コーナー。
ガコン、と音を立てて出てきた紙パックの飲料を取り出す。
ツカツカと、戻って来る。
無言でそれを差し出すと、少女は『うむ。』とばかりに無言でうなずいて、それをしっかと受け取った。
背面に備え付けられたストローを抜き出し、銀紙にブスリ。
ちゅるちゅると、飲料を飲み込んでゆく。
「さて、なんの話だったか。」
改まった口調で雪橋は言った。
「フルーツジュースは100%に限るという話ですよ。」
あっさりとした口調で少女は答えた。
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