否定と肯定の手段
否定と肯定の手段
「科学的にありえない」を連呼するやつは宗教を大概バカにするが、
基本的にそいつは根っからの宗教家だ。
しかも、そいつが意図するところのね。
※
さて、科学に蹂躙された神の領域を利用させてもらうとしようかしら?
簡単なことよね?
神を科学と言い換えれば済む話なのだから。
※
宗教の根源は、誰かと誰かを結びつけることにある。
そして、この「誰かと誰か」というのは、基本的に「神と人」を指すが、その根源は、「人と人」だ。
「科学はその性質上、自身が間違えている可能性を否定することで、自身を肯定する。
けれどそれは、否定をすることが目的じゃない。人の限界を受け入れた上で、何かを肯定するために、科学は存在している」
原因と結果。
結果と原因ーーー連鎖する、因果の鎖。それをひも解く手段が、科学。
科学は、否定の手段ではない。
科学は、宗教を否定しない。
科学は、誰かと誰かが繋がることを、否定したりなんかしない。
結局、人の間に結ばれる絆を否定するのはいつだって、人自身ーーーなんだから。




