ギターケース
僕は感謝したものだか、怒ったものだかよく分からなくなって、無意味に二、三度まばたきした。
そして少女の態度から見てきっとこれは怒るところなんだろうと思ったが、その時にはもう間が悪かった。
「なあ、学校はいいのか?」僕は尋ねる。
「いいの」と少女は答えた。
少しとがった真剣な声だったので僕は余計なことを聞いたかな、と少し後悔した。
「あなたこそ」
何だ、と右を向いた僕に
「学校とか、仕事とか、行くところないの?」と少女。
僕は先程少しでも後悔した自分を後悔する。
「いや、これも仕事なんだよ、ほら」
小銭の入ったギターケースを指さすと
「ちっとも入ってないじゃない」と即座に言い返される。
「どうせ自分で入れたんでしょう?」
僕はその通りのくせに思いのほかダメージを受け、ひとつ息を吐くのが精いっぱいになる。
「へぇ、佐藤」
口をすぼめるように少女は言う。
「ん?」
「あなた佐藤なのね」
彼女の視線の先を追うと、僕のギターケースに刺繍されたアルファベットの名前が見えた。
「ああ、そうだよ。君は?」
しばらくの沈黙の後、さとう、と彼女は呟いた。
「え?」
「だから、わたしも佐藤」
ああ、そうなんだね、よくある名字だからね、とかまぬけな相槌を打った後、ようやく僕は「よろしくね」の一言を絞り出す。
しばらく反応を待ってみたが、まったく返事をする気配もない。よく表情をうかがうと、一心になにかを考えているようだった。
「背中にしょってるの、ギター?」
仕方無く声をかけてさらに待ってみたけれど、やはり反応がない。
「ギター、弾くの?」
今度はじゃかじゃかギターをかきならしながら、訊いてみる。
「え?」
ほんとうに何にも聞いていなかったらしく、へ? というような発音。
佐藤でAな少女は人の話をあんまり聞かない、と僕は頭の中にインプットする。もちろん、ちょっと腹がたつのをごまかすためだ。
「背中のやつ、重そうじゃない?ギター?」
僕は三度目に訊く。我ながら辛抱強い。
「は? わたしは楽器なんて、弾かないよ?」
「ええ!? でも背中のそれはギターケースでしょう?」
理不尽なまでに身も蓋もない「楽器なんて」発言に、ちょっと声を尖らせて僕は問い詰める。
「まぁ、入れものだけね……」
都合が悪そうに少女は背を見やる。
「中身は―」
と、訊きかけたとき、Aの表情が一気に険しくなって睨まれたので、僕はそのまま黙る。
いや、ちょっと気になっただけです。すみませんでした。
しばらくの気づまりな沈黙。
「僕はそろそろ、移動するよ」
あまり人もいないしね、と言うと
「聞いてくれる人が、ね」と丁寧に訂正される。今度はしっかり聞いているじゃないか。
さすがに僕もキレそうになったが、結局、あまりの事実さに脱力した。少ないとは言え、人はいくらでも歩いているのだ。
そんな僕を佐藤Aは一瞬見やる。なぜか勝ち誇ったような視線。
それじゃあ、またね。
ギターとハーモニカをそれぞれケースに突っ込み、やけくそ気味に言い捨てて立ちあがる。
少女はちらっとこちらを見やり、すぐにそっぽを向いてからこちらに手を振った。
僕は踵を返す。
でも頭の中で、なぜか少女の表情が引っかかっている。
前を向いた勝ち気なその目が、ただ強がっているようで。
その実、どうしようもなく傷ついているようで。
僕は一度足を止めて振りかえったけれど、少女はもうこちらを見ない。どこか他の世界に飛んでしまったようだ。
でも結局は関係ないさと自分に言い聞かせ、僕はそのままそこをあとにする。
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もう一つ連載中の「リモートマン」も少しずつ頑張りますので、よろしくお願いします。
でもどちらかと言うと好きなのはこちら。
市川拓司さん、橋本紡さんとか、冬目景さんが大好き。