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出会い

 もうしばらく雨が降っていない。駅前広場の石畳は、目地と目地の間まですっかり乾いていた。

 降り注ぐ十月の日の下、道を通う人の足も心なしかゆっくりに見える。

 そもそも普通の水曜日の昼間。人通りもそれほど多くない。

 コツコツと靴の音が小気味よくリズムを奏で、耳朶に届く音のバリエーションを増している。


 僕は胡坐をかいて座り、ギターを弾いている。そして、穏やかな歌を控えめな声で歌う。

 すぐ前を通った人にどうにか聞こえるくらいでいい。

 歌に聞き惚れて欲しい訳じゃない。同情して欲しい訳じゃない。

 半分半分だ。


 ちょっと大きな声を出してサビに入り、気が変わって今度は黙った。

 今日は喉が乾きやすい。脇にあるペットボトルを手に取り、喉を鳴らして飲む。舌の先で唇を湿らせるとカルキ臭さが鼻に広がった。


 ハーモニカを吹くと唇が荒れる。そんなに一生懸命吹くわけでもないのだけれど、唇を舐めるときは錆っぽくて少し恨めしい気分になる。

 水を横に放り、ギターをかきならす。さっき止めたサビから歌う。

 自分にも、さっきより少しだけ元気がいいように聞こえた。

 間奏のハーモニカを吹く。ちょうど風が吹き、色のかわりはじめたプラタナスをざわりと鳴らした。


 ふと左の方からパタパタと音をたてて幅の広いスニーカーが近づき、僕は俯いたままそちらを見やる。

 華奢で白い膝小僧。その下で黒の長い靴下がせわしげに動き、そして遅くなり、ついには止まった。

僕はハーモニカを吹きながら目を上げ、珍しく足を止めたその人を見る。


 何か面白いものを見つけた時のような、少女の目がそこにあった。獲物を見つけた猫のような瞳。

 いや、背格好が小さいために少女に見えるだけなのかもしれない。背負っている大きい荷物がアンバランスに見える。頭の上から見えているのがネックだとしたら、恐らくギターだろう。先についたシンプルな皮のストラップに「A」の文字が見える。

 Aの彼女は僕と眼が合うとついと視線を逸らし、僕から三メートル離れて腰かけた。僕は目で追ったがもう視線を合わせようとはせず、そのまま前方を見つめている。


 僕はひとしきり間奏のフレーズを繰り返した後、ハーモニカを吹きやめてまたRの方を見た。

 そちらを向いた僕に気づいてか気づかずか、Aは前を向いたまま。

 やけに澄ました横顔だった。

 だが「ねぇ」と声をかける形に僕が口を半分開いた瞬間、驚くくらいの速度でこちらを向き、睨んできた。

 そのままやってなさい、と言わんばかりのかなり不機嫌そうな顔だったので、僕は視線を曖昧に逸らしまた曲の続きをギターで始める。

 アルペジオを二回繰り返した後に横をうかがってみたけれど、Aは相変わらず不機嫌な表情のままこちらを睨む。


 仕方なく僕が思いつきでボーカルのパートをハーモニカで吹いてみると、ふっと息を吐いて視線を外す気配があった。


 僕はハーモニカでサビのところまで歌いきった。適当にハーモニカを盛り上げ、ギターをかきならして一曲を終える。

 そして小さくも恐いお客さんを見たが、相変わらず無表情のまま前を睨んでいるだけだった。


「ねえ」

今度こそ僕は声をかける。

「今の曲、どうだった?」

 Aはゆっくりと首を巡らし、やっと今気付いたかのように僕を束の間見つめ、また視線を前方に戻した。

 そしてため息交じりに「全部ハーモニカだけだったらいいのに」と言った。

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