09.第一章八話
昼休みになり、ルシアは別館の第二談話室に足を踏み入れた。
第二談話室のテーブルは食事用にセッティングされていて、すでにヴィンセントが席に座っていた。ルシアと目が合ったヴィンセントは微笑を浮かべる。
「昨日ぶり、ルシアちゃん」
「こんにちは、ヴィンセント様」
挨拶を終えると席に促され、ルシアはヴィンセントの正面に腰掛けた。
ヴィンセントが給仕係に指示を出すと、ワゴンで食事が運ばれてきて、ルシアたちの前に丁寧に並べられていく。
別館にはレストランがあり、給仕係もいる。料理はレストランのキッチンから特別に運んできたもので、給仕係もレストランの者だ。
王族は代々、ほとんどがこのディオリア学園に入学する。そして昔、とても美しい容姿を持つ王子が在籍していた頃、学園内でも常に人目に晒されて気が抜けない生活を送ることとなり、それが大層窮屈だったそうだ。
王子とお近づきになろうと隙あらば話しかけてくる貴族の子女にうんざりした王子は、自身の子供たちにはせめて昼食時くらい気が抜ける時間を作ってあげたいと、学園側に個室を用意するよう働きかけた。それによって学園のレストランには数室の個室が造られ、以来、申請すれば王族以外も利用できるようになった。生徒会役員が食事を摂りながら行事に関する話し合いをする時や、男性もいる場では満足する量を食べるのが恥ずかしいという女子生徒たちの食事などに利用されてきたという。
そんなわけで、個室にまでレストランのサービスは及ぶけれど、ここはレストランから少し離れている第二談話室である。レストランの個室は男女二人きりでの使用が禁止されているので、前回もここだった。
要するに、権力の無駄遣いである。ヴィンセントが王族の血を引く公爵令息だからこそ融通が利くのだ。
とはいえ、これはルシアのためだということをルシアは理解している。
レストランの個室は出入りが人目につく。平穏に学園を卒業するためにヴィンセントとの関係を知られたくないというルシアの気持ちを考慮した結果、ヴィンセントはこの場を手配してくれているのだ。給仕係もウェルロイル公爵家の使用人の縁者という徹底ぶりである。元々、ヴィンセントの入学と同時に学園のレストランに入れたらしい。
「昨日の件、ミラベル・ミューアがペラペラ話してるせいでかなり広まってるね」
「そのようですね」
ヴィンセントの耳にも届いているようだ。あれほど話題になっているのだから当然だろう。
「子爵令嬢が色んな人からミラベル・ミューアの話が本当なのか確認されて、仕方なく説明してるらしいよ」
エイミーは子爵家の娘らしい。
「ヴィンセント様と私がミューア伯爵令嬢のことを話していたって、本人はそう思ってるみたいですよ。詳しく話を聞かせてほしいって追いかけまわされてます。逃げてますけど」
「知ってるよ。大変そうだね。ちなみに俺も追いかけまわされてる」
ヴィンセントが疲れた顔になる。
ミラベルは二人いるのかもしれない。怖い。
「まあ、今はあれのことは忘れよう。せっかく二人きりだし」
「二人きりではないですね」
美しく料理が盛り付けられた最後のお皿をテーブルに置いてすっと壁際に移動した給仕係を、ルシアは一瞥する。ヴィンセントが気にせず「食べながらね」と言って、食事が始まった。
「簡単には説明を受けてますけど、ご依頼の内容はレドモルの捕獲ですよね」
赤い体毛が特徴のもぐら型の魔獣レドモル。危険ランクとしては低いけれど、土と同化して魔力を極限まで隠すことができる能力と一般的な罠にかからない知性が厄介なので、捕獲には苦労するのだ。
そんなレドモルがウェルロイル領の畑に現れたらしく、今回ヴィンセントが出した依頼はその捕獲である。
「時間はあるんだし、もっとなんか、いい感じの話しない?」
確認のためのルシアの言葉に、ヴィンセントは不満を露わにした。ルシアは呆れ混じりの視線を送る。
「いい感じってなんですか。ご依頼の説明のための時間ですよね」
「だってルシアちゃん、食事誘っても断るし」
「今だってそれなりに不本意です」
「ルシアちゃんの好きなお肉お願いしたんだよ」
「それはありがとうございます」
お肉を一口サイズに切って口に運ぶ。火入れ加減もソースとの相性も絶妙で、さすがディオリア学園のレストランの料理人の料理だと感動した。富裕層の生徒が多いので、料理人も一流の人材が雇用されているのだ。
表情を緩ませるルシアを見て、ヴィンセントは嬉しそうに目を細める。
「レドモルの被害は国内で見ると珍しいものではないですけど、ウェルロイル領ではあまり見ないんですよね?」
「そうなんだよね。うちは結構対策してるから、もう十年以上は被害がなかった。魔法通信が届いた時はびっくりしたよ」
再びルシアが依頼内容に触れると、今度はヴィンセントも大人しくその話題に入った。
彼の家の領地のことなのだ。ふざけたりしていても、なんだかんだで真剣に領地のことを考えている。
「ただ、周辺の土地では被害が結構増えてるらしいから、とうとううちにも来たって感じなのかも。かなり広範囲で目撃されてる」
ちょうどレドモルの活動が活発になる時期なので、この依頼は魔法師協会でも増えているそうだ。
「両親は旅行中でいないから俺が対応することになったんだけど、さすがに一人で捕獲するには範囲が広すぎて依頼を出したんだよね。被害はなるべく抑えたいから、土日で一気に終わらせたい」
ルシア一人が動くのではなく、ヴィンセントと協力して、手分けをしての捕獲依頼なのである。
現在では税金が払えずに広大な土地を手放す貴族も増えている中、ウェルロイルの領地は相当広い。首都からの移動時間も考慮すると、二人でレドモルの捕獲にあたるにしても土日をフル活用しないといけない。
「レドモルの捕獲の経験あったよね?」
「まあ、魔法師には恒例の依頼ですからね」
「ん。やっぱり人選に間違いなしだ」
満足げに笑みを深めるヴィンセントに、ルシアは半眼になった。
「魔獣の専門家にお願いしたほうが確実だと思いますけど」
「ルシアちゃんの実力を信用してるんだよ」
相場よりも依頼料は高額だし、すでに請けた依頼だ。今更断るつもりはない。
「早く終わって時間ができたらデートでもどう?」
「しません」
「つれないなぁ」
ヴィンセントが「残念」と笑うのを尻目に、ルシアはまたお肉を口に運ぶのだった。




