07.第一章六話
ルシアは寮の自室に戻り、着替えなどの準備を済ませて魔法師協会に向かった。
魔法師協会は魔法を使う者、つまり魔法師のための団体で、研究の補助、魔法師が必要な仕事の仲介などをしている。さらに、魔法師同士の交流の場ともなっており、情報交換には打ってつけだ。
協会に所属していない魔法師に向けても仕事の斡旋をしており、フリーの魔法師にとっても欠かせない場所となっている。
ルシアは中学校に通う前から、協会を通して出されるフリーの魔法師向けの依頼を受けて収入を得ていた。最初は簡単な依頼から始め、経験を積むことで腕を上げて信用も得た。次第に難しい依頼を受けられるようになり、報酬も上がった。
依頼の中には研究で使うための魔物素材の収集、魔物が蔓延る危険な山の植物の採取、魔物そのものの捕獲などがあり、魔物と戦うことも多い。そのおかげでルシアは同年代の魔法師と比較すると実戦経験が豊富なのだ。
ダーレンとルシアでは経験値が違う。だからこそ、学園での一件で彼に勝ち目は皆無だった。油断ではなく、ただの事実である。
首都内にある魔法師協会レセア支部は、とても荘厳な建物だ。魔法師協会自体の歴史が長く、レセア支部もこの地に建設されて数百年が経っている。
その協会に足を踏み入れたルシアは、見慣れた景色の中を進む。
「シャノンちゃん」
受付の女性が一人、こちらに手を振っている。スザンナ・パジェットだ。オレンジがかった茶髪に緑の目を持つ彼女は二十歳で、ルシアが協会で依頼を受けるようになった頃にはすでにここで働いていたため、その頃からの付き合いである。
「こんにちは、パジェットさん」
「こんにちは。今日は遅かったわね。来ないのかと思ったわ」
「ちょっとトラブルがありまして」
「トラブル?」
「解決したので大丈夫です」
「そう? ならよかった」
スザンナは気さくで面倒見のいいお姉さんだけれど、サバサバしている面もある。トラブルについて特に追及はされなかった。
警察沙汰だったので、そのうちスザンナだけでなく世間の耳に入るだろう。伝統あるディオリア学園での警察沙汰だ。しばらくは騒がしくなりそうである。
「お仕事、高等部の勉強との両立は大変?」
「それなりにできてますよ」
「さっすがシャノンちゃん」
スザンナがにっこりと笑う。
「そんなシャノンちゃんご指名の依頼が来てるわよー」
「……」
「あら。嫌そうな顔」
魔法師向けの依頼は受ける魔法師のレベルについて大体の条件をつけているものだけれど、フリー魔法師向けの依頼で特定の人物を指名しているものは珍しい。
そんな中で、ありがたいことにルシアの腕を買ってよく指名してくれる依頼人は何人かいるけれど、スザンナがやけにニコニコして話を切り出したのを考慮すると、簡単に一人に絞ることができる。
「お察しのとおりのお方よ、依頼人」
「ですよね」
スザンナも、ルシアが誰を想像したのかすぐに察していた。それほどルシアは彼について何度も同じ反応をしてきたのだ。
「明日のお昼に直接会って詳細の説明、お仕事は土日ですって」
「わざわざ事前に打ち合わせを設けなくても済むような内容ですよね、絶対」
「まあまあ。打ち合わせで拘束する時間分も報酬を出すって話だし、お昼ご飯も先方が豪華なものを準備してくださるらしいわよ?」
「……」
そう言われてしまうともったいなくて断れない。相手もそれをわかっている。
学園に入学して、これで二回目の依頼だ。
依頼人はヴィンセントである。ルシアが同じ学園に入学したのをいいことに、打ち合わせと称してお昼を共にさせるのだ。普通にお昼に誘っても、先日のようにルシアは必ず断るから。
(『また明日』って、これのことだったんだ)
てっきり普通の挨拶だと思っていた。ついさっきまで一緒にいたのに依頼について言わなかったのはわざとだろう。
「同じ学園なんだし、何か進展ないの?」
「なんですか進展って。何もないですよ」
「あらぁ。お似合いなのに」
これはお世辞でもなんでもなく、スザンナの本心だ。そうわかってはいても、ルシアはため息を吐く。
「向こうはお貴族様ですよ」
「相変わらずね、シャノンちゃんの『貴族嫌い』。ウェルロイル公爵のご子息と前は仲良かったんじゃなかった?」
「昔の話です」
「三、四年前ってそんなに昔じゃないわよ」
「今までの人生の四分の一ですよ。十分昔です」
今度はスザンナが「素直じゃないわね」と言わんばかりに息を吐く。
「私ならスキップするくらい浮かれるけど、シャノンちゃんは全然靡かないわねぇ。ウェルロイル公爵のご子息、だいぶ大盤振る舞いの報酬だし、あのお顔は眼福なのに」
定期的に指名依頼を出してくれるのは確かに助かるけれど、毎回依頼中に会おうとしてくるのが鬱陶しい。公爵家の人間なのだから、色々と忙しくしていればいいものを。
「公爵閣下のご子息なんて、関われば関わるほど面倒事が増えそうじゃないですか」
「あのお顔で大抵のことは許せちゃうわ」
「……パジェットさん、顔だけの男性に引っかからないように気をつけてくださいね」
ルシアはスザンナのことが結構好きだけれど、スザンナのイケメン好きについては少し心配である。
「気をつけてるからまだ結婚できないのよねぇ」
「まだ二十歳じゃないですか」
「もう二十歳なのよ。歳重ねるのなんてあっという間よ、シャノンちゃん」
スザンナはそれなりに結婚に焦っているようだ。確かに、そろそろ周りも結婚し始めている年代なのだろう。
「パジェットさんはどんな人と結婚したいんですか?」
「顔がよくて財力があって甲斐性がある男」
「……」
とても真剣な顔で言われてしまった。ルシアは口を噤む。
「受付やってると出会いはたくさんあるのよ。それなりに恋愛経験もあるわ。でもやっぱり運命の相手ってなかなかいないのよねぇ。顔で選ぶと性格がねぇ」
スザンナが悩ましげにため息を吐く。スザンナの恋愛遍歴については軽く聞いたことが……というか、聞かされたことがある。苦労はあったらしい。
「余計なお世話だとは思いますけど、貴族や裕福な家の男性には特に気をつけたほうがいいですよ。騙されて泣く女性は多いですから」
「わかってるわ。ご忠告ありがとう」
スザンナは笑みを深める。
「それで、ウェルロイル公爵のご子息からの依頼はどうするの?」
「請けます」
「じゃあそれで進めるわね」




