06.第一章五話
教師によってダーレンは改めて拘束され、通報して警官も駆けつける事態となった。最初に現れた教師は大事にしたくなかったようで、誰も怪我をしていないのだから穏便に、と持ち込もうとしていたけれど、ヴィンセントが許さなかったのだ。
連行されていくダーレンの背を、エイミーは複雑そうに見つめている。
「あんなのと結婚したいんですか?」
ルシアがそう訊ねると、エイミーはそっと視線を落とした。
貴族の結婚は家同士の契約で、利益が絡んでくる。恋愛結婚も増えつつあるらしいけれど、そうそう自由になるものではない。
エイミーはダーレンのことが好きだったのだろう。けれど、こうなった以上、ダーレンを切るのが家のためには正解だ。エイミー自身のためにも。
(まあ、私には関係ないけど)
二人がそのまま破局しようと、復縁しようと、ルシアにはどうでもいい。
「――ヴィンセント様、ありがとうございます!」
声が響いて、ルシアはそちらを視界に映す。
ヴィンセントの前で、ミラベルが弱々しく涙を浮かべていた。
「わたし、とても恐ろしくて……」
「ああ、そう」
一切興味がないと告げるヴィンセントの態度にも挫けず、ミラベルは上目遣いでヴィンセントに視線を送る。
「あの、わたし、ミラベル・ミューアと言います」
「知ってるよ」
「嬉しいです! ご存じなのですね!」
「とても無礼なご令嬢として有名だからね」
悪い意味で知られているのだと気づくと、ミラベルは悲しそうに眉尻を下げた。
「そんな……それは私を嫌いな人たちが流した噂であって」
「いや、事実でしかないと思うけど? 許可もしていないのに勝手に俺を名前で呼んでるし。俺のことはウェルロイル先輩とかウェルロイル公爵令息とか、そういうので呼んでね」
ファーストネームを呼んでもらってもいいほど親しくないし、親しくするつもりもない。そういう明確な意思表示である。
涙を見せれば、今までは簡単に相手を騙せたのだろう。けれど、ヴィンセントには効果がない。そのことに戸惑っているけれどなんとか隠そうとしているミラベルの心情が窺える。
「でも……私はぜひ仲良くなりたいので、お名前で」
「俺は別に君と仲良くなりたいなんて思ってないから」
「どうしてそんな冷たいことを言うんですか? ヴィン――」
「一度で理解できない?」
かすかにヴィンセントは口角を上げているけれど、決して優しい笑みではない。不快感を載せている。
「次、名前で呼んだら、学園に抗議して君を退学にしてもらおうかな」
「えっ……」
「君は問題児だから、学園も喜んで俺の要望を聞き入れてくれるだろうね。今回の件だって、根本を辿れば君に非がないわけじゃないし」
ミラベルとは異なる意味でヴィンセントも問題児だけれど、自身のことは棚に上げている。
ミラベルの実家は学園に高額な寄付をしている。しかし、重要度で言えば、迷うまでもなくウェルロイル公爵家のほうが圧倒的だ。
それに、ミラベルの問題行為は学園内の風紀を乱していること。貴族同士の婚約にまで影響を与えた前例ができた以上、ウェルロイル公爵家の後押しがあれば、学園側もミラベルの退学は致し方なしと判断するだろう。
「た、退学って、悪いのはダーレン様で」
「シャノン嬢」
ミラベルを無視して、ヴィンセントはルシアに声をかけた。
「先生が騒動の経緯を詳しく聞き取りしたいらしいから、俺と一緒に先生のところに行こうか」
「いえ、これから予定が……」
そこまで言って、ルシアは言葉を切った。
ヴィンセントが目を細めてこちらを見据えている。少しばかり思考を巡らせて彼の意図を察したルシアは、「わかりました」と頷いた。
「あの、わたしも一緒に」
「君たちは別室で話を聞かれるらしいよ。ほら」
ミラベルの要望を聞き終える前に、ヴィンセントはそう言って視線を動かす。
警察の対応にあたっていた教師の一人が警官一人を伴ってこちらに来て、ミラベルとエイミーに応接室に来るよう告げた。
「わたしはヴィ、……ウェルロイル様たちと一緒がいいです」
納得できないのか、ミラベルはそう訴えた。けれど、教師も警官も聞き入れない。
「あの二人は魔法を使用したから、正当防衛とはいえ別で聞き取りが必要なんだ。二人はこっちに」
「でも」
「だめなものはだめなんだよ、ミューアくん」
教師と警官に促されるミラベルとエイミーを尻目に、ヴィンセントはルシアに笑顔を見せる。
「じゃ、行こうか」
何か言いたげなミラベルの視線をひしひしと感じたけれど、ルシアはヴィンセントと共に、ミラベルたちとは別方向へと歩みを進めた。
「事情聴取は明日にしてもらうよう、俺から言っておいたよ。今日は協会に行くんでしょ?」
「はい。ありがとうございます」
廊下を進みながら説明を受けてお礼を告げる。やはり、すでにヴィンセントが教師たちに言い含めてくれていたようだ。
「それにしても、災難だったね」
「本当に」
「ははは」
ダーレンやミラベルを前にしていた時の雰囲気はどこにやったのか、すっかり元通りのヴィンセントが遠慮なく笑った。何を笑っているんだと、ルシアは手首をさすりながら半眼になる。
「笑ってる場合じゃないと思いますけど」
「ん?」
「完全に目をつけられたんじゃないですか?」
「ああ……」
言わずもがな、ミラベルのことだ。彼女は完全にヴィンセントを気に入っている。今後は猛アタックがあるかもしれない。
「いやぁ、ほんと見境ないね。俺、王位継承権ないし公爵家も継がないのに、彼女の食指が動くとはねぇ。そのあたりのこと知らないのかな?」
「我らが偉大なる国王陛下のお孫様なのも、公爵令息なのも、事実ではありますし」
「それはそうだけど。……なんかわざとらしいねぇ、偉大なるとか」
「……まあ、普通に顔が好みなのでは?」
ミラベルの一番のお気に入りは現在、王太子の息子であるメルヴィンのようだけれど、顔立ちで言えばメルヴィンとヴィンセントはいい勝負だ。
「ルシアちゃんから見てもかっこいい? 惚れる?」
「ふざけたこと言わないでください、ヴィンセント様」
ため息交じりに告げると、ヴィンセントが立ち止まった。つられてルシアも足を止める。
「前みたいに、『ヴィンス様』って呼んでくれてもいいのに」
ヴィンセントは柔らかい微笑みを浮かべる。どこか寂しさを滲ませたその顔から、ルシアは目を逸らした。
「分を弁えているだけです。ウェルロイル公爵令息に戻すのがよろしいですか?」
「それは絶対やだよ」
苦笑したヴィンセントは、ルシアが手首をさすっている手に注目した。
「掴まれたの? ミラベル・ミューア?」
「……まあ」
ルシアが素直に頷くと、ヴィンセントは「後ろもだね」と零す。
ルシアの制服には、背の部分にミラベルの魔力がわずかに残っていた。
人は誰しも魔力を持っている。そして、少量の魔力が自然と体の外に漏れているものだ。身につけている衣服など、長く触れたものにはその魔力の痕跡がある程度の時間は残るのである。
手首の部分は掴まれていたのが少しの時間だったので魔力は付着していないけれど、ルシアが気にしているので、触れられたのだとヴィンセントは気づいたのだろう。
「ちょっとごめんね」
ヴィンセントはルシアに近づくと、ルシアの背に手を添えた。制服――魔力が残っているジャケットにかすかに触れる程度だ。そして、魔法を発動させて軽く手を振り、ミラベルの魔力を除去する。
「はい、これでよし」
「……ありがとうございます」
何もしなくともすぐに消えるものだけれど、魔法で綺麗にしてくれるのは正直なところありがたい。とはいえ、借りを作ってしまったようで悶々としていると、ヴィンセントがルシアの手を取った。ぱちりと、ルシアは瞬きをする。
「よく持ってるね」
「……そう、ですね」
ヴィンセントの目はルシアの白の手袋に向けられている。
ほぼ毎日つけているこの手袋は、使い始めて数年が経つ。元がいいものであることに加えて魔法で補強もされているけれど、さすがにほつれは出てきていた。
ルシアが生活する上で欠かせないものである。
「すごく今更だけど、デザイン、シンプル過ぎたかな?」
「普段使いにはこのほうが……」
途中ではっとしたルシアは、ヴィンセントの手をぺいっと振り払った。
「いつまで触ってるんですか」
「ごめんごめん。……そろそろ新しいのプレゼントしようか?」
「結構です。自分で買うので」
この手袋は、ヴィンセントがくれたものだ。ルシアの体質を知っている彼が、ルシアのために用意してくれた。
けれど、もうその頃とは違う。もう、子供ではない。
「今日は、色々とありがとうございました」
もう送ってくれなくていいという意味を込めて、ルシアは改めてお礼を告げる。
「寮や協会まで送ろうか?」
「結構です」
ルシアが迷いなく断ると、ヴィンセントは「だよねぇ」と笑みを零した。
「また明日ね、ルシアちゃん」




