05.第一章四話
(マジですか)
いくらなんでも、痴情のもつれで最初に魔法が出てくるとは。逆上して、衝動のまま魔法でこちらを攻撃するつもりのようだ。
「ダーレン、やめて!」
「きゃあああ!!」
やめるよう訴えているエイミーと悲鳴を上げているミラベルとは異なり、ルシアは魔力を練る。
「俺の気持ちを弄びやがって……! これだから平民上がりは! 所詮は愛人の娘だな!」
先ほどまでは真実の愛とやらを信じていたはずなのに、ミラベルの気持ちが自分に向いていないと理解した途端にこれである。
察してはいたけれど、ダーレンもエイミーも貴族なのだとルシアは確信を得た。
生まれながらの貴族であろうダーレンは結局、元は愛人の子で平民だったミラベルを、心の底では最初から見下していたのだろう。自分に恋情があるかのようなミラベルの振る舞いに舞い上がり、その気持ちを受け入れてやる、ありがたいだろうと上から目線でいたのだ。
それが、婚約者やルシアの前できっぱり前提から覆されたことで、底知れない屈辱を味わった。恥をかかされた怒りは今、その原因に向けられている。
「痛い目を見ないと自分の立場がわからないようだな!」
エイミーにとっては、結婚する前にこのような人間性を目の当たりにしたことは不幸中の幸いかもしれない。元々、攻撃性の高い性格なのだろう。
「『行け!』」
ダーレンの言葉に従い、複数の土の塊がミラベルたちに襲いかかる。ミラベルのすぐそばにいるルシアとエイミーにもお構いなしだ。
悲鳴を上げるミラベルとエイミーの前に出て、ルシアは口を開く。
「『盾』」
唱えた直後、ルシアたちの前に魔法でできた防御盾が現れ、ぶつかった土の塊を一つ残らず粉砕した。
「なっ」
魔法を防がれて驚愕しているダーレンを、ルシアは冷静に見据える。
学園ではどの科にも魔法の授業が組み込まれているとはいえ、実戦経験はさほどないのだろう。そのような相手を無力化するのは、ルシアにとってはそう難しいことではない。
ルシアは魔法の技術が卓越していたために特待生枠を勝ち取った、魔法科の生徒なのだから。
「こんなあっさり……」
ダーレンは呆然としていた。防がれるとは思っていなかったらしい。
「何を驚いているんです? 私は魔法科の特待生ですよ」
この程度の攻撃は脅威でもなんでもない。
後ろから「ルシアちゃん……」と聞こえて、ルシアは後ろの二人を確認する。
ミラベルとエイミーも、ルシアがダーレンの魔法を防御したことに驚いているのが窺えた。その衝撃で、恐怖が少し薄れているようだ。
逃げ出したりせずそのまま固まっていてくれるなら、守りやすくてありがたい。本当ならミラベルなんて庇いたくはないけれど、さすがにこの状況で見捨てるのは寝覚が悪すぎる。
ルシアはすぐにダーレンに視線を戻した。
「というか、攻撃魔法は完全に違法行為ですけど、わかってます?」
学園内では勝手な魔法の使用は禁止されているけれど、これは校則違反という次元の話ではないと、ダーレンは理解しているのだろうか。
「孤児風情が……!」
そう吐き捨ててもう一度魔法を放とうとするダーレンにルシアは身構えたけれど、ダーレンの周囲に異なる魔力を感じて動きを止める。それを怯えと捉えたのか、ダーレンは鼻で笑った。
「怖気付いたのか? 威勢がよかったが、孤児ごときではやはり俺の魔法をそう何度も」
「――はい、そこまで」
ダーレンではない男性の声がして、コツ、と靴が床と触れた音がした。
「っ、く……」
今にも魔法を放とうとしていたダーレンが、苦しそうに顔を歪めて硬直している。魔法で動きを封じられているのだ。
ダーレンの後方から、男子生徒がこちらに歩み寄ってくる。ダーレンの横を彼が通り過ぎたところでダーレンの視界にもようやくその姿が映り、ダーレンは瞠目した。
「ウェ、ウェルロイル公子……」
現れたのは黒髪にスカイブルーの瞳を持つ、無駄に顔立ちが整っている男――ヴィンセント・オスカー・ウェルロイルだった。ダーレンを拘束している魔法を使ったのはヴィンセントだ。
ヴィンセントはルシアたち女子三人とダーレンのほぼ間まで来ると、足を止めてダーレンのほうを振り返る。
「いやぁ、これは驚いたね。放課後なのに妙に強い魔法の気配を感じて駆けつけてみれば、どこぞの子爵のご子息が、女子生徒に向かって魔法で攻撃を仕掛けようとしているとは」
「公子、これは……」
「ま、仕掛けようとっていうより、一回目はきっちり発動して、その特待生ちゃんに防がれたんだろうね」
ヴィンセントはルシアを一瞥すると、再びダーレンを見据える。
「つまりさっきのは二回目の攻撃態勢で、故意の攻撃である確実な証明になるわけだ。一回だけなら事故でしたとか言い訳も通じたかもしれないのに、自分で自分の首を絞めたね」
そんなことを言って、事故だなんて誰も信じないだろう。もちろん、ヴィンセントだって。
「これは殺人未遂にもなり得る犯罪行為なわけだけど、さて、一応聞いておこうか。――何か申し開きでも?」
すっと、ヴィンセントの表情が変わった。
(すごく怒ってる……)
普段の飄々とした態度は一瞬で消え去り、相手を静かに威圧している。風格がある、とでも言えばいいのだろうか。周囲に畏怖や緊張感を与える空気感だ。このようなヴィンセントは珍しい。
やはり、曲がりなりにも王族の血を引く公爵家の子息なのだと実感させる。上に立つ者特有の、絶対的なものがある。
ダーレンはヴィンセントの纏う空気感に気圧されていたけれど、このままではまずいと頭の中で警鐘が鳴ったのか、必死に弁明を始める。
「これは攻撃ではなく……躾、そう、躾です! そこの平民上がりが生意気にもこの俺を弄び、躾けようとしたら孤児が邪魔をしてきたのです! それで!」
「それで?」
低い声で遮ったヴィンセントに、ダーレンは息を呑む。
「そんなものが、魔法で攻撃していい理由になるとでも?」
スカイブルーの双眸に睥睨されて、ダーレンは察しただろう。
申し開きの機会など、彼には最初から与えられていなかった。形だけのものだったのだ。
「ルシアちゃんルシアちゃん」
ピリピリとした空気感の中で、小声でルシアを呼んだのはミラベルだった。
「あれってヴィンセント様だよね? 初めて生で見た。すごくかっこよくない? しかも、わたしのためにあんなに怒ってくれてる……! わたしのこと好きなんじゃない?」
この状況でヴィンセントに熱視線を送るミラベルにルシアが「馬鹿なの?」と声に出しそうになってしまったところで、「誰だ、許可なく魔法を使ったのは!」と教師が駆けつけた。




