04.第一章三話
(ストーカーですか?)
ルシアが真っ先にそう思ったのは仕方のないことだろう。
「ロヴェット公爵令嬢といたよね? 庭から見えたの」
再度の確認には声音から圧が感じられた。
庭にいたらしいミラベルは、廊下の窓からルシアとステファニーの姿を見たようだ。ミラベルからすると、『自分をいじめる酷い人』と『数少ない同性の友達』が、ミラベルに隠れてこそこそ話していた、と受け取れるのだろう。それで不機嫌なのだ。
偶然とはいえ、普通に怖い。
「あの人とどんな話したの?」
「どうしてそれをあなたに話さないといけないんですか?」
「どうしてって……」
その返答は想定外だったようで、ミラベルは動揺を見せる。
「あの人はわたしに意地悪をする酷い人なんだよ? だから、えっと……そんな人とは関わらないほうがいいよ」
当たり前の注意を意地悪と解釈し、親しくもないのにやたら付きまとってくるような人間にこそ関わりたくない。少なくともステファニーは、ミラベルよりは無害だ。
とはいえ、ルシアはステファニーとも関わりたくはない。無難に学園を卒業したいルシアにとって、王族の婚約者候補として最有力の公爵令嬢なんて注目を集めるだけの存在は、そばにいたら面倒事の匂いしかしないのである。
ミラベルと距離さえ置けば、ステファニーがルシアに関わる理由はない。
「ご忠告どうも。急いでるんです。失礼します」
「待ってルシアちゃん!」
さっさと終わらせたいルシアがミラベルの横を通り過ぎようとすると、ミラベルがルシアの手首を掴んで引き止めた。ルシアは息を呑み、反射的にミラベルの手をバッと振り払う。
驚愕したミラベルを、ルシアは冷たい目で射抜いた。
「急いでるって言いましたよね? いい加減にしてください」
「ルシアちゃ――」
「ミューア伯爵令嬢!」
ミラベルの声に重なったのは、女性の声だった。
二人して声がしたほうに顔を向けると、女子生徒と男子生徒がこちらに早歩きで近づいてきていた。女子生徒のほうは明らかに怒りを表情にも雰囲気にも出していて、男子生徒のほうはやたら神妙な顔つきをしている。
今度はなんだと、ルシアは怪訝に思いながら二人を見据える。
ミラベルを呼んでいたのだから、用があるのはミラベルになのだろう。
「あなた、どういうつもりなの!?」
女子生徒がミラベルに詰め寄る。「何この人、怖い」と、ミラベルは怯えながら素早くルシアの後ろに隠れた。
(は?)
ルシアは驚きながら後ろを振り返る。
ミラベルは目を潤ませながら女子生徒のほうを見ていた。
関係ないから帰ろうとしていたのに、何やら荒ぶっている女子生徒にルシアもしっかり認識されてしまう。
「一年の特待生ね? どきなさいよ」
「どうぞ」
言い方からして上級生だと推測できる女子生徒に凄まれ、これ幸いとミラベルを差し出すために移動しようとしたルシアだったけれど、ミラベルに制服を掴まれて阻止されてしまった。
「やだルシアちゃん、この人怖い。助けて!」
(は?)
詳細が判明していない段階とはいえ、どう考えてもミラベルが招いた種なのは間違いない。だというのになぜ自分が手を貸さないといけないのかとルシアが言葉を失っていると、男子生徒が女子生徒の肩に手を置く。
「落ち着けよ、エイミー」
「何が落ち着けよ! そもそもあなたも悪いんでしょ! 気安く触らないで!」
女子生徒のほうはエイミーという名前らしい。男子生徒の手を払ったエイミーはミラベルを睨みつけた。
「噂に違わぬ男好きね。人の婚約者に色目を使うなんて!」
ほぼ予想していたとおりの内容で、ルシアはうんざりする。
「ダーレンが私との婚約を解消してあなたと婚約するって言い出したのよ! 彼とあなたは真実の愛に目覚めたから祝福してくれって!」
(うわぁ)
ひと月で、もう一つの婚約を壊すまでになったようだ。遅いのか早いのか。
ダーレンというのはエイミーの隣にいる男子生徒で間違いない。婚約解消の話をダーレンから持ち出されて、エイミーはそのままの勢いでミラベルを捜していたのだろう。
「真実の愛……?」
心当たりがないとばかりに、ミラベルは不思議そうに首を傾げた。その反応がエイミーをさらに刺激する。
「何とぼけてるのよ!」
「ダーレン様とは確かに親しいですが、ただのお友達です……! 真実の愛ってなんですか? 婚約なんてありえません!」
「ミラベル! どうしてそんなことを言うんだ!?」
ショックに悲痛な声を上げたのはダーレンだった。
「どうしても何も事実です。ダーレン様こそ、どうしてそんな勘違いをしているんですか?」
ミラベルは本当にわけがわからないという顔だ。その様子を見て、これは修羅場になって誤魔化しているのではなく、事実だろうとルシアは思った。
ミラベルが近づく男性には共通点がある。伯爵以上の貴族の家で、顔立ちも整っている者だ。
この男子生徒は確かに顔立ちが整っているほうではあるかもしれないけれど、失礼ながら、ミラベルが目をつけている男子生徒たちと比較すると霞むと言わざるを得ない。要するにミラベルのタイプにはかすりもしていないので、ミラベルとしては本当に、当たり障りのない対応しかしていないのではないだろうか。
それでも、思わせぶりな態度ではあったのだろう。ミラベルはそういう人間だ。
「俺といるのはとても楽しいと言っていただろう! 女子からいじめられていると相談してくれたのも、俺が頼りになる男だからだと! 俺のような男が好きだと、照れたように言ってくれたじゃないか!」
「それは友達として好きだという意味です……!」
その場面を実際に目撃したわけではないのでなんとも言えないものの、やはりミラベルの言動が主な原因なのは疑いようもない。
きっと、ミラベルが周囲にも似たような言動をしている場面をダーレンも見聞きしているはずだ。それなのに、自分だけが特別だと期待していたのだろう。こちらにも問題はありそうだ。
婚約者がいる身でこれでは、エイミーと結婚したところでどうせ上手くいかなかったのではないだろうか。
(帰りたい)
ルシアは一切関係がないので、ルシアがいないところでやってほしい。
ミラベルはずっとルシアの制服――ジャケットを掴んでいて、離してくれる気配がない。いつになったら終わるのだろうか。
(仕事は諦めたほうがいいかも……)
そもそも今日は依頼を選ぶだけの予定だったからまだマシか……とルシアが現実逃避で仕事のことに思考を巡らせている間にも、ダーレンとミラベルの食い違った主張は続く。
エイミーは最初の勢いがなくなり、戸惑っているようだ。二人の言い合いに加わることはない。
「そ、そうか、恥ずかしがっているんだな。エイミーや友達の前だとそうかもしれないな」
「違います!」
ミラベルの否定ではなく、友達という言葉にルシアの意識が二人の会話に戻る。もしかしなくても、その友達とはルシアのことを指しているのだろう。やめてほしい。
「ダーレン様はお友達です。先輩ですけど、頼れるお友達なんです。わたしがダーレン様を好きになるなんてありえません……!」
(だいぶバッサリ振ったなぁ)
ルシアは呑気にそんな感想を抱く。
ダーレンは大きく目を見開いて、次第に拳を震わせた。
「――ふざけるなッ!」
そう叫んだダーレンの魔力の変化に気づいて、ルシアは眉をひそめる。
「『土よ!』」
ダーレンの詠唱と共に、空中に土の塊が出現した。




