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魔法師ルシアの受難  作者: 和執ユラ
第一章 悩みの種

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03.第一章二話


 放課後、ルシアが廊下を歩いていると、「シャノンさん」と後ろから声をかけられた。振り返ると、そこにいたのはステファニーだった。一人だ。

 公爵令嬢の周りに誰もいないのは珍しいと思いつつ、ルシアの頭には瞬時に嫌な予感が過った。選択授業が被っている程度の接点しかない彼女から話しかけられる理由なんて、どう考えても一つしか思いつかない。


「突然ごめんなさい。ステファニー・ザラ・ロヴェットと申します。シャノンさんとは同じ学年で、授業もいくつか一緒なのですが……」

「存じています、ロヴェット公爵令嬢」


 貴族出身ならば周りは自分のことを当然知っているだろうという驕りが見えることも多々あるけれど、ステファニーは至極丁寧な態度だ。


「何かご用でしょうか」

「これから何かご予定はありますか? お話ししたいことがあるので、少しだけお時間をいただきたいのです」


 できれば断りたいけれど、そうなればまた後日、となるのだろう。

 それに、学園内では身分の垣根を越えた交流が推奨されており、外ほど身分差が厳格ではないものの、やはり平等というわけにもいかないのが現実である。平民のルシアが公爵令嬢である彼女の誘いを断ると、ステファニー本人がそのことについて気にしないような性格であっても、周りのせいで面倒ごとが舞い込んでくる可能性は高い。


「仕事がありますので、十五分程度でしたら」

「お仕事……シャノンさんはお仕事をしていらっしゃるのですね。それで特待生だなんて、とても努力なさっているのですね」


 孤児でなくとも、この年齢の平民はほとんどが労働者だ。公爵令嬢なのだからその知識は入っていそうなものだけれど、特待生とは結びつかなかったのだろうか。


「それほど時間はいただきません。ミューア伯爵令嬢のことなのですが、あなたからも注意していただけませんか」


 案の定の話題である。その名前を聞くだけで不快だ。


「注意とは?」

「彼女は……その、少々自由奔放な方でしょう? まだ貴族社会に慣れていないとしても、さすがに看過できない振る舞いだと思うのです」


 そこについてはルシアも異論はないけれど、ルシアには彼女を更生させなければいけない義理も、面倒を見なければいけない義理もない。


「それで、どうして私が注意しなければならないんですか?」

「友人が間違ったことをしているなら、それを放置するのではなく指摘するのが友情というものではありませんか?」


 落ち着いてはいるけれど、どことなく非難の色彩を帯びた声音で言われる。やはりミラベルの友人として見なされているようで頭が痛い。

 ステファニーはまっすぐで、生真面目な性格なのだろう。だから、間違ったことを許せなくて、『近くにいるのにそれを止めようともしない友人』に腹を立てているのだ。


「私、ミューア伯爵令嬢とは友達じゃないですよ」

「え……」

「付きまとわれてるだけです」


 ルシアがはっきり伝えると、ステファニーは瞬きを繰り返した。友人という部分を否定されることなど思いもしていなかったという顔だ。


「そうなのですか? てっきり……」

「仲がいいように見えましたか?」


 そんなわけがないだろうと思いながらルシアが訊ねる。


「それは……確かに、あまりそうは見えなかったかもしれません」


 ステファニーは戸惑いながらも自身の記憶を辿ったのか、納得した様子だった。いつもミラベルが勝手にそばに来て一方的に話してばかりだったのだから当然だろう。それだけで勘違いされてしまう身にもなってほしい。


「申し訳ありません。早合点してしまって……」

「いえ」


 そうは答えるものの、本当に迷惑だ。ルシアを巻き込まずに解決してほしい。

 とりあえず、直接ミラベルとの友人関係を否定できたことはよしとしよう。そのうち広まってくれるだろう。


「そもそも、本人に注意しても改善される様子がないのですから、伯爵家に抗議するべきでは?」

「それはそうなのですが……あまり大事にしては、彼女の今後がどうなるか」


 ステファニーは悩ましげに目を伏せる。

 ミラベルは伯爵家に入ってまだ一年にも満たない。しかし、年齢は十五歳だ。貴族ならすでに婚約がまとまっていてもおかしくない年齢である。愛人だった後妻の娘とはいえ、伯爵の血を引くことに変わりはない。伯爵家はそれなりに資産があるので、ミラベルとの結婚に価値を見出す家はあると思われる。

 ここで格上の公爵家から正式に抗議が入ると、将来への影響は確かに大きいだろう。だからステファニーはどうにか注意だけでミラベルを更生させたいようだ。


(お優しいことで)


 むしろ大事にしないと後々さらに面倒なことになる可能性のほうが高いのでは、とルシアは思う。現状でさえ小さいとは言えない問題行動を取っており、本人は反省もしていないのだ。あれに注意程度で更生の余地があると思っているのなら、ずいぶんと甘いご慧眼である。


「そうですか」


 しかし、どうなろうとルシアには関係のないことだ。ルシアはミラベルの友人でもステファニーの友人でもない、ただの同級生。それだけの関係。貴族でもないから、彼女たちの結婚事情に関わるようなこともない。

 これ以上巻き込まれることがなければ、それでいい。大事なのは自分の生活、自分の未来だ。


「そろそろよろしいですか?」

「あ、はい。お時間をいただきありがとうございました。勘違いで変なお願いをして申し訳ありません。お詫びと言ってはなんですが、何か困ったことがあれば、私で力になれることでしたら遠慮なくご相談くださいね」

「……ありがとうございます」


 何かあったとしても、ステファニーに相談することはありえない。そう思いながらももちろん正直に伝えることはせず、お礼を口にしてルシアはその場をあとにした。


「――ルシアちゃん」


 しかし、本館の正面出入り口に向かっていた途中、人気のない廊下の角を曲がったところで、ミラベルに捕まってしまった。ルシアは仕方なく歩みを止める。

 てっきりもう帰宅したか、男子生徒とどこかに寄り道でもしているかと思っていたけれど、ステファニーに続いて、放課後に一人でいるミラベルは珍しい気がする。


「さっき、ロヴェット公爵令嬢といたよね?」


 ミラベルの表情は、拗ねているような、怒っているようなものだった。


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