7、バケット討伐大作戦・1
2人は小さく笑っていた。濁流から逃げ延びた事実を軽く語り、泥だらけになった姿……お互いにただ、笑っていた。
アシミーはネルにスキルを発動した理由を告げていた。
その理由を知ったネルは最初に驚き、結果として濁流まで起こしてしまったのだと分かったからなのか、最後には笑い出すネルがそこにいた。
ネル「ははは、ボクちゃんの為だったのかい……本当にアシミーちゃんは面白すぎるなぁ」
アシミー「仕方ないでしょ。誰かのためにスキルを使うなんて初めてで、その……威力を間違えたのよ。ふん……」
アシミー:最悪よ……ネルに私が非常識な女だって、思われるし……威力を間違えて、死にかけるし……人生最大の汚点よ……
ネル:ボクちゃんからしたら、アシミーちゃんと一緒に魚を捕まえたり、走ったり本当に楽しい時間だったなぁ。
2人は起き上がると、身体に着いた泥汚れを払っていく。湖から走ってきた道を再度湖へ向けて歩き、木々や林に投げ出された魚を2人は不思議な表情で拾っていた。
ネル「木から魚を取る日がくるなんて〜ボクちゃんは初めての経験だよぅ〜ふふふ〜ん」
アシミー「あんまり言わないでよ。私だって、こんなことになって恥ずかしいんだから……」
ネル:魚取り〜魚取り〜。楽しい楽しい〜魚取り〜!
アシミー:ネルは笑ってるけど、多分、気を使って笑ってるのよね。この先ずっと、私は魚を木に降らせた亜人扱いになるのよね……はぁ。
湖まで戻った2人は互いの服の汚れを確認して、苦笑いを浮かべると、まずは焚き火を起こしてから服を脱ぐと湖で泥を洗い、汚れた身体を清めるように水で洗い流す。
濡れた服を木の枝に引っ掛けて焚き火で乾かし、その周囲で拾い集めた魚を焼いていた。
ネル「ボクちゃんさぁ、こんな風に誰かと魚を焼いて食べるなんて、初めてなんだよねぇ! ワクワクしちゃうよ〜」
アシミー「それより! 服を乾かしてるんだから……あんまり、動かないで……ネルの煙が外れたら、丸見えになっちゃうのよ」
ネルの【煙縄】を使い、2人で包まりながら【煙幕】で周囲から姿を隠していた。
ネルは煙を操ることで、地べたに触れることなく胡座をかいている。
ただ、アシミーはそうではない為、静かにネルの膝上に座ってモジモジとしていた。
2人が重なるように座っている理由は、【煙縄】というスキルにあった。
ネルが触れていないと消えてしまう為、アシミーもその未成熟な裸体を隠すように、ネルへ背中を預けている。
アシミーと話すネルはその時間を至福と言わんばかりに楽しんでいるように見えた。
アシミー「なんで、この状況で嬉しそうなのよ……」
ネル「う〜ん。内緒〜」
アシミー:恥ずかしいのよ。自分のこんな姿、誰にも見せたことないのに……あぁ……
ネル:ボクちゃんの膝から伝わる体温、腹部からも伝わる温もりが幸せだよぅ。こんな風に温もりが暖かいなんて、知らなかったなぁ……
一定時間のゆっくりと流れた時間、焚き火が揺らめき、焚べられた木からパチパチと音が鳴る。
そんな日常で気にならないような僅かな音すら、今の2人を照らすだけの空間を彩る音色に変化していた。
流れを止めたような静けさ、ネルの腕がアシミーを抱きしめると、時間が再度流れ出したかのようにアシミーが慌て出す。
アシミー「さ、魚が焼けたみたいよ。ネル、早く食べないと、炭になっちゃうわよ」
アシミー:ハァハァ……なんでドキドキしちゃうのよ! ネルは同性、そう同じ女性なのよ……しっかりしないと。
ネル「そうだねぇ。ボクちゃんもお腹空いたし、アシミーちゃんとご飯だねぇ」
ネル:アシミーちゃんたら、食いしん坊さんなんだなぁ。でも、元気になったみたいでボクちゃんは嬉しいから良かったぁ。
焚き火で焼かれた魚を手に取り、2人は齧り付いていく。
魚の腹から食べるネルと、背中側から食べるアシミー、食べ方も違えば個数も別々な2人、同じ魚を食べている事実以外はすべてが真逆な光景だけが存在する。
ネル:焼き魚はやっぱりお肉には勝てないなぁ、塩がないのも残念だなぁ。次から塩も【入煙】に入れとかないとだねぇ。
アシミー:焼きたてな素朴な味ね。少し泥臭いかしら、でも、ホッとする味で良かったわ。ネルもたくさん食べてくれてるし。
そうして、2人は魚を食べていき、時間は静かに流れていた。
空は太陽と別れを告げ、輝く星が顔を出す。星の光と月が姿を現したことを確認した2人は、焚き火で乾いた服を手に取ると着替えていく。
アシミー:なんで、恥ずかしげもなく、着替えられるのよ……
気にしてる私が馬鹿みたいじゃない……うぅ、私と違って、スタイルもいいし、なんか敗北感だわ。
ネル:お着替え、お着替え〜! 背中から見るアシミーちゃんは、やっぱり小さいなぁ? 可愛いけど、あのサイズは逆に憧れちゃうなぁ。ボクちゃんも可愛いサイズなら良かったのになぁ。
服を着替え終えた2人はどちらからなく、グラードの街へと視線を向ける。
アシミー「夜になったわね……はぁ、ネル? 絶対に生け捕りなのよ。殺したら、私達が犯罪者になっちゃうんだからね、本当に頼むわよ?」
ネル:心配性だなぁ……アシミーちゃんてば、ボクちゃんがそんなヘマをするわけないじゃないかぁ。
ネル「それは大丈夫だけどさぁ、魔玉はボクちゃんが壊しちゃったし? 証拠なんか無いんじゃないかぁ」
アシミー「証拠については、大丈夫なのよ。あのクソバケットは、用心深いやつで1つだと不安だからって、私を操って海王類狩りを嫌ってほどさせられたのよ」
アシミー:思い出しただけで、自分の不用心さが嫌になるわ。あの場に戻れたなら、絶対に止めてるわ。
手をグッと握りしめたアシミーを見つめるネル。
一瞬の沈黙が流れ、風が焚き火を揺らめかせると同時にアシミーが話を再開する。
アシミー「あの【水性亜人操作】《魔玉》は、バケットの屋敷にもう1つ保管されてるの、それを一緒に押さえれば、バケットを罪人でギルドに突き出せるのよ」
ネル「なら、危ないから、バケットのことはアシミーちゃんに任せられないなぁ……」
下を向いて、拳を握るネル、その表情は険しく、「決断」という言葉が仮に最初の時点で姿を表したとしたなら、その通りだと誰もが思うことだろう。
ネル:やっぱり、アシミーちゃんには、悪いけど……バケットには消えてもらわないと……ボクちゃんのアシミーちゃんを奪うなんてさせないよぅ。
アシミー:ネルったら、大袈裟なんだから、たまに優しすぎて、逆に心配……大丈夫って伝えないと、それにやっぱり捕まるとか、ネルでも怖いんだなぁ。
アシミー「大丈夫よ。私が直接バケットの奴を捕まえないと気が済まないし、ネルに全部任せるような真似しないわよ」
ネル「う〜ん。なら、ボクちゃんが魔玉を見つけてからって、話でどうかなぁ? それなら、安全だし、アシミーちゃんもバケットを殴り放題になるじゃないかぁ〜」
笑いながら、提案を口にするネル。無邪気な口調のネルに向かってアシミーは深いため息をつき、小さく首を縦に動かした。
ネル:ボクちゃんとしては、全部……磨り潰して魔物の撒き餌にでもした方が楽なのにさぁ、アシミーちゃんは優しすぎるんだよねぇ……まぁ、いっかあ……
アシミー:私の時間を奪ったバケットを捕まえて、絶対に罪を認めさせないと……もしも、失敗したら……ううん、やめよう。大丈夫だよね。
アシミーは、地面に木の枝で簡単な見取図を書いていく。屋敷の広さ、敷地外と敷地内に放たれている魔物の種類、バケットが屋敷に住まわせている部下達の戦力、その分かる範囲をすべて説明する。
夜の始まりから話されたアシミーによる説明は1時間を超え、次第にネルの表情が難しいものに変化していく。
ネル:正直、広い屋敷だっていうのは分かったけど、ボクちゃんには、ちんぷんかんぷんなんだよねぇ。
ただ、逃がさないようにすれば、問題ないし、間違えたら、喉に通るサイズまで刻めばいいだけの話だよねぇ。
ネル:だって、ボクちゃんのスキルは、別に口に入れなくてもいいしさぁ……
アシミーちゃんをびっくりさせたくて、わざと演出する必要ないなら、スパスパとカットしちゃおうかなぁ……あはぁ!
アシミー「ネル、顔が怖いわよ……本当に大丈夫? やっぱり、嫌なら……今なら、知らなかったって言えるのよ……」
アシミー:……普通はここまで、やばい相手だって分かったら、街から逃げたくなるわよね。ギルドも自警団も、簡単に動けない相手なんだもんね。
ネル「大丈夫さぁ、ボクちゃんはアシミーちゃんとの約束を破るような真似は絶対にしないからねぇ、バケットは逃がさないし……アシミーちゃんの為だけに頑張るからさぁ」
アシミー「そうよね。絶対に逃がさない……私を好き勝手にこき使った代償はきっちりもらわないとだもんね。バケットのやつに吠え面をかかせてやるんだからね、覚悟してるのよ、バケット!」




