6、常識と非常識? アシミーの質問
話し合いが終わり、目的を決めたネルとアシミー。
ネルは立ち上がると、早々にベスパの森から移動しようと手足を動かしながら、方角を確かめていく。
ネル:色々話して、ボクちゃんは理解したんだ。アシミーちゃんを喜ばせたり、びっくりさせるなら、バケットを連れてくるしかないじゃないかぁ!
ネル「アシミーちゃんは、待っててねぇ。ボクちゃんがすぐにバケットを持ってくるからさぁ……あはぁ〜」
アシミー:はぁ……なんか、言葉の使い方まで、間違ってるし、連れてくると持ってくるじゃ、別物じゃないのよ。ふふ、でも、なんか優しく感じるし、本当に心配してくれたんだなぁ……
アシミー「ネル、待って! 何考えてるかは何となく分かるけど……まずは街の様子を確認してからよ……何かあったらどうするのよ」
ネル:ボクちゃん的には、すぐにでもバケットの奴をぐちゃぐちゃにして、魔物の餌にしてやりたいのに……まぁ、アシミーちゃんに止められちゃったから仕方ないかぁ。
それよりも、心配されちゃった〜! ボクちゃんが心配されるなんて、あぁ〜アシミーちゃんは優しすぎだよぅ〜。
ネル「わかってるさぁ。本当ならボクちゃんが軽くバケットを捕まえて、2度と悪さができないようにしたいのにさぁ」
アシミー:本当に……でも、ネルは私の為にバケットを捕まえてくれようとしてるんだから、感謝はしないとなぁ、ただ、やっぱり常識について話さないとなのよね……はあ、気が重いなぁ。
アシミー「普通にあれだけ暴れて、自警団だって動いてるのよ……常識的に考えたら、殴り込みは絶対にダメなのよ……だから……とりあえず、うん……常識なのよ、常識!」
ネル「えぇ! ひどいなぁ、ボクちゃんはいつも常識しかないじゃないかぁ、何が問題なのさぁ」
ネル:常識って、ボクちゃんからしたら、今のアシミーちゃんの方が非常識だよ……
やられたら、殺る……
敵なら殺す……
謝らないなら、殺める……
それ以外ないじゃないかぁ……
アシミー「はぁ……落ち込まないでよ。とりあえず、夜になるまでは、大人しくしてほしいのよ。こんな昼過ぎから殴り込みなんてしたら、絶対に騒ぎになって、よくない結果になるのよ」
アシミー:すごく凹んじゃったし……なんで、私は優しく素直に教えたりできないかなぁ。もう、人付き合いはこれだから、苦手なのよ!
互いの思考と考えは何処に向かうのか。
2人は話し合った結果、夜になるまで時間を潰す事に決めると、ベスパの森から程近い湖へと歩き出していた。
ネル:正直、待つのは嫌いなんだよねぇ……あ、魚だ! あはぁ、沢山泳いでるじゃないかぁ! そうだ、ボクちゃんってば、いいことを思いついた!
ネル「アシミーちゃん! ボクちゃんが魚を取ってあげるからねぇ!」
アシミー:え? なんて、魚? 聞き間違いかしら……魚って、なんで、魚?
ネル:元気がない時は、お腹が空いてる時だって、オババが言ってたもんねぇ! 魚をいっぱい食べたら、笑顔になるよねぇ。
湖にたどり着いてすぐにネルは、服を着たまま、水中に飛び込むと、魚の群れを捕まえようと泳ぎ出す。
魚は早かった。水中という世界の中でターゲットにされたことを瞬時に理解した魚達はネルを嘲笑うように逃げ回る。
ネル:なんで魚の方がボクちゃんより速いのさ! これ以上、アシミーちゃんにガッカリされたら……魚のやつ! 許せない!
アシミー:ネルってば、猫みたいな性格だからかしら、魚が好きなのねぇ……必死だわ。
ネル「だぁぁぁ! 魚のくせに! いい度胸じゃないかぁ! ボクちゃんをバカにするなんて、わかったよ……湖を煮え上がらせてやるからねぇ!」
アシミー:ん? え、何考えてるのよ!
アシミー「やめなさいってば、ちょっと! 湖を煮え上がらせるなんてダメなのよ、ネル!」
ネル「だって! 魚達がボクちゃんから逃げるんだから、悪いんだよぅ!」
ネル:あぁ! 魚が馬鹿だから、ボクちゃんがアシミーちゃんの役に立てないじゃないかぁ!
アシミー:魚が食べたいからって、なんて無茶なこと考えるのよ。本当にネルならやりかねないし、湖が沸騰なんかしたら、大騒ぎになるじゃない。
アシミー「はぁ……ネル、いったん上がるのよ。私が魚を捕まえるから見てるのよ」
慌てながら、アシミーはネルに水から上がるように告げた。ネルは悲しそうに水面からアシミーの横にとぼとぼと歩いていく。
ネル:ボクちゃんは役立たずだ……魚のせいで、嫌われたかもしれない……
アシミー:どんだけ、魚が食べたかったのよ。でも、なんかネルの好きな物もわかったし、良しなのかな?
「ネル、大丈夫よ。私が魚を捕まえてあげるから、いくわよ【水操作】!」
アシミーはネルの横で両手を湖に向けて伸ばすと、スキルを発動する。
スキル【水操作】──アシミーのスキルであり、その名の通り、水を自在に操る強力なスキルである。
ネル:ボクちゃんは、目の前で起こった現象を一生忘れられない。だって湖の水が渦を巻き上げて天高く伸びていくんだよぅ……
ボクちゃんの戦ったどの魔物よりも力強くて、空気が震える度に全身がワクワクしたんだもん。
ネル「アシミーちゃん! すごいじゃないかぁ!」
アシミー:ふふっ、そうでしょう! でも、気を抜いたらヤバいし、集中しないと……
アシミー「ふぅ……本当にすごいのは、今からなのよ! あくまで【水操作】は、水を操るだけ……【鋼糸】で魚なんて、すぐに捕まえてやるのよ」
アシミーの触腕髪の先端から、複数の鋼鉄の糸が放たれていき、勢いのままに渦の中を貫いていく。
本来ならば、渦の中に鋼糸を放ったとしても、流れに巻き込まれて、あっという間に形を保てずに粉砕されるのだが、アシミーの【鋼糸】は違っていた。
それこそが、アシミーの亜人としての種族固有スキル【鋼糸】の最大の特徴だったが、アシミーはそのことについて、ネルに打ち明けることはなかった。
ネル:あの銀色の鋼糸に貫かれた魚がボクちゃんの前に……何これ! 凄すぎるじゃないかぁ! でも、あんな巨大な渦、最後どうするだろ……気になる〜!
「アシミーちゃん……あの渦はどうするのさぁ!」
期待に満ち溢れた明るい声がアシミーに向けられる。ネルは何が起こるのかを楽しむように笑って見せた。
そんなネルとは、真逆の表情で、ぎこちない笑みを浮かべたアシミーは震える声でネルへと問い掛けた。
アシミー「……ネル、アナタって、泳げるのよね?」
苦笑いを浮かべるアシミーを見たネルは凍り付いたように、天高く巻き上げられた渦に視線を向けてから、再度アシミーを見つめた。
ネル「ア、アシミーちゃん……なんの確認なのさぁ……確かに泳げるけどさぁ……」
アシミー「ネル……人は時にやらかすのよ……だから、先に言うわよ。ご、ごめんなさい……」
今にも泣き出しそうな顔を見たネルは、すぐにアシミーを脇に抱えて、湖まで来た道を全力疾走で戻るように走り出した。
ネルがアシミーを連れて駆け出したと同時に巨大な渦が空から崩れていく。
世界の何処かに存在する巨大な山から流れ出す濁流にも見える光景が、2人をその一部にしたいと望んだかのように迫って押し寄せる。
ネル「なんで、そうなるのさぁ! ボクちゃんに常識がどうのこうの、言ってたのにさぁ!」
アシミー「悪気はないのよ! それよりお願いだから、走って〜!」
ネル「わかったから、喋らないで! 危ないから〜」
2人の背後に迫る濁流が木々を薙ぎ倒し、次第に勢いが失われていき、何とか逃げ延びた2人は、地べたに横になって息を切らせていた。
ネル「アシミーちゃん……ボクちゃんより、常識ないと思うんだけど……」
アシミー「ハァハァ……今回はやりすぎたのよ。ネルが仲間になったから、実力を見せるつもりで……不可抗力なのよ……」




