19、ネルのイライラ?
2人の攻防……傍目には、ペルグが凄まじい勢いでネルを追い詰めているように見えることだろう。
ただ、本人達の表情は違っていた。無表情を貫くペルグと次第に笑みが強まるネル。
誰も、ペルグの敗北を疑わない状況で、ネルが動きを変えた。
ネル:そろそろ、鬼の交代といこうじゃないかぁ……次はボクちゃんがタッチする番だよねぇ。
ペルグの鉈が振り下ろされた瞬間を狙い、片手に煙を纏わせた左手を前に伸ばす。
攻撃を予知していたようにペルグが後方に引いた後、右側に重心をずらして回避に入る。
次の行動を警戒するようにペルグが完全に距離をとってみせた。
体勢を整えたペルグは鉈を前に構えると余裕の笑みを浮かべるネルに対して、ペルグは無表情を崩すと、厳しい表情を浮かべた。
ネル:今のを避けるんだぁ〜! 凄いじゃないかぁ……でも、この一撃で気を失ったらよかったのになぁ……次は手加減し損ねちゃうかもしれないのにさぁ。
笑みの絶えないネルに対して、鋭い視線を向けたペルグだったが、先ほどまでと異なる構えを取り、姿勢を前傾にし、両手に握っていた鉈を下向きに握り直していく。
ペルグ「ったく、単なる跳ねっ返りを相手に軽く揉んでやるつもりだったが、とんだ規格外がいたもんだな」
ネル「褒めてくれるのかぁ〜い。ボクちゃんは特別だからねぇ。さぁ、まだボクちゃんが鬼の番だからねぇ、楽しくやり合おうじゃないかぁ〜!」
ペルグ「はぁ、本当に最悪な野郎だな……」
ネル「野郎だなんて失礼じゃないのかなぁ? ボクちゃんは立派な淑女だからねぇ」
そんな2人の会話を無視するようにブルーガが喋り出す。
アイシャに向かってブルーガが偉そうに語り出した。
ブルーガ「おいおい。あの女、偉そうに大口叩いて、やっぱりペルグの旦那には勝てそうにないな! まぁ、“職業持ち”のダンナに勝てるわけねぇよな」
アイシャ:こいつ本気で言ってるのか……ここまで馬鹿だと、逆に驚きたくなるな。
偉そうにそう口にしたブルーガにアイシャがすぐに冷静な口調で言葉を返していく。
アイシャ「逆にありえないんだよ。“付与術師”の“職業持ち”のペルグさんから、あれだけの攻撃を繰り出されて、ただの一度も攻撃が当たっていないんだからさ」
ブルーガ「だ、だとしても、ペルグの旦那が一方的に攻撃してるんだから、回避が出来ても勝ち目はないだろう?」
アイシャ「はぁ、ブルーガ。アンタは攻撃を当てるのと回避するのは、どっちが大変なのか分からないのかい?」
ネル:あのノイズ男のいらない情報は頭からポイだねぇ。それよりも、ペルグはやっぱり……“職業持ち”だったんだねぇ……あはぁ!
ブルーガ「てか、アイシャさんよぅ。“職業持ち”って、改めて、何なんだよ。強くなれる以外の情報は出回らないしよ?」
アイシャ「はぁ……アンタねぇ、ギルドでも、セミナーとかしてるでしょうに」
アシミーがチラッと会話に視線を向けた瞬間、ネルへとペルグが斬撃を放っていく。
大柄なペルグが姿勢を低くしても、意味がないように映るが、前傾姿勢から逆さ持ちにした鉈が振り出され、ネルが回避する位置を視線がいち早く捉えて次の斬撃へと転じていく。
ネル「なんだぁ……大したことないじゃないかぁ! そんな攻撃でボクちゃんに当てられると思うなんてさぁ!」
ペルグ「だろうな。だがな……ナメてると痛い目に合うぞ!」
鉈の先端が一瞬、輝くと回避したはずの一撃がネルの肩を僅かに掠めていた。
少量の血液がローブの袖から、染み出すとネルも驚いたように傷口に視線を向けて見せる。
ネル「ッ! やってくれるじゃないかぁ……優しいボクちゃんも笑ってあげられなくなっちゃいそうだよぅ……」
ネル:本気ですり潰しちゃおう……だって、女性であるボクちゃんに傷をつけたんだから、死んで、ごめんなさいをするのが当然だよねぇ……
ペルグもボクちゃんの考えに気づいたみたい……本当に感の鋭いオジサンだなぁ……ただ、ボクちゃんの方が早ければ問題ないよねぇ。
ペルグ「悪いな。オレも手加減してやる余裕がなくてな。最初に手加減をしないと言っただろう。今からが本番だ」
ネル「遊ぶのはお終いなんだねぇ……ならボクちゃんも、ちゃんとお返ししないとだよねぇ! 【煙撃】、【煙斬】……さぁ、楽しんでおくれよぅ」
ネルがニヤリと笑う。両手に色の違う煙を纏わせ、両足に煙が伸びた瞬間、ネルは即座に足を踏み出していく。
手に纏わせた煙が鋭い刃に変化し、ペルグが目を見開き、鉈をぶつけて、停止させるとタイミングを同じくして、身体を回転させたネルが片手をペルグの首に目がけて振り下ろす。
ネル「頭がお留守番かなぁ! 狼さんに食べられちゃうよぅ!」
ペルグ「直接か、ぐっうぅぅぅ……」
ネルの首に向けた一撃に対して、片手の鉈を上に投げることで、瞬間的な遅れを生み出したペルグが地面を転がり、回避に成功する。
ペルグの手には、ヒビが刻まれた鉈が1本のみ握られており、相対するネルは膝をついたペルグにニヤつきながら、歩を進めていた。
ネル「あれれぇぇ? ボクちゃんはほぼ無傷なのに……泥だらけじゃないかぁ……あはぁ!」
ペルグ「ギルドマスターなんて、してるから、鈍ったらしいな。だが、泥を気にするガキに負ける理由が見当たらんな」
立ち上がったペルグはヒビの入った鉈を前に構え、刃先を片手でなぞる。
刃が光り輝き、緑色の刃がネルへと向けられていく。
緊迫した空気、先程まで喋っていたブルーガは小さく震え、アイシャとアシミーの2人は声が出せない状態になっていた。
アシミー:なんで、ペルグさんがやられてるわけ……ネルには、ちゃんとやりすぎないように言ったのに……
アイシャ:あれはマズいでしょ、ペルグさん……何、やる気モードになってるわけ! あんな攻撃全開の付与なんてしたら……壁が壊れるんじゃないの……
そんな空気を砕くように訓練場に続く階段の先から慌てたような声が叫ばれてくる。
ギルド職員「マスター! 大変です! すぐに来てください。街に魔物が出たと住民から……訴えが、ありました……て」
慌てて駆け下りて来たギルド職員は、ペルグとネルの姿に青ざめた表情を浮かべる。
アイシャ「どういう事なんだい! 魔物の数は、被害と怪我人の数は、早く話しな」
ギルド職員「あ、はい。数ですが……」
そんなやり取りにペルグから声が叫ばれる。
ペルグはすぐに武器を下ろすとギルド職員に向けて、指示を続けていく。
ペルグ「詳細をこの場で話すな! 規則違反になるぞ。すぐに上にいく。話はそれからだ!
確認できる情報をすぐに再確認! 被害が一番酷い範囲から、住民の安全確認を徹底しろ!
自警団にもすぐに事実を知らせろよ! いいな」
ギルド職員「は、はい! すぐに取り掛かるように伝えます」
ネル:なぁ! なんでさぁぁぁ! アシミーちゃんの前で、武器を構えてない相手に切りかかれないじゃないかぁ!
本当にギルドはノイズしかないから、嫌で仕方ない……あぁぁぁ! イライラするじゃないかぁ。




