17、冒険者ギルド
ネルにランクが消滅した事実を告げたアシミーは、力無く項垂れた。
すぐにネルは正面からアシミーの肩にそっと両手を伸ばす。
ネル:いつもより少し背の高いアシミーちゃんがうるうるしてるなんてさぁ……今すぐ抱きしめて、頭を撫でちゃいたいじゃないかぁ……でも、今は我慢だよねぇ……もどかしいなぁ。
台に乗ったアシミーの足元へとネルが視線を向ける。
傍から見れば、上から覗き込む形に見えたが、ネルはすぐに膝を曲げて、アシミーへと視線を合わせてから喋り出した。
ネル「話はなんとなくわかったけどさぁ……アシミーちゃん。落ち着いてよぅ……つまり、一緒に最初から始めたらいいって話じゃないかぁ」
アシミー「……ッ!」
アシミー:言いたいことは分かるけど……わかるけどさ……
突然の発言にアシミーが俯くが、ネルはそのまま、立ち上がる。
受付カウンターに両肘をつけるような体勢を取るとアイシャを挑発するような視線で見つめた。
ネル「確認なんだけどさぁ……アイシャちゃんだっけぇ〜? ランクがどうこうって、別に冒険者を首になったわけじゃないんだよねぇ? 教えておくれよぅ」
アイシャ:この流れから、会話を再開させるとか、本当に何なの……それにネルって、こいつがあの噂のネルかぁ……アシミーなんでこんな奴を連れて来るかなぁ……
アイシャ「まあ、確かにそうなるかな。ただ、ランクは説明したけど、最初からに戻されるからGランクスタート、報酬も上乗せなんかはないよ。あと、ランクアップ試験も受けてもらうことになるね」
アシミー:ランクアップ試験まで……はぁ、なんか……もう諦めたくなる……無理よ……
アイシャ:アシミーって、すぐに顔に出るんだよなぁ……本当にこういう時だけは、受付嬢より裏方に回りたい……はぁ。
アシミー「アイシャ、もう分かったから……ネルも、私の心を削るのはストップしてもらっていいかしら。今は、とりあえず聞きたくないわ」
表情を暗くするアシミーと、それを見つめるアイシャ。
冒険者として生きる者は、大なり小なりギルドの規定を重視しなければならない。
規則と規律、ギルドが絶対とするルールは冒険者へと最初に厳しく教えこまれている。それはアシミーも例外ではない。
アイシャ「まぁ、そうだよね……アタシだって、正直に言えば、現実を突きつけるのは、他の職員に任せたかったよ」
そう言いながら、アイシャは背中側に視線を向ける。その視線から逃げるようにギルド職員達が動き出すとアイシャは肩を落とす。
アシミーとアイシャの話が終わる。
台から降りたアシミーを見て、ネルがアシミーの頭を撫でようと手を伸ばしたその時、横のカウンターに並んでいた冒険者が笑いながらアシミーを嘲笑するように喋りかける。
冒険者の男「おい、まじか。冒険者を引退したアシミーが捨てられて戻ってきたのかよ。しかも、問題児のおまけ付きかよ! あはは」
連れの冒険者「おい、ブルーガ。やめろって……」
ブルーガ「ビビんなよ? 知ってるだろう。アシミーは冒険者でもお利口さんだからなぁ〜、まさかギルドで暴れたりしないよな!」
ネル:なんだろう……次はボクちゃんがアシミーちゃんと話す番なのにさぁ……ノイズを口から垂れ流して、アシミーちゃんとの時間を邪魔する気なのかなぁ……つまり、お邪魔虫だよねぇ!
ネル「あはぁ!」
冒険者にネルは冷ややかな目を向けると同時に、アシミーの手がバッと2人の間に伸ばされる。
ネル:え? アシミーちゃん……まさかボクちゃんを心配してくれてるのかぁ〜い! 誰かに守られるなんて、何年ぶりだろう。ボクちゃんてば、ドキドキしちゃうじゃないかぁ!
アシミー:誰なのよ……ただでさえ、大変なのに……ネルまで暴れたら……ギルドを出禁になるじゃないのよ……勘弁してよ、本当に!
アシミー「はぁ……アンタ、誰よ? 私はアンタなんか知らないんだけど」
アシミーちゃんがそう口にした瞬間、男が苛立ちを拳に込めて振り上げた。
ブルーガ「ランク剥奪された奴がいつまで、上級ランクにいるつもりだ! チビはやっぱり、理解力もないらしいな! イカレ野郎と仲良くしてるしなぁ!」
脅すように苛立ちを口にするとブルーガは拳を振り上げる。
アシミー:本当にバカな冒険者がいるからギルドの評判が落ちるのよね……仕方ないから、教えてあげるわ。それに……ネルまでバカにして、許してあげないんだから……
ブルーガが拳を振り上げた瞬間、ネルがアシミーの前に出ようとする。しかし、その動きは一瞬で停止していた。
アシミー「ネル、動いたら絶交だからね!」
理解出来ないと叫び出しそうなネルは固まっていた。アシミーの一言が表情から本気だと誰の目にも明らかだったからだ。
そんなやり取りを気にすることなく、ブルーガの拳がアシミーに迫る。
しかし、避ける様子はない。その場で身構えたアシミーは、後ろへ足を引き、拳をしっかりと見つめる。
アイシャ「ちょ! ブルーガさん、何を!」
ギルド内にアイシャの声が叫ばれたと同時にブルーガの視線が僅かにアイシャへと移る。
その瞬間、アシミーの触腕髪が軽々と拳を巻き上げると、一気に締め上げていく。
ミシミシッと骨を軋ませるような歪な音がその場に響くとブルーガの顔が一瞬で豹変して叫び声をあげた。
ブルーガ「うぁぁ、いでぇ! やめてくれぇぇぇ」
ブルーガが叫ぶが、アシミーは止めなかった。さらにミシミシと酷く歪な音が鳴り出すと、アイシャが受付カウンターから慌てて飛び出して、アシミーを止めに入る。
アシミーは、一瞬だけアイシャに視線を向けたが無言だった。
触腕髪がうねると、グッとブルーガの腕を引き込む、その瞬間、ブルーガの腕が歪む。
ブルーガ「ぎゃああああ! 腕が腕がぁぁぁ! 離せ! 離せよ! ぎゃああああ!」
アシミー:これで、私もギルド追放だろうなぁ……はぁ、なんなんだろう。
ブルーガの腕が完全に折れる数秒前で、ギルドの奥からドスの効いた声が叫ばれる。
???「やめねぇかぁ! いい加減、ガキみたいな真似してんじゃねぇぞ!」
その声に、アシミーが一瞬、驚いたように身体をビクリと震わせる。
それと同時にブルーガの腕がアシミーの触腕髪から解放され、ブルーガは慌てて駆けつけた仲間の冒険者に連れていかれた。
ネルは声の主に視線を向ける。
ギルド奥からアシミーとブルーガを睨みつけるガタイのいい大柄な男が立っていた。
筋肉質の身体、木の幹ほどある太い腕、何より、放つ雰囲気が只者じゃないと分からせるようにギルドの空気を一瞬で支配していく。
ネルは、突然現れた大柄な男に視線を向ける。
その瞬間、支配されていたはずの空気が一瞬で凍りつき、砕け散っていくような感覚が駆け巡っていく。
冒険者達は、誰も何も発さない。声を出せば空気が動き出すことは明らかだろう。
しかし、誰もが指一本動かさずに、僅かな呼吸を必死に吸い上げるが、息を吐き出すことすら躊躇われるような状況が作り出されている。
ネル:なんだろう……大男なんて、たくさん見てきたけどさぁ、こんなに楽しい気持ちが溢れるなんて、久々じゃないかぁ!
無言でネルを睨みつける大柄な男にネルは笑いかける。
口角を上げ、最上級の肉を前にして、喜びを我慢できないような無邪気なギザ歯が顔を出していく。
ゆっくりとネルが両手を大きく広げ、笑い過ぎた笑みが静かに通常の笑みへと変化する。
ネル「あはぁ……最高に楽しそうじゃないかぁ……」
そんな声が聞こえたのか、大柄な男がネルに鋭い視線──殺気にも似た威圧を向ける。
ネル:滾り出した血液が次第に熱くなっちゃうじゃないかぁ! アシミーちゃんが許してくれたら、すぐに遊びたいよぅ……きっと頑丈なんだろうなぁ……あはぁ。
そんなギルドの空気を吹き飛ばすようにアイシャが大声を上げる。
アイシャ「全員、止まって、ストップ! ペルグさんも止めに来たなら、最後までちゃんと止めてよ! なんでペルグさんがやる気になってるの!」
ペルグと呼ばれた大男がネルからアイシャに視線を向けた。
ペルグ「オレは素直に止まるなら、話し合いを推奨するが、跳ねっ返りには、拳で分からせるのが性分でな……」
そう告げたペルグが再度、ネルへと視線を戻してから会話を続ける。
ペルグ「それに……そのガキもやる気みたいだしな? 言っとくがオレは手を抜いてやるほど優しくないぞ?」
素敵すぎる言葉がネルへと向けられた。挑発や過信ではない言葉だとペルグから放たれる殺気だけが証明していく。
ペルグ「話は聞いてた。アシミー、そいつもやる気なんだ、構わないな?」
アシミー「そんな、ネルは関係ないんです。私が悪いんです」
ペルグ「悪いか悪くないかより、そいつの相手をするだけだ。お前さんだけなら、楽だったが、そいつは、教育しねぇとならねぇ」
アシミー「……」
ネル「アシミーちゃん。大丈夫だよぅ……単なる遊びだからねぇ?」
アシミーは、小さく頷く。
ネル:ボクちゃんの遊び相手をしてくれるなんて最高じゃないかぁ!
ネル「あはぁ……ボクちゃんも我慢なんかしないし、壊れないなら……ずっと遊んでられるから大歓迎さぁ!」
ペルグ「なら、着いてこい。アシミー、お前も当事者だから来い。アイシャは立会人を頼む。流石に立会人なしだとマズいからな」
アイシャ「もう……勘弁してよ。ペルグさん」
カウンター側にいたペルグはギルドの地下室へと続く階段へと向かう。
その後ろをネルとアシミーがついていき、少し遅れて最後尾にはアイシャがいる。
アイシャは、3人の後ろ側から、小さな息を吐くと地下室に続く階段を降りていた。




