15、アシミーは、ネルをギルドに連れてきたい!
寝転んだままの時間、2人が過ごしたのは数分だが、それはゆっくりと流れていく。
ネルが小さく欠伸を浮かべるとアシミーも同じように口を開く。
誰が見ても、長閑で、気の抜けるような光景と捉えるだろう。
ネル:色々あったけど、アシミーちゃんに抱きしめられるなんて……幸せで仕方ないじゃないかぁ……やっぱりボクちゃんは間違ってなかったんだよねぇ。
アシミー:ネルったら、眠たそうな顔しちゃって、無理したのね……本当にネルは無茶するんだから……まったく。
アシミー「ねぇ、ネル?」
ネル「なんだぁ〜い?」
アシミー「バケットの屋敷のことは絶対に秘密よ……約束できる?」
ネルはアシミーの言葉に不思議そうに首を傾げながら、起き上がり、その場で胡座を組む。
アシミー「その顔は分かってないみたいね……はぁ、いい? 私達がやったことは、すごくまずいのよ。もし秘密に出来ないと……私達は離れ離れになって、牢屋行きなのよ」
ネルの表情が固まった。
ネル:え、離れ離れって……アシミーちゃんといられなくなるの!
アシミー:やっと、やばいことをしたって理解したみたいね。牢屋行きは少し、オーバーな表現かもしれないけど、分かりやすく教えるのが一番だもんね。
ネル「……やだ、それはボクちゃん……やだよ」
アシミー「ちょ、落ち着きなさいよ! バレなきゃ大丈夫なの、だから2人だけの秘密よ! わかった? ネルと私だけの秘密の秘密なのよ!」
ネル「秘密の秘密なんだね……絶対に秘密にする」
アシミー:やっぱり、ネルには分かりやすく伝えるのが一番だったわね。少し罪悪感だけど、許してほしいわね。
ネル:ボクちゃんとアシミーちゃんだけの秘密ができたんだぁ……これって、やっぱり……もう親友だよね!
アシミー「なんか、楽しそうね……秘密は絶対に話したらダメなのよ? 本当にわかってるの」
ネル「うん! ボクちゃん……アシミーちゃんだけの秘密だもんねぇ」
ネル:2人だけの秘密なんて、ワクワクじゃないかぁ……もし、誰かが秘密を知ったら、ボクちゃんが、ちゃ〜んと喋れないようにしてあげないとだもんねぇ……頑張らないとなぁ。
ネルの嬉しそうな表情を見ながら、アシミーは、小さくため息を吐くと上半身を起き上がらせ、立ち上がる。
2人は服に着いた泥を叩き落とすと、街に戻る為に歩き出した。
グラードの街は、何一つ変わらない。
普通を形にしたような日常が右から左に進み、左から右へ別の日常が移動していく。
バケット邸での出来事を語る者や話すらなく、当たり前の光景がただ、当たり前に流れている。
2人はそんな街中を何事も無かったように歩いていく。
ネル「朝の街は不思議な香りがいっぱいだねぇ〜ボクちゃんは朝はぐっすりだから、びっくりだよぅ」
アシミー「ネルの性格だと、なんとなく想像がつくわね……早寝と早起きは大切なのよ?」
ネル「あ! パンが売ってるよぅ〜見てみて、湯気が出てるじゃないかぁ! おばちゃん、それをおくれよぅ!」
アシミー「人の話を聞いてるのかしら! まったく、ふふ。仕方ないわね」
美味しそうなパンの香りに誘われて、朝市に並べられたパンを買うネルにアシミーが笑っていると、ネルが慌てて戻ってくる。
ネルの手に二重の紙袋に包まれた白パンが湯気を上げている状態で握られており、ネルは悩まずに白パンを半分にちぎると紙袋に入れ、アシミーへと手渡した。
ネル「はい。アシミーちゃん! おばちゃんが焼きたてだから、美味しいっさぁ〜」
アシミー「え、あ、うん。ありがとう。ネル、いただくのよ」
2人は半分になった白パンを食べながら朝市の中を歩いていく。
朝市の賑わいと、元気な声に活気が溢れる光景、誰もが街外れの木々に覆われたバケット邸を気にする様子はなかった。
ネル「アシミーちゃん。この後はどうするんだ〜い?」
朝市の中を食べ歩くネルは、次の屋台で肉串を2本買い、それをアシミーに渡しながら質問を口にした。
アシミーはそんなネルの問いに少し悩んだような表情を浮かべる。
ネル「決まってないなら、肉串を食べながら考えようよ〜食べたら、きっと何か思いつくかもしれないしさぁ〜」
ネル達は、朝市が開かれている大通りを抜けて、街の中央広場へと向かう。
広場には、自由に座れる石のベンチがあり、その1つをネルが指さす。
ネル「アシミーちゃん。空いてるベンチがあるじゃないかぁ〜ボクちゃん達の為に用意された席みたいだよねぇ」
アシミー「いや、沢山空いてるからね……はぁ、まぁ……そういう事にしときましょうか」
ネルが決めたベンチに腰掛ける2人、そんな互いの手に握られた肉串を食べていく。
ネル「う〜ん……肉串って、岩塩だけで味付けしてるんだねぇ……ボクちゃん、甘辛い味を期待してたのにさぁ……」
アシミー「脂が溶けて、タレに見えてたから、私もびっくりよ……確かに正直味気ない? それでも、銅貨数枚で買えるくらいの味ならこんな物じゃないの?」
ネル「次は絶対にタレだよね……」
アシミー「そうね……それには本当に同意だわ……」
アシミーはスキルで水を作り出すと、パンを食べた際の紙袋に破けない程度入れて、ネルへと手渡した。
アシミー「はい、かなり塩がキツかったから、飲みなさい。流石に舌がバカになっちゃうわよ」
ネル「えぇぇ! ベロって、バカになるのかい!」
アシミー「違うわよ! 塩っぱくて味が分からなくなるって意味よ。まったくもう……ふふ」
アシミー:本当にどう考えたら、そんな答えになるのかしら、でも、1人で食べてたら、こんな風に思うこともなかったなぁ……普段、ソロ過ぎて忘れてたわね……
アシミーは小さく笑った。
2人は肉串を食べ終わった後に、軽くその場で食休みをしていた。
周囲を走る子供や朝市からの帰りに広場を抜けて行く人々を眺めながら、不意にアシミーが呟いた。
アシミー「ネル、もしも……もしもよ? このまま、街で一緒に頑張ろうって、私が言ったらどうする?」
ネルは肉の無くなった串を舐めながら、アシミーに視線を向ける。
軽く言葉の意味を考えるように串を咥えたまま、空を見上げる。
アシミー:なんで、黙るのよ……やっぱり、あんな約束したのに、こんな提案したからかなぁ……なんで、もっと上手く言えないのよ、私!
ネル:アシミーちゃんは、この街にいたい……ボクちゃんに確認してる……つまり、一緒にいたいってことだよねぇ! でも、分からないや……なんでこの街にいたいってなるのさ?
ネル「アシミーちゃん。早い話がさぁ? この嫌な思い出がいっぱいの街に残りたいってことだよねぇ? 合ってるかい?」
小さく頷いたアシミーは真っ直ぐで不安に満ちた瞳をネルへと向けていた。
アシミー「すごく勝手な話になっちゃうけどね……私ってさ、ずっと1人だったのよ……ネルと知り合って、色々な話をして、新しい思い出が出来たっていうか……もう少しだけ、この街で過ごしたいって思ったというか……」
アシミー:なんで、素直にネルともう少しでいいから、この街で過ごしたいって言えないのよ。
歯切れが悪いアシミーの言葉に、ネルはにっこり笑う。
ネル「なら、そうしようよ! ボクちゃんはアシミーちゃんといられたらそれが幸せだからねぇ〜」
ネル:まったく、アシミーちゃんたら、屋敷のことがバレないか心配なのかなぁ? でも、ボクちゃんは淑女だから、分かってても、絶対に口にしないのさぁ。
アシミー:良かった。ネルが嫌がったら、残念だけど、別の街に向かうことも考えてたから、ホッとしたわ。ネルに食堂以外も街を案内してあげないとね。
アシミー「ありがとう、ネル。私なりにネルの為に街を案内してあげるから、覚悟してね」
ネル「ふふ……なら、ボクちゃんはアシミーちゃんのオススメを楽しむだけさぁ。グラードの街に飽きるまで一緒だからねぇ」
串を齧りながら、そう告げた瞬間、アシミーの顔が明るくなる。
ネル:ボクちゃんからすれば、アシミーちゃんと一緒に過ごせれば、幸せだからねぇ。
アシミー:そうと決まったら、まずは何かしら、買い物? カフェ? アクセサリーはネルには、まだ早いわよね……あ! お金……ギルドの更新もしないじゃない!
アシミーは何かを思い出したかのように、慌てて立ち上がる。
ネル「どうしたんだい? アシミーちゃん」
アシミー「ネル! 大変なの、一緒にきて!」
ネル「え、えぇぇぇ?」
そう告げたアシミーはネルの手を引っ張ると中央広場から商業区へ抜ける道を走り出していた。
商業区には雑貨屋や武器屋、防具屋などが並ぶ通りがあり、店舗が建ち並ぶ通りを抜けた先には、宿屋が数件存在する。更にその先に進めば、冒険者ギルドが姿を現す。
ネルはアシミーに手を引かれて、冒険者ギルドの前に立っていた。
ネル:冒険者ギルドって……アシミーちゃんたら、ボクちゃんはてっきり、2人の新しいお家探しだと思ってたのにさぁ……
アシミー「着いたわよ。さぁ入りましょう」
ネル「えぇ……はぁ……もうしょうがないなぁ……ボクちゃんは2人きりがよかったのにさぁ〜」
ネルとアシミーは冒険者ギルドと大きく書かれた看板を一度見つめていた。
古臭い昔ながらの酒場を思わせる2階建ての建物、外には『酒と冒険者は12歳から!』と、未成年への注意が大きく張り出されている。
ネル:ボクちゃんからしたら、無駄なルールにしか見えないなぁ……まぁいいやぁ〜。
扉を開き建物の中へと2人は進んでいく。




