11、かくれんぼとお片付け
音が消え去り、静まり返るエントランス。
そこに広がった真っ赤な水溜まりの上でカーテシーを終えたネルは水溜まりを楽しむように1歩、また1歩と踏みしめていく。
歩きながら、転がる醜いボールに笑みを浮かべ、軽く手を振るような仕草──それを淑女の嗜みだと言わんばかりの振る舞いは、視線と共に足元へと変わる。
ぴちゃ、ぴちゃ……と、水溜まりを進むたびに奏でる音、透き通った水の音とは違う、濁った音色がエントランスに小さく響く。
そんな普通では奏でられない音を確かめるようにステップを踏むネルの顔は輝いていた。
高揚感と新たな発見を目の当たりにしたことのある存在なら分かるだろう無邪気な表情だった。
エントランスから左右に広がる1階には、調理場や食堂、入浴場に娯楽室とすべてが完備されている。
ネルは1部屋、1部屋を探検するように扉を開け、開かない部屋の扉は中を確認せずに【炎煙】を扉下の隙間から流し込んで炭へと変えていった。
ネル:またかくれんぼだねぇ……普通に探すのも、大変なのにぃ……あ、アシミーちゃんとの約束もあるから、急がないとじゃないかぁ!
色々な部屋があったが、ネルは1階の全部屋に対して【煙視】を使うことで確認していく。
誰が何処に隠れているのかがわかったのか、ネルは迷わずに進んでいくと、隠れてるはずの部屋をノックする。
ネル「誰かいますか〜鬼が見つけに来たよ〜」
微かな物音が室内から返されるが、ネルへの返答はなかった。
ただ、その選択はネルにとって、何かしらのルール違反だったのかもしれない。
ネル「……見つかったのに……ダメダメだねぇ……ボクちゃんは、ルールを守らない子には、罰を……暗い部屋で過ごしなさい? だったかなぁ……おやすみ……悪い子さん」
ネルはそこまで口にすると開かなかった部屋同様に【炎煙】を発動させると、最初の部屋とは違い、一気に真っ赤な煙を流し込む。
室内からは、一瞬だけ、声が返されたように見えたが、既にネルは扉の前から移動していた。
そうして、ネルの問い掛けは続き、返事がなかった部屋は均しく焼かれ、ネルを襲う為に扉を開いた者は、別の物に変えられていった。
ネル:悪い子しかいないなぁ……いい子なら、外で待ってるだけで、いいのにさぁ……まぁ、しょうがないよね。ボクちゃんは鬼として頑張らないと。
ネルは、何かを決めたように頷くと、かくれんぼの鬼役を演じるように、部屋を回っていく。
当然ながら、ネルに見つかった男も女も、関係なく部屋から飛び出すと、すぐに騒ぎ出しネルの話に耳を傾けることはなかった。
1階の探索が終わり、ネルは階段を上がり、2階の探索を開始する。
開かれたままの扉や、しっかりと鍵の掛けられた扉などがあり、ネルは楽しむように各部屋を調べ始めた。
半数の部屋が調べ終わり、煌びやかな通路側に並ぶ部屋へと足を進めるネル。
その通路の部屋だけは他の部屋よりも扉の間隔が広く、宿屋で例えるならば、大部屋と呼ばれる作りになっている。
1番手前の部屋の前に立って、ネルはノックをする。
既に中に人がいることは【煙視】で把握しているはずの為、確認のノックではない。
ネル「もしも〜し、誰かいますか〜鬼が見つけに来たよ〜」
楽しむような問い掛けに対して、内開きの扉が勢いよく開かれる。
扉が開くと同時にナイフを手にした男が、ネルを刺そう腕を大きく前に伸ばす。
男が一瞬、驚いた表情を浮かべた。身長差を考えれば、男が伸ばした腕は悪手でしかなかったからだ。
男からの攻撃を軽く躱したネルは、バランスを崩した男の脇腹に片手を伸ばすと軽く薙ぎ、その勢いで回転したままに喉仏を押し上げる。
男「──! ヴぁ……」
それは声にならない声だった。ネルは、倒れ込み、苦しむ男の背中に手を伸ばすと小さく笑う。
ネル「はい、捕まえた……ボクちゃんてば、中々、タッチができなくてねぇ、鬼役は苦手なんだなぁ〜って、初めて気づいちゃったよぅ」
男はネルが喋り終わる頃にはこと切れていた。
ネル:色々なのが飛び出してたから、仕方ないよね……でも、悪い子には、しっかり教えるのが1番だからねぇ……
部屋の奥で震える女性がおり、ネルは優しく問い掛けてみたが、返された言葉は罵倒だった。
ネル「やぁ、ボクちゃんはネルって言うんだよう」
下着姿の女「この人殺し! 悪魔! 来るな!」
ネル「酷いなぁ……ボクちゃんは悪魔なんかじゃないさぁ。まずは自己紹介をして話し合わないか〜い?」
下着姿の女「アンタみたいな化け物と話す気なんかない! 死ね!」
ネル:ボクちゃんは、話が通じない相手や、悪い感情を向ける相手とは関わらない……だから、黙らせた。
別の部屋でも同じことがあった……ボクちゃんはちゃんと挨拶したのになぁ……
とくに、化粧の濃い女と、服を着ていない女が発したノイズは最悪だったなぁ……ボクちゃんは静かにしてれば、女の子には優しいのにさぁ。
2階が静かになり、ネルはゆっくりと3階へと向かう。
1階と2階は、生活用の部屋が作られていたが3階は、ただ広いだけの空間が広がっていた。
そんな広い空間の奥に座る男が1人、階段を睨むように視線を向けていた。
ネルに視線を向けていた男こそ、この屋敷の主であるバケットだった。
グラードという街の中で力ある存在である、冒険者ギルド、商業ギルドと個人で並ぶ人物だった。
バケット「好き勝手にやってくれたじゃないか……屋敷を馬鹿どもの血で汚しおって! ワイバーンだけでも、腸が煮えくり返る思いだと言うに!」
ネル:何かを喋ってるけど、よく聞こえないし、多分、あれもノイズだよねぇ……
バケット「だが、お前は踏み込みすぎた。ここが貴様の死に場所になることを光栄に思って死んでいけ!」
ネル:遠くで色々と叫んでいるけど、ボクちゃんはアイツを殺しに来たのに、よく喋るなぁ……もしかして、これが、遺言ってやつなのかなぁ?
バケットが片手を前に伸ばした直後、バケットの周囲に黒い影が浮かび上がる。
無数の影は次第に人型になり、真っ赤な光が単眼のように中心に現れていく。
人型の影を見るバケットはニヤリと不気味な笑みを浮かべて、立ち上がると声を更に大きくして、語り出す。
「驚いたか! こいつらは、ダークシャドー! 人の力が通じず、魔法耐性を持ち合わせた魔物だ! バケット家に引き継がれてきたこいつらは、並の魔物……いや、ワイバーンすら凌駕する存在だ!」
バケットは一頻り、喋り終わると微動だにしないネルに向けて手を伸ばす。
それを合図だと認識したように、ダークシャドーが浮遊すると、ネルに向かって襲いかかる。
ネルの視線の先まで迫ったダークシャドー達は、鋭い爪をネルへと振り下ろす。
ネル:ボクちゃんは、虚しさを感じちゃうよ……なんて、可哀想なんだろうねぇ……
攻撃を仕掛けるダークシャドーに対して、ネルが取った行動はあまりにもシンプルだった。
振り下ろされた爪に合わせるように振り上げられた軽い腕の一振り、そんな行動1つで数体のダークシャドーを霧散させる。
バケット「な、あぁ……な、何が」
ネル「当たり前じゃないかぁ……ボクちゃんからしたら、影絵みたいなものと変わらないからねぇ……本当につまらないよ」
ネル:ボクちゃんは、アシミーちゃんとこいつを生け捕りにするって、約束をしたけどさぁ。よく考えてみたら、やっぱりだめだよねぇ……
歩きながら、ダークシャドー達を払うネル。
そんな戦闘にすらならない事実を目の当たりにしたダークシャドー達は次々に屋敷の壁を抜けて、その場から姿を消していく。
バケット「お、おい! だ、誰か……誰かいないのか! た……助け、助けてくれ、くるな……来るなぁぁぁぁぁぁ!」
ネル:ごめんなさいも言えないような、おバカちゃんは、ボクちゃんがしっかりと黙らせないとねぇ……あはぁ……




