10、お片付けのマナー・ダンスパーティーはお静かに
未だに森での騒ぎに気づいていないバケットの屋敷を見つめながら、ネルは両手に付着した温かい血液を木の幹に拭いながらゆっくりと前へと進む。
ネルに悩む素振りはなく、歩みを進める際には鼻歌を│口遊む。
バケットの屋敷に近づくにつれ、口角を緩めるように笑みを浮かべた。
ネル「アシミーちゃんとの待ち合わせまでに、ゴミ掃除をしちゃわないとねぇ……たくさんの動物さん《魔物達》を見せてもらったし、お礼をしないとだよねぇ……
貰った物は気持ちを込めて……1を貰ったなら、100で返すのが淑女の嗜みだからねぇ……」
屋敷側から、ネルの存在に気づいた男達は慌て出すと、すぐに武装した状態で屋敷を護るように広がる。
剣に斧、槍に棍棒と1人の少女を相手にするには異常なほどの武器を手にした屈強な男達の視線が一方向に集中する。
視線の先を歩くネルはギザ歯を見せつけるように笑う。
普通じゃない空気がただ、風と共に流れていくが、ネルは止まらない。
男達は声を荒らげながら、ネルに向かって武器を構えるが、それをノイズだと言わんばかりにネルは鼻歌をやめると、冷たい視線を静かに男達へと向けた。
ネル:またノイズ……なんで、いつも、いつも……いつもいつも、ボクちゃんの邪魔をするのかなぁ……早い話がボクちゃんを殺しに来たお邪魔虫ってことだよねぇ……急いでるのにさぁ。
ネルは両手を上に伸ばす。
男達「今更、命乞いかよ? だが、遅かったな!」
男達「だなぁ、姿を見ちまったら、逃がすなんて、できねぇからな。しっかりお楽しみだな」
男達の下世話な会話と下卑た笑いだと、誰にでも理解できた。
ネルは冷めた表情で男達を一瞥するとキラービーナとの戦闘で使用したスキル【炎煙】を発動させる。
真っ赤な煙がネルの伸ばした両手から男達の頭上まで広がっていき、灼熱の煙は風を浴びて一気に燃え上がっていく。
一瞬で武装した男達を包み込んだ真っ赤な煙から、男達の断末魔というには醜すぎる叫びが響き出す。
男達「ぎゃああああ! 目が! あぢぃ!」
男達「助けてくれぇぇ、あぢぃぃ! あぢいよ!」
男達「いぎが……だじげでぐれぇ……」
ネル:酷いノイズにイライラしちゃうなぁ……本当に退屈な話だよ……なんで、勝てないのに仕掛けてくるのかなぁ……理解できないや。
周囲に焦げた噎せ返るような臭いが漂う中、ネルは両手に【煙斬】を纏わせると、微かなノイズを発する人だった物からノイズを消しながら歩いていく。
作物を刈り取るように、ただ淡々と作業をこなす姿がそこにあった。
後からその場に駆けつけた男達はその惨状を目の当たりにして、足を止めた。
誰も何も発さない。
誰も瞼を閉じれない。
まるで子供が、ボールを並べて遊ぶようにその光景は広がっていた。
ネル「ふふふ〜ん。1つ、2つ、3つ〜転がる頭が、ゴロッゴロ……あはぁ? 逃げないでおくれよぅ〜、全部並べないと行儀が悪いじゃないかぁ!」
転がるそれを手に取り、1列に並べていく。均等に向きを揃え、焦げた物からそうでない物までを区別することなく並べる。
そんな行動を前にして、酷い表情を浮かべる男達にネルは満面の笑みを向けた。
男達「や、や、やめて……たす、助けてくれ……頼む、家族がいるんだ、だから──!」
ネル「あはぁ……大丈夫だよぉ。ボクちゃんはみんなに平等なんだからさぁ、行ってらっしゃ〜い……」
ネル:しっかり、笑顔で見送ってあげないとねぇ。今のボクちゃんは、悪い人にも優しく優しく笑う天使さんにならないとだからねぇ。
うるさいノイズもなくなって、ボールだけが地面に転がって、真っ赤な雨が降り注ぐんだ……
男達「誰が止めろ! あの狂ったガキを殺せ……早く仲間を呼んでこ──ぎゃああああ」
ネル「静かにしないとダメじゃないかぁ……夜に騒ぐと、怖い鬼に食べられちゃうよぅ……」
男達からみれば、細く小さな存在だった。
誰もその事実を疑わなかった。
ただ、違ったのは、笑みを浮かべた少女は自由過ぎた。
男達の斬撃が空を切り、次の行動に移る前に人から物へと変わる。
吹き出した赤い雨が霧を作り出したかのように広がる鉄の香り、複数の不快な臭い諸共にすべてを包み込み、真っ赤な世界が作り出されていた。
ネル:ああ、ボクちゃんはなんていい子なんだぁ……アシミーちゃんのために、こんなにも頑張れるんだ……最高にゾクゾクしちゃうじゃないかぁ……
震える男達は、必死にその場から逃げようと、震えた足を地につけて、這いずりながら移動する。
そんな男達の行動を静かに見つめるネル。
一瞬、嫌悪を現す不快そうな表情を作ってから、ニヤリと笑った。
ネル「ボクちゃんは、知ってるのさぁ……いつも、虫は逃げてからまた増えるんだ……だから、1匹も逃がしたらダメなんだって……」
それから、ネルは、ただ歪なボールを作り出していた。
ボールが着いていた噴水からは、真っ赤な飛沫が上がり、その中をスキップしながら進むネルは屋敷に到着すると静かに扉へと手を伸ばす。
ドアノブを回そうとして、ネルは後ろを振り向いて、忘れていたと言わんばかりに慌てて喋りだした。
ネル「あ、いけないよねぇ? 遊んだり、散らかしたら、お片付けもしないと……マナーは淑女の嗜み《たしなみ》だもんねぇ……」
ネル:おかたづけ〜おかたづけ〜いい子なボクちゃんのおかたづけ〜おかたづけ〜おかたづけ〜
鼻歌をリズムに合わせて楽しそうにその場を一瞥したネルは、片手を前に伸ばしてから、天高く振り上げる。
密度の濃い黒い煙が巨大な平べったいブロック状に広がる。
それはネルのスキル【壊煙】であり、すべてを押しつぶす黒い煙は、ネルが作り出したボールと真っ赤な噴水を瞬く間に呑み込んだ。
ネルは黒い煙が庭に広がるのを確認してから、顛末を確認することなく、再度扉に手を伸ばし、屋敷に足を踏み入れる。
バケット邸の扉はそうして、ゆっくりと閉じられた。
ネルを出迎えたのは、外の惨劇を理解して武装を整えた男達だった。
エントランスを埋め尽くすほどに集まった男達はネルを睨みつける。
武装した大男「ふざけた真似してくれたな! お前が誰だか知らないが、こんなことして生きて帰れると思うなよ!」
ネル:なんか言ってるねぇ? つまり、ボクちゃんと遊びたいんだよねぇ……なら、ボクちゃんが鬼かなぁ……【煙檻煙摩牢】と【煙視】を使わないとだよねぇ。
ネルの周囲から一気に屋敷を包み込むほどの大量の煙が作り出されて広がっていく。
ネル:準備が完了……鬼ごっこは久しぶりだなぁ……
煙が広がったことに慌てる男達が声を上げる。
男A「なんだこりゃ、窓を開けろ!」
男B「ダメだ。窓の外まで煙がありやがる!」
男A「くそ、早く女を殺せ!」
ノイズを掻き鳴らしているなぁ、最悪な気分になるよ……はぁ、本当にうるさいなぁ……
なら最初に騒ぎ出したノイズからにしよう……静かにしないとバレちゃうのにさぁ、あれ? これだとかくれんぼかな……まあ、いっかぁ。
男Aの視界にネルが姿を現すと嫌悪を顕わにして、男Aはネルへと容赦なく剣を振り抜いた。
体格差があり、男Aが手にしていたロングソードが振り抜かれた瞬間、その光景を目の当たりにした者は男Aの勝利を確信しただろう。
ただ、その場には、腕を横薙ぎにしたネルと、折れたロングソード。
そして、新しいボールがエントランスに転がる光景、その血飛沫を合図に男達は、ネルへと一斉に武器を向けて切りかかる。
ネル:あはぁ、かくれんぼは……お終いで、今からは素敵なダンスタイムだねぇ……誰から相手をしてくれるんだい? でも、ボクちゃんには、アシミーちゃんがいるからなぁ……パートナー不在のダンスパーティーは、悲しいなぁ。
ネルが視線を逸らした一瞬の隙を狙い、大剣を握る男が豪快に切りかかってくる。
武装した大男「クソ! ちょろちょろしてんじゃねぇぞ!」
ネル:はぁ……そんな力任せの斬撃が当たるわけないのに……本当にマナーがなってないなぁ。
ネル「ボクちゃんと踊るには、ステップも、リズムも、落第点だねぇ……はい、退場〜」
振り抜こうと下ろされた大剣を軽々と回避したネルは片手を伸ばすと、首から上に実った不細工なザクロを叩き割る。
ネル「本当に、中身も落第点だねぇ……さぁ、ボクちゃんはみんなと踊ってあげるよ! ゆっくり楽しもうじゃないかぁ!」
そうして、ネルの楽しそうな声と男達のノイズが響きながら時間だけは進んでいく。エントランスからノイズがすべて消える。
ネルは誰に向けるでもなく、静かに目を瞑るとカーテシーを行い、ゆっくりと笑みを浮かべた。




