1、最悪の出会いは突然に……
静かな昼の飯屋。数名の食事客が日常の一時を楽しむ店内。
此処は大陸の西側に位置する中規模都市グラード──魔物から採取される蜂蜜が有名な何処にでもあるようなそんな街だ。
そんな常連客で賑わう食事風景は突如変化する。
血の滴る剥ぎたての魔物肉を、当然のように店員へと手渡す全身黒ローブ姿の女性。
返り血を気にする素振りもなく、着の身着のままといった姿で、悩むことなく席に座り、メニューを見ることなく、店員に注文を告げていく。
???「静かに食べるステーキ、平和な食事はボクちゃんに最高の至福を与えてくれる瞬間だねぇ」
震える店員が静かにタオルを手渡し、素早く受け取る女性。顔と服にべっとりと付着した返り血を拭ってからテーブル下のダストボックスへと放り投げた。
テーブルへと運ばれてきた巨大なステーキ肉、5人前は軽くありそうな肉の塊に、ナイフを入れて口へと運んでいく。
???:鋭く尖った歯で肉を噛みちぎる度に思うんだよぅ……この肉汁と肉を食いちぎっている瞬間がボクちゃんにとっては、幸せでしかないのさぁ……。
???「見つけたのよ! 煙の魔女=ネル・ニルガル! バケット様のワイバーンを今すぐに返しなさいよ!」
唐突に開かれた店の扉、扉の先に立つ1人の人外の少女は力強く声を荒らげ、それと同時に複数の大男達が店内に足を踏み入れていく。
大男A「あはは、やっと見つけたな! 早くバケット様の前に連れてって、賞金を貰おうぜ!」
大男B「楽な仕事になりそうだな。この人数なら余裕だろうよ」
黒いローブ姿の女性に対して名前を叫んだ声の主は、店内で食事を続けている女性へと視線を向ける。
そうして、扉の前に立つ亜人の少女と大勢の男達が店内に入るなり、武器を構える。
騒然とする店内で、ただ1人、食事を再開していたネルはステーキを食べ終えると同時に視線を扉側へと向けた。
ネル「誰かなぁ? ボクちゃんってば、恨まれてばっかりで、誰に探されてるかなんて、分からないんだよねぇ〜」
静かにニヤリと笑み浮かべながら、ネルは扉の前に立つ、亜人の少女を見つめた。
ネル:珍しい亜人のお嬢ちゃんだねぇ、すごく冷めた表情をしてるじゃないのさぁ、そんな瞳でボクちゃんを睨みつけるなんて、ワクワクしちゃうじゃないかぁ。
亜人の少女に向けて、ネルは歪な笑みを再度浮かべていた。両者が無言で視線を重ねていく。
ネル:最高の表情だよ、歪ませて泣かせて、ごめんなさいって命乞いさせてから、刈り取ってあげたくなっちゃうじゃないかぁ……
ネル:ただ、周りの男はいらないかなぁ……ボクちゃんは女の子同士でゆっくり、仲良くお話がしたいからさぁ……
ネル「うんうん、ボクちゃんは決めたよ〜! 君ってば、タコの亜人さんなんだねぇ、名前から教えておくれよ〜」
そんなネルの言葉に対して、亜人の少女はそのタコの亜人特有の触腕髪をうねらせると怒りを顕わにする。
亜人の少女「ふざけないでほしいのよ! ネル・二ルガル、アンタ自分がピンチだって分からないわけ!」
怒気を含んだ強い口調が店内に響いていくが、ネルの楽しそうな表情が崩れることはない。
ネル:怒った顔も可愛いじゃないかぁ、食べちゃいたいけど、食べたらだめだから、我慢しないとだよねぇ。
亜人の少女「アナタに名乗る名などないのです! それより、バケット様のワイバーンを返しなさいよ!」
ネル:冷たいなぁ、ボクちゃんが仲良くなろうとしてるのに、悲しいなぁ……まあ、そうだよね? 美味しそうって考えたのがダメだったのかなぁ?
大男A「何を話してんだ! 早くやっちまおう!」
大男B「そうだぜ。手足の1本も切ってやれば、素直に話すだろうが!」
ネル:お嬢ちゃんの周りのノイズがうるさいなぁ……無駄に大きなノイズが耳障りなんだよねぇ。そうか、そうだよねぇ、周りに邪魔な存在がいたら、素直に慣れないよねぇ!
ネル「仕方ないなぁ、なら、ボクちゃんが話しやすくしてあげるしかないよねぇ……そしたら、名前を教えておくれよ〜」
亜人の少女「人の話を聞きなさいよ! アンタがワイバーンを返さないと、私までヤバいんだから!」
亜人の少女:なんなのよ、なんでこんなに人の話を聞かないのよ!
ネル「何がやばいのさぁ〜、ボクちゃん的には、何も不味いことなかったのにさぁ? むしろ、すご〜く、美味しかったんだからねぇ」
亜人の少女は顔を青くすると、震えた指をネルへと向ける。
亜人の少女「あ、アンタ、まさか! 食べたんじゃないでしょうね!」
ネル「何を言ってるんだい? 常識的に考えておくれよ〜ワイバーンだよ?」
落ち着いた表情を取り戻した亜人の少女がホッと息を吐いたのを確認する。そして、ネルは悩む様子もなく言葉を続けた。
ネル「ワイバーンなんて、食べないのは、当たり前じゃないかぁ〜 ワイバーンを餌に使って、今さっき地龍を捕まえてきたばっかりなんだからさぁ?」
「え?」と声が同時に発せられ、店内にいた店主以外の人々が瞬時に固まった。
ワイバーンが生きていない事実が明らかになる。亜人の少女が怒りを露わにすると、一緒にいた男達は話し合いをやめて、即座にネルへと斬りかかっていく。
ネル「あはぁ! なんだぁ、ボクちゃんと遊びたかったんだねぇ!」
そんな、言葉が店内に響くと同時に始まった戦闘、多勢に無勢──誰もがネルの敗北を容易く予想できる状況だった。
ネル:つまらない時間だったなぁ、可愛いお嬢ちゃんの周りにいた男達は、みんな、よわよわだったなぁ。
武器も大したことのないなぁ。鋼の剣と鎧ばっかりで正直、紙切れと変わらないなぁ、ボクちゃんの体温が下がっちゃう感じがしちゃうじゃないかぁ。
ネル「ごめんよ。店長……またお店を汚しちゃったみたいだねぇ……ボクちゃんってば、みんな平等だから、やらかしちゃったねぇ」
店内からは無言で首を縦に振る店主の姿があり、その周囲に集まった店内の客達は微動だにしない。
ネル:問題ないみたいだねぇ……それより、笑顔が大切だよねぇ。怖がらせたら、印象が悪くなっちゃうしねぇ。
笑顔を浮かべたネルは、亜人の少女へとゆっくり歩いていく。
ネルの目の前には、驚いた表情の亜人の少女が、震えながら小さな声で何かをつぶやいている。
ネル:正直、このお嬢ちゃんが1番強かったし、やっぱり、ボクちゃんが最初に興味が湧いたのは間違いじゃなかったみたいだねぇ。
亜人の少女「ハァハァ……なんなのよ。本当にありえないのよ」
ネル「あはぁ、ボクちゃんってば、楽しい楽しい、お遊戯が大好きなのさぁ……さあ、もっと遊ぼうよ!」
1人残されたボロボロの亜人の少女は複雑な表情を浮かべていた。
怯え。
恐怖。
絶望。
どれとも取れる表情をネルへと向けて震えていた。
ネル:そんな目でまた見つめてくれるのかい? ボクちゃん、興奮しちゃうじゃないかぁ、誰がなんて言おうと最高に可愛く見えちゃよぅ、あぁ……君が欲しくてたまらないなぁ。
ネル「ごめんよぅ〜でも、ボクちゃんは、淑女だから、可愛い子が大好きで、大好きで、仕方ないんだよ〜」
目の前にネルが迫り、息も絶え絶えな姿の亜人の少女は鋭い視線を向ける。
亜人の少女「くっ、バカにして! 【アクアショット】!」
亜人の少女から放たれた突然の攻撃、水の刃がネルへと放たれる。
ネル:お嬢ちゃんは、タコの亜人だから、水を操れるのは水性亜人の固有スキルなのかなぁ? 水を操れるなら、ボクちゃんの返り血を洗う係として、絶対に欲しいなぁ!
ネル「あはぁ! 気に入っちゃった! 君は今からボクちゃんのモノにしないと気が済まないなぁ!」
水の刃がネルの片手の一振りで軽く弾き飛ばされる。笑顔で亜人の少女へと迫ったネルは、仕切り直しと言わんばかりに挨拶を口にした。
ネル「やあ、ボクちゃんはネル・ニルガルだよぅ〜! 名前を教えておくれよ〜」
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