第2章 第二話 あっちは食べる量に決まりがあるが、こっちにはまったくないよ。……だけど自分で取らなきゃね。
カレーの香り。
そんな気がして、意識が覚めた。
体中が、みしみし鳴るように痛い。
俺は、自分がどうなっているのか確かめたかった。
先ほどまでのウリ坊たちの声は、まるっきり聞こえない。
……ここは、どこだ?
先ほどまでいた、山とは全然違う。
まばらに木が生える、開けた草原だった。
上を見上げれば、大木の横枝が、太陽を遮っていた。
……もしかして、俺――
ここに飛んで来て、落ちたのかな?
周りには、たくさんの枝や葉が落ちている。
そして、血に汚れた装備にも、葉がいくつも張り付いていた。
……うん。
これから、どうしたらいいんだろう。
はぁ。
溜め息をつくたびに、胸の奥のなにかが、少しずつなくなっていくようだった。
……そうか。
”俺”が、いないからか。
そう思った途端、俺は、出来る限りの大声で叫んでいた。
「俺は平気だよ。だから、絶対また会おうぜ」
……誰も、聞いていない。
鳥すら、いないようだった。
でも、そのとき。
あ、感じる。
”俺”が、いる。
「”俺”も、大丈夫だよな? 頑張れよ」
……それ以上は、何も聞こえなかった。
でも、不思議と気力は出てきた。
立ち上がり、葉っぱを振り落とす。
大木の周りを歩きながら、草原を見渡した。
「はぁ、なにもないのかよ。このゲームって、サバイバルしなくちゃいけないんだっけ?」
……溜め息だ。
樹の影から出ると、太陽の日差しに焼かれるみたいだった。
一度、日陰に戻ったけれど、気を取り戻して、歩き出す。
次の、日陰を目指しながら。
歩きながら、肩の革装備を外して、頭にかぶった。
革ひもを顎にかければ、簡単な日よけになった。
しばらく歩いていると、地面から、なにか赤い棒のようなものが生えていた。
ゆらり、ゆらりと動いている。
あれは、なんだろう。
一つじゃない。十や二十は、ありそうだった。
集中して、記憶の中を探りながら、その一つに近づいてみる。
……ビニール紐?
平べったいけど、もっと固そうだ。
目の前まで来たので、それを触ってみた――
え?
手が、すり抜けた。
驚いていると、今度は、地面の土がもこもこと盛り上がってきた。
そこから出てきたのは、丸い……じゃがいも?
でも、短い手がたくさん生えていて、それを使って転がり出した。
それに釣られて、いくつものじゃがいもたちが現れる。
どこへ行くのかと見ていると、すぐ先で、次々と地面に潜っていった。
「……なんだろ、あれ」
思わずつぶやいた、そのあとで気が付いた。
さっきの、赤い棒が、なくなっている。
もしかして、と思って、じゃがいもが潜って行った方へ歩いた途端だった。
ピョン、ピョンと、赤い棒が現れる。
「待てよ……あれって」
「ビックリマークじゃね!?」
「あいつら、それじゃあ、隠れている意味ないだろ」
ハハハ……。
とにかく、今度は、自分で掘って、手に取ってみた。
……うん、じゃがいもだ。
結構デカい。
転がるための足が、ピンピンと生えていた。
じゃがいもが、俺の手から逃げ出そうとしている。
がしっと、握る。
もうひとつを、土の中から掘り出した。
……もしかしたら、食べられる?
電子レンジでもないものかと、考えていた。
……なんだか、手が温かい。
じゃがいもを見る。
足同士が、くっつき合っているのか……?
しかも、水蒸気が、立ち昇る。
もう、手では持っていられないほどの熱さになっていた。
仕方なく、ほっぽり投げた。
じゃがいものビックリマークが、変わって、数字になる。
……え?
やばい!
また、あの爆発が起きるのか――?
俺は顔を覆ろうとしたときに、数字はもう“0”になっていた。
だが、起きたのは拍子抜けするような小さな音だった
ポンっ。
俺は、驚いて、転んでしまう。
体中に、熱いじゃがいもが、くっついた。
顔にも――
口の中までだ……。
はふ、はふ。
……これ、美味しいな。
火傷しそうな熱さのじゃがいもを、顔から剥がす。
はふ、はふぅ。
お腹が、空いていたのか。
すごく、美味しい。
……衣のない、コロッケだな。
そんな風に気になった。
……もっと、食べなきゃ。
観察しているうちに、コツが分かってきた。
要は、二つのじゃがいもを『合体』させればいいらしい。
ピンピンと暴れる短い足同士を、無理やり絡ませ、くっつける。
――3、2、1。
それから、”0”で爆発だ。
二回目は、どう見ても失敗だった。
上手く離れて爆発は逃れたが――
なにも、残っていない。
三回目は、成功だ。
今度は前もって掘った地面に押し込んだ。
かなりの爆発だったけど、ちゃんと半分は残った。
「……そうか。こういうことか」
試行錯誤を繰り返すうちに、体が法則を覚え始める。
足の『くっつけ方』ひとつで、爆発の仕方が劇的に変わるんだ。
今では、もう爆発なんて起こらない。
指先で繊細に足の角度を調整し、熱だけを引き出す。
手の中に残ったのは、泥臭さの消えた、最高にホクホクしたじゃがいもだ。
俺はそれを、戦利品のように眺めた。
ふぅ。
ひと息つき、満足感にお腹をさすった。
だが今度は、猛烈に喉が渇いてくる。
「……次は、水かな?」
ゲームの世界だ。
きっと、順番に出会うようにできている。
そう考えながら目を凝らし、次のビックリマークを探した。
シュッ。
なにか細い棒が、鋭い音とともに飛んできた。
それに気づいたのは、首を傾けて躱したあとだった。
……あ。
冷たい汗が、背中を伝う。
視線の先。
草むらに紛れるようにして、ひょろりと長い茎を持つ植物が立っていた。
その頭上に浮かぶのは、警告色ではない。
禍々しい、黒いドクロのマーク。
本能が「近づくな」と警報を鳴らしている。
いつもの俺なら、迷わず回れ右をして逃げ出していただろう。
――だけど。
これには、挑戦しなくてはいけない気がした。
その植物の茎の一部から、澄んだ滴が流れ落ちている。
ぴるるっと垂れる水を見ているだけで、喉の奥がきゅっと締まる。
――今にも飛びついてしまいそうだ。




