第2章 第一話 あの子もミヅキで、君も美月。見かけも性格も違う。――助けてやるからな、俺。テレビの向こうで待っててな。
気づいたときには、冷たいシーツのベッドで横になっていた。
モニターの画面が爆発してから、断片的にしか思い出せない。
壁まで吹き飛んだ俺。
母さんが叫んでいた。
救急車のサイレンの音。
それが止まったとき……ここは病院かな……?
俺の記憶はそこまでだった。
体の方は……調子が悪い。
それは当たり前だろうけど、こんな感覚は初めてだ。
何か、おかしくないかと自分の体を触りまくる。
鏡がないから正確にはわからないけど、所々に小さな傷が残っていた。
外から声が聞こえてきたので、そちらを見た。
先生たちに付き添われた母さんが、慌てた様子で入ってきた。
「はい陸斗だったかな。まずは、自分の名前と生年月日を言えるかな?」
先生からの質問を、ぼんやりと答えた気がする。
声が小さくて、ちゃんと聞こえたかもわからない。
そのあと、先生たちが出て行ったあと、母さんが頭を撫でてくれた。
大きなケガはないようだけど、大事をとって入院することになった。
俺がそのとき考えていたのは、”俺”のことだ。
あの時の感覚が、すっかり消えてしまっている。
胸にぽっかりと穴が空いたような感覚だ。
それが、体調の悪さの原因に思えた。
気が付くと、部屋の入口にひっそりと隠れるように立っている影があった。
なんだか母さんに甘えていた自分を見られて、少し恥ずかしかった。
「美月ちゃんもお見舞いに来てくれたのよ」
そう言うと、花瓶を持った母さんは出て行った。
そのまま入れ替わるように、彼女が俺の隣にやってきた。
「美月、きてくれたんだ」
幼馴染の美月は、「心配したんだからね」と言いながら、そっと俺の肩を叩いた。
「ちょっと痛いよ」
「へへ、ごめんね」
「やっぱり、わかったんだ……」
「え? あたりまえじゃない。宿題してたらリクん家の方から、大きな音はしていたし、救急車もすぐ来ていたからね」
「そうなんだ……」
「でも、なんだか元気がないじゃない? チョコでも買って来てあげようか?」
……あ、そうだ。
「美月……俺のゲーム機、持ってきてくれないかな?」
俺は手で呼んで、内緒話をするように小声で伝えた。
それを聞くと、美月はびっくりしたようだった。
いつもの美月なら、「そんなこと出来るわけないでしょ」と断るだろう。
だけど、「どれだけ好きなのよ、そのゲーム」と笑顔で言った。
「どうせ、聞いた話だと片付けるのも大変っぽいじゃない。手伝うついでに見て来てあげるね」
美月って、こんなに優しかったっけ?
それとも、俺の姿がよほど弱って見えたのだろうか。
早く”俺”と会うには、どうしたらいいのか――。
考えている内に、意識がふわっと薄れてきた。
――ゲームの中の”俺”は、生きているよな……。
俺が生きているんだし。
そんな考えが、頭の中でぐるぐる繰り返される。
そうだよ。
これは、ただの負けイベント。
それを俺が、おかしくしてしまった。
素直に負けていれば、よかったんだ……。
……でも。
あれは、本当にゲームだったのかな。
とても、怖かった。
「リク、元気?」
突然、女の子の声がした。
え? びっくりした途端に、目が覚めた。
「リク君、元気かな。なにも食べてないから、お腹空いているでしょ」
看護師のお姉さんだ。
俺の目の前に、次々と皿を並べていく。
半分に切ったカレーコロッケ。
フルーツ入りのヨーグルト。
俺の好物のはずだけど、どうしても食欲が湧いてこなかった。
「食べられなかったら、残してもいいんだからね」
”俺”も、ちゃんと食べているのかな……。
それだけが、気になっていた。
……その時だ。
「それじゃあ、また後で来ますからね。TVでも見ながら食べてね」
お姉さんがそう言うと、TVがついた。
そのまま、部屋から出て行く。
そこには、よく見るバラエティ番組。
――それだけじゃない。
何かを、感じる。
”俺”を、感じた。
モニターに”俺”は映っていない。
だけど、すごくはっきりわかる。
お腹を空かした俺は、TVに声をかけながらご飯を食べ始めた。
「どこにいるのかな?」
「ケガは、していない?」
俺が”俺”に声をかけるなんて、おかしいと思った。
……けど。
関係ない。
「これ、美味いよな」
コロッケを食べながら、そう思った。
TVの入力を変えてみる。
ゲームによく使うライン入力に。
当然か……。
そこには、何も映っていない。
高周波の音だけが、耳に刺さる。
声が聞こえないかと、音量を上げた。
……視線を戻し、ヨーグルトを食べた時――
……だよ。
今のは、俺じゃない。
いや、俺だけど。
なんだか、もう一人の”俺”がいるように感じる。
俺とは、別の”俺”。
そんな感覚だ。
……大丈夫だよ。
よかった。
ゲームをしていた時とは、まったく違うけど――
”俺”が、いる。
「そっちじゃ、何も食べられないだろ?」
「だから、もっと食べるよ」
「すぐ家に帰れるようにするし、またゲームをするから、待っててな」
「助けるよ……俺」
……何も、聞こえない?
どうしてだろう、と考えようとした、その時だった。
「リク君……どうしたの?」
いつの間にか、看護師のお姉さんが、そこにいた。
声は、優しい。
……でも、その俺を見る目は……
今にも、先生を呼びに行こうとするところのようだった。




