表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしかして俺って、もつれた状態? ~現実と異世界に別れた場合、上手くリンクできるのかな?~  作者: イニシ原
第3章 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/15

第3章 第六話 普通すぎる夜の町の第十五話:独りぼっちの晩御飯はいつぶりだろう?理解できた言葉と、頭上に浮かんだドクロマーク。

「母さん、いる?」


 やっぱり、母さんはどこにもいなかった。

 両親の部屋にも、キッチンにも姿はない。

 家の中から、音という音が消えていた。


 けれど、よく見ると――

 テーブルの上に、晩御飯と一通の手紙が置いてあった。


『お父さんに大切な荷物を届けてきます。帰るのは夜になるので、これを食べて待っていてね』


 ……俺の大好きな、オムライスだ。


 その横には、お気に入りのマグカップと、お湯を注ぐだけのスープ。

 母さんは、俺がこの時間まで寝ていることを、見越していたのだろう。

 俺は、オムライスを電子レンジに入れて、温め始めた。


「ウィーーーン」というレンジの低い回転音だけが響く。

 動物たちの笑い声と重なり合って、俺の頭の中に響いていた。


「チン」と鳴るのを待つ間。

 なぜか、胸の奥に、じわじわと染みのような不安が広がっていく。


 一人で晩御飯を食べること自体は、別に珍しいことじゃない。

 今までも、何度もあった。


 それなのに――

 今日は、やけに心細い。


 言葉の通じない人たちと一緒にいると……

 どれだけ賑やかであっても、逆に孤独が際立つのかもしれなかった。


 家の中に、人の気配が薄いせいか。

 俺の頭の中を静かに、そして空っぽにしていった。


「チンッ」


 加熱の終わりを告げる音が、俺を我に返させた。

 温まったオムライスと、ポットから注いだお湯で作ったスープ。

 俺は自分の部屋には戻らず、そのままダイニングの椅子に腰を下ろして、食べ始めた。


 一口、また一口と運ぶうちに、お腹の奥がじわじわと温かくなってくる。

 そうなると、階段の途中で立ち尽くしている自分が、急に恥ずかしくなってきた。


 楽しげな宴会を、一人でこっそり覗いている自分。

 まるで、レストランの窓越しに、腹を空かせて外から中を眺めている子供みたいだ。

 ……いや。

 それは、ある意味で間違いでもなかった。


 俺はこれ以上、あんな場所に突っ立ってはいられなくなった。

 喉をオムライスが通る感触を力に変えて、俺は足早に階段を下りきった。

 そして、喧騒に背を向け、そのまま宿の外――

 夜の町へと足を踏み出した。


 そのとき、カウンターの奥にいた豚主人が、横目でちらりと俺を見た。

 何か言いたげな鋭い視線。

 けれど、結局声をかけてくることはなかった。

 ただ、忙しなく手を動かしながら――

 俺がホールの喧騒を通り過ぎていくのを黙って見送っていた。


 宿の扉を閉めて外に出ると、そこには驚くほど「普通」の夜が広がっていた。


 あまりに自然なその光景に、俺はもう、ここが”知らない異世界”であることを忘れて「何も変わったことはない」とさえ思い始めていた。


 動物人間たちは夜でも明かりを灯し、昔ながらの生活を当たり前のように続けている。


 よく見れば細い川が流れていた。

 そこにはカワウソが鼻歌でも歌いたげに洗濯物を揺らしている。

 軒先では、ヒツジが明日の仕込みだろうか、一心不乱に草を刻んでいた。

 その周りでは、いろんな種類の動物の子供たちが、種族の壁なんてないみたいに、入り乱れて元気に走り回っている。


「……なんだ。ちゃんと、暮らしてるんだな」


 俺はその平和な夜の営みを、ただぼんやりと眺めていた。


 町の全体までは見渡せないが、数分も歩けば、もう反対側の外れが見えてきた。

 どうやらそれほど大きな町ではないらしい。


「――じゃあ、今度はあっちの外れまで行ってみよう」


 少し余裕が出てきた俺は、未知の町を横断してみようと歩き出した。

 この町なら、きっと大丈夫だ。


 ……そう思った、その時だった。


 道端の深い暗闇の中から、ぼーっと白い影が浮かび上がった。


「うわぁっ!」


 俺は飛びのくようにして、思わず腰の剣の柄に手をかける。

 そして、ごほぉっとオムライスを喉に詰まらせた。

 胸を叩きながら、喉を鳴らしながら、服の中のコントローラーを片手で握りしめた。


「……君は、人間か?」


 暗闇に佇むその白い影が、静かに、けれどはっきりと言葉を放った。

「ブィ」なんていう鳴き声ではない。

 俺が理解できる「人間の言葉」だった。


「あ……俺は人間です」


 答えてから、「……人間だよな、俺?」と自分で不安になる。

 この異世界にいると、誰もそれを認めてくれる人はいないようで……

 自分自身を「人間」と呼んでいいのか、一瞬の迷いが脳裏をよぎった。


「こんなところにまで、人間が何しに来たのか」


 低い声が響き、影がゆっくりと俺のそばへ近寄ってきた。

 乏しい明かりの下、その全貌が徐々に露わになる。


「でかっ……」


 思わず声が漏れた。

 その男の背丈も横幅も、俺の三倍はあろうかという巨体だ。

 声の低さから男であることは推測できたが、頭部が「牛」そのものであるため、表情までは読み取れない。


 彼は鎧らしき武具を身に着けていたが、その下には服を着ていないのが見て取れた。

 鎧が飾りに見えるほど、隆起した筋肉が夜目にもはっきりとわかった。

 そして何より、背中に背負っている斧――。

 それは、彼自身の巨体と同じほどもある、巨大で凶悪な斧だった。


「なぜ、ここに来たのかは……わかりません。ミヅキが……友達のミヅキに連れられて来たから……」


 正直にそう答えた。

 目の前の牛の男からは、重苦しい気迫がまとわりついてくる。

 宿の豚主人とは比べものにならないほどだ。


 ……でも。

 不思議と平気だった。

 冷静に考えてみれば、宿題を忘れて学校に行った時の、あの先生の怒った顔の方がよっぽど怖いような気がしたからだ。


 それに、俺は本当に何も知らなかった。

 この町がどこなのか、これからどこへ行くのか、ミヅキからは何一つ聞いていない。

 宿に着いて、促されるままにすぐ寝てしまったから、相談する暇もなかったのだ。


 牛戦士は腕を組んだまま、静かに立ち尽くしている。

 威圧的な沈黙。

 俺が何か、納得のいく答えを付け加えるのを待っているのだろうか。


 ……しかし、考えても何も出てこない。

 焦って辺りを見回してみたところで、暗闇と遠くの動物たちの営みが視界に入るだけだ。


「ウ、ウ、ウモォーッ!」


 突如、牛戦士が天を仰いで唸り出した。

 地鳴りのような咆哮。

 鼓膜が震え、心臓が跳ね上がる。


「えっ? どういうことだ……?」


 俺は必死に牛戦士の顔を見上げた。

 獣の顔からは、怒りなのか歓喜なのか、表情を読み取ることはできない。

 けれど――その頭の上。

 不吉な”ドクロマーク”がいつの間にか浮かび上がっているのを見て、俺は息を呑んだ。


 それは「死」や「危険」を意味するアイコン。

 さっきまでオムライスで温まっていた体が、一気に氷ついたかのように寒くなる。

 指先がガタガタと震える。

 服の中のコントローラーは、感じたことがないほど跳ねあがっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ