第3章 第三話 蚊帳の外の俺の第十二話:女の子同士の秘密と、電球マークの予感。結ばれた協定に拒否権はなかった。
「いやよ!」
美月が少し落ち着いたのを見計らって、家に帰るように薦めたのに……
返ってきたのは、弾かれたような拒絶だった。
どうやら彼女は、俺をミヅキと二人きりにするわけにはいかないらしい。
「リク、あの子が何をするかわからないじゃない。私、見張ってなくっちゃ」
俺を心配してくれているのは、痛いほどわかる。
彼女はいつだってそうだった。
自分の宿題を放り出しても、俺の宿題を手伝ってくれる。
ただ本屋へ行くだけの時も、当然のように隣を歩いてくれる。
俺に何かを求めることもなく、ただ純粋な手助けをしてくれる……
そんな幼馴染だ。
けれど、今の状況で美月が何をしたところで、ミヅキから俺を助けられるはずもない。
それは美月もわかっていると思う。
ただ――
美月を帰したい理由はもう一つあった。
さっきから、美月とミヅキが、子供の口喧嘩みたいな言い合いを始めてしまっているのだ。
しかも、内緒話だ。
「リク、ちょっと耳を塞いでて。聞いちゃダメだからね!」
美月にきつく言われ、俺は素直に両手で耳を塞ぐ。
そのまま部屋の隅に追いやられる。
只々、様子を見ていると数分が経っただろうか。
さっきまで二人して、困り顔やびっくり顔。
一体何を話しているのか想像も出来なかった。
……その後だ。
ミヅキの頭上に、見たことのないマークが浮かび上がった。
……電球マークだ。
名案でも浮かびついたのだろうか?
たぶん、いい音でも鳴っているはずだ。
あんなに反発し合っていたはずの二人。
今は、顔を見合わせて、一緒に笑っている。
それが悪い兆候じゃないことくらいは、俺にもわかる。
「もう、聞いてもいいだろ?」
どうなったのか知りたくて、耳を塞いだまま声を張り上げた。
すると、美月がこちらを向き、ミヅキも同時にこちらを見た。
『いいわよ』
声は聞こえないが、二人の唇の動きがそう言っているのが見えた。
俺は、耳を塞いでいた両手を下ろした。
テーブルまで戻ると、また、美月の隣に座り込んだ。
部屋に静寂が広がる。
続いて二人の結託したような、妙に明るい空気が俺を包み込みこんだ。
「それで……何の話をしてたんだ?」
俺が尋ねると、美月は少し困ったような、でもどこか吹っ切れたような顔で答えた。
「さっき入れ替わっていた時のことなんだけど……時間が経つと、あっちの体の記憶がなぜかくっきりしてくるの。だから私、ミヅキさんの秘密を握ったと思ったのよ。弱みにして、帰ってもらおうと思って」
「……秘密?」
「ええ。だけど、それは意味がなかったわ。だって向こうも、私の秘密をしっかり持っているんですもの」
美月は苦笑いしながら、モニターの中のミヅキをチラリと見た。
ミヅキも、心底楽しそうにフフンと鼻を鳴らしている。
大した時間、話してもいないはずなのに。
どうやら俺の知らないところで、二人だけの「不可侵条約」
――というか、共犯関係みたいな協定が出来上がってしまったらしい。
こうなると、美月はもう俺には何も話してくれない。
昔、家の母さんと美月が、俺のことを何やらコソコソと内緒話していたことがあった。
あの時感じた、どうあがいても中に入れてもらえない、あの疎外感……。
それと全く同じ空気を感じて、俺は溜め息を漏らした。
「……なぁ、俺も仲間に入れてくれよ」
「ダメ。これは『女の子同士』の秘密なんだから」
美月はあっけらかんと言い放つ。
どうすることもできないこと――
それは分かっている。
けれど、自分の預かり知らないところで勝手に話が進んでいく。
その感覚は、猛烈にイライラした。
それ以上に、美月が言った頭から離れない言葉がある。
『ミヅキは子供じゃない』
目の前にいるミヅキは、居場所を失くしていたように見えた。
だから、守ってやりたくなる「子供」に見えたのかもしれない。
けれど、一度は中身が入れ替わり、彼女の記憶に触れた美月が、そう言うのだ。
見た目の幼さとは裏腹に、積み重ねてきた時間があるのだろう。
吸血鬼としての長い年月や、背負ってきた業があるのかもしれない。
それに、ミヅキが吸血鬼だという話も、もはや疑いようのないようだ。
よく見れば、肌の白さや瞳の色など、それらしい特徴はいくつもある。
でも、今は日中だし、ゲームの異世界にはどんな種族がいてもいいはずだ。
だから、俺が見抜けなかったとしても――
それは決して不自然なことじゃないはずなんだ……。
そんな言い訳さえ、今の俺には空しく響く。
今となっては特に。
伝説上の怪物が、俺の幼馴染と平然と内緒話をしていたのだから。
「……はぁ。わかったよ。それで、その秘密の会議の結果、どうすることにしたんだ?」
俺は諦め半分に問いかける。
美月は一度、ミヅキと満足げな視線を交わすと、俺に向かって人差し指を立てた。
「決まりごとは、たった一つよ。ね、ミヅキさん」
『ええ。リク、あなたに拒否権はないわよ』
リクには、二人の声が重なって聞こえる。
それは初めての感覚だけど、どこか嫌な感覚だと思った……。
俺の平穏な日常と、ゲームの攻略計画。
同時に書き換えられていく予感がしてたまらない。
「はぁぅ……」
重いため息が漏れる。
俺は、握っていたコントローラーをテーブルの上に置いた。
なんだか、こんなものは必要ないと思ったからだ。
……それでも、俺は歩いて行く。
歩き出した、ミヅキの後を追う。
美月に「ほら、早く行って!」と急かされてしまったからだ。




