CHAPTER9『雪の朝、カイラムへの旅立ち』
雪の降り積もる朝。
カイラムの近郊の町はまだ眠たげで、吐く息が白く凍るたび、ゆっくりと時が進んでいくのを感じた。
そんな中で届いた、一通の手紙。
差出人不明――って、なんだか嫌な予感しかしない。
不思議と胸の奥がざわついて、目が離せなかった。
ミロは静かに喉を鳴らし、手紙に目を走らせた。
「……“トラガロには関わるな”――それだけ、ですね」
文末には、見覚えのない小さな紋章が押されていた。
ミロは眉をひそめながら封書をグリムへと差し出す。
グリムはそれを受け取り、視線を落とす。
その瞳が紋章を捉えた瞬間、わずかに表情が揺れた。
「……これは……!?」
グリムはそれを見た途端、遠く窓の外を見つめ、低くつぶやいた。
「……奴め、何か知っているようだな……」
雪明かりが差し込む窓辺で、その横顔はわずかに陰を落としていた。
ミロが首をかしげながら問いかける。
「……お知り合いで?」
グリムは短く息をつき、視線を落としたまま答えた。
「古い友だ」
そう言い残し、彼は静かに部屋の奥へと戻っていった。
――“トラガロには関わるな”……
うわ、でも結局関わってしまうんだろうなぁ……。
1000万ゼリオンに釣られて、気づけば飛んで火に入る夏の虫状態っすよ!
ミロが俺に向き直り、わずかに眉を寄せた。
「グリムさん、何か思うところがあるようですね……やはりこの件は、単純な護衛なんかじゃなく、裏で何かが蠢いているようです」
俺は肩をすくめ、引きつった笑みを浮かべた。
「たった一回の護衛で1000万ゼリオンなんて、普通に考えておかしいっすよね!?」
ミロは頷き、落ち着いた口調で言った。
「そうですね……まぁ、とにかく僕たちはカイラムの街での情報収集の準備をしましょう」
「……ですね」
俺は深く息をつくと、荷物をまとめる手を動かした。
その背後では――ボグの爆音イビキが絶え間なく続いていた。
まるでギルドそのものが呻いているようなその音に、俺は思わず天井を見上げ、心の中でつぶやく。
……この音の中で準備できる俺ら、もう相当鍛えられてる気がする。
そうこうしていると、天井裏の小部屋から足音がして、メイベルがひょいと降りてきた。
「おう、寒いと思ったら――雪が積もってやがるな」
そう言いながら、近くで豪快に寝ているボグの頭を容赦なく蹴り飛ばす。
ボガンッ!
「ぐごっ!? ……んだぁ……もう朝メシか……?」
寝ぼけ眼で呻くボグ。
――なんでこの人は、頭を蹴られたらいつも“朝飯”って思うんだろうか……?
「うるせえぞ、てめぇ!」
メイベルは眉をひそめ、乱暴に髪をかき上げた。
「……ま、もう慣れちまったがな」
ボグのイビキ、メイベルの蹴り、そして差出人不明の手紙。
――まったく、朝っぱらから刺激が強すぎるギルドだ。
でも、こんな毎日が……ちょっとだけ、好きになってきたかも。
そして、ボグはトイレへと向かい、メイベルは装備の手入れを始めた。
みんなそれぞれの朝のルーティンってやつだ。
俺も負けじと荷物をまとめて、気合を入れなおす。
スパナにトンカチ、ネジ一式に釘の詰め合わせ――と。
よし、あとは壁に立てかけてあるスコップを持てば準備完了だ。
メイベルは肩当てを装着しながらミロに声をかける。
「それで今日はカイラムのどこに行くんだ? 武器屋は外せねえぞ」
ミロは手帳をめくりながら答える。
「はい。まずは武器屋さんに行って、皆さんの装備を整えましょう。それから工具屋さんに寄って、チャロ君のスコップでも新調しますか。その後に情報屋さんですね」
メイベルは片方の肩を回しながら、ふっと息を吐いた。
「おう。もしサブリーナの奴と相対することになったら、今の武器じゃちょっと心許ねぇからな」
ミロが軽く目を丸くする。
「へぇ……そのサブリーナさんという方、そんなにお強いんですか?」
メイベルは腕のベルトを締め直しながら、低くうなった。
「悔しいが、今の俺じゃ正面からぶつかっても勝てねぇだろうな」
――あのメイベルさんが、素直に“負け”を認めるなんて。サブリーナって人……もしかして“大魔術士”とか、“冥府魔道の禁術師”とか、そんな伝説級のヤバい人なんすか!?
その時、グリムが部屋から静かに現れ、皆を見渡した。
「出発の準備はできたか?」
ミロは背筋を伸ばして即答する。
「はい。もういつでも出発できます」
グリムは頷きつつ、視線を少し落として慎重に告げた。
「うむ……十分に気をつけるんだぞ。ザルモンド商会やトラガロファミリーのことを嗅ぎ回っていると知られれば、よからぬ手が動くかもしれん」
メイベルは軽く鼻を鳴らして、挑発的に返す。
「フン。誰が来ようと返り討ちにしてやるよ」
グリムは短く息をつき、だが表情は変えずに続けた。
「……念のため、ドロガンを連れて行け。子分どもが囚われているうちは、逃げたりはせんだろう」
メイベルが眉をひそめる。
「はぁ? あのイノシシをか? ボグじゃねぇのか?」
グリムは少し考えるように腕を組み、ゆっくりと口を開いた。
「……ボグには、別の任務を頼みたい。この差出人不明の手紙の男と会って、話を聞いてきてもらう。私が動けば――いろいろと面倒事がついてきそうなんでな」
その時、トイレから颯爽と帰ってきたボグが眉を上げ、ニヤリと口角を吊り上げる。
「フェッフェッフェ、了解だ。俺が行けば三分でしっぽを掴めるぜ」
……いや、その男に通報されて三分で捕まる可能性の方が高い気がするんすけど!?
「では、ドロガンさんを解放してまいります」
ミロは静かに告げると、そのまま扉を抜け、地下牢へと続く石階段を降りて行った。
ボグが眉をひそめて問う。
「そんで、その野郎はどこにいるんだ?」
グリムは短く息を吐き、静かに答える。
「……軍事都市ドラケンフォートだ」
メイベルが目を細める。
「あんな要塞みてぇな街にいやがんのか。確か、街に入るのにも許可がいるんだよな?」
グリムは手元の羊皮紙を裏返し、光にかざした。
「……ああ。手紙と一緒に“通行許可証”が届いている。
表の文面はただの警告文だったが――裏側には、もう一つの仕掛けが施されていた」
淡い光の反射の中に、紋章と陸軍の通行印が浮かび上がる。
「この羊皮紙そのものが、ドラケンフォートへの正式な通行許可証になっている。
カイラムの名を出さずとも、それを見せれば通れるはずだ」
ボグが腕を組み、低くうなる。
「……スパイみてぇな真似する野郎だな。――軍関係者か?」
グリムは短くうなずき、まっすぐボグを見た。
「ああ。現役の陸軍中将で――私の元同僚。そして……お前の元上官だ」
ボグが目を見開き、思わず声を上げる。
「!? フェッ! まさか……カルヴォフのおっさんか?」
グリムは静かにうなずく。
「――ああ、そうだ。」
ボグが腕を組み、遠い目をした。
「……懐かしいな。あのおっさん、元気にしてんのかな」
グリムは軽く息を吐き、首を横に振る。
「さあ、どうだろうな」
俺はそのやり取りを聞きながら、思わず口を挟んだ。
「でも、なんでそんな陸軍の偉い人が、名前を伏せて警告してきたんすかね?」
グリムは少しの間、言葉を探すように沈黙し――やがて低く答えた。
「……そこまではまだわからん。だが――トラガロという男は、“闇”と深く関わっているのかもしれん」
――“闇”ってなに?
ギャングの時点で“闇”じゃないんですか!?
……神様、俺まだホタテのクリーム煮食べたことないんで、死ぬに死ねないっす!?
その時、奥の扉が開きミロがドロガンを連れ戻ってきた。
ミロが扉を開けて一歩進み出る。
「どうぞ!」
ドロガンが腕を組んだまま、低い声を漏らす。
「……今度は何の用事だ?」
グリムが静かに応じた。
「今から、この三人の護衛を頼みたい」
「護衛だと?」
ドロガンの眉がわずかに動く。
メイベルが鼻で笑う。
「俺に護衛はいらねぇがな」
「カイラムの中心部に行ってもらう。買い出しと――情報収集にな」
グリムの言葉に、場の空気がわずかに引き締まった。
ドロガンが低く笑う。
「情報収集……? なるほどな……だがそんな動きしてたら、トラガロファミリーの幹部――リュサンドロの部下どもに、あっという間に囲まれるぜ。奴の情報網はハンパじゃねぇ!」
グリムは短く息を吐いた。
「……それならば、なおさらお前の嗅覚が必要になってくる」
ドロガンは両手のひらを広げ、ゆっくりと首を左右に振る。
「ハッ……どうなっても知らねぇぞ!」
――このおっさん、鼻の形が妙に面白いなあ、まるで泥団子を二つ付けて歩いてるみたいだ…………いやいや、そんなこと言ってる場合じゃない!
なんか、とんでもないことに巻き込まれてる感、すごいんですけど!?
ミロが顔を上げる。
「……では、そろそろ出ましょうか」
メイベルが肩を回しながら言う。
「おう、行くぞ、チャロ! イノシシ!」
ドロガンが即座に反応する。
「ドロガンだ! イノシシと呼ぶな!」
ミロが小さく笑い、グリムへと向き直る。
「では、行ってまいります」
グリムは静かに手を挙げた。
「うむ。十分に気をつけるんだぞ」
俺とミロも手を挙げ、ギルドの扉を押し開ける。
冷たい外気が差し込む中、胸の内でつぶやいた。
――さて……みんな無事に帰ってこれますように!
メイベルさんの機嫌も、どうか保たれますように!
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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