CHAPTER8『冬の兆しは静寂を裂いて』
メイベルさんの顔色が一瞬で変わった。
……やばい。これはただの思い出話じゃ済まなそうだ。
サブリーナ――その名が放った衝撃の続きを、俺たちは息を呑んで待っていた。
グリムは腕を組み、視線を鋭く向けた。
「そのサブリーナという女とは、どういう関係なんだ?」
メイベルは奥歯を噛みしめ、視線を伏せる。
「……ああ、俺が所属してたギャング団――カイラム・ウォーデンズ(Kairam Wardens)のボスだった女だ」
ミロは小首をかしげ、まっすぐに問いかける。
「カイラム・ウォーデンズ……確か、街の自警団のような存在だったはずですよね?」
メイベルは鼻で笑い、肩をすくめた。
「ああ、元々はな。だが、いつの間にか義賊でも自警団でもなくなっちまった……気づけば、ただのギャング団さ」
メイベルは視線を落とし、かすかに奥歯を噛みしめた。
「……今思えば、サブリーナの奴が先代のボスをぶっ倒して跡を継いでから……組織はどんどん凶暴になっちまったのかもしれねえ」
グリムは短く目を閉じ、深く息を吐いた。
「そうか……組織を呑み込むほどの女か。なら、十分に警戒すべきだな」
ボグは腕を組み、低くうなった。
「まあとにかく……幹部は全員あぶねえ奴らってことだな!」
ドロガンはわずかに眉をひそめ、視線をこちらに向ける。
「そういうことだ……だが、なんでそこまでトラガロファミリーのことを詳しく知りたがるんだ?」
ミロは一歩前に出て、落ち着いた声で告げた。
「……ザルモンド商会のスカルジさんから、トラガロファミリーとの交渉時の護衛を頼まれたんですよ」
その言葉に、ドロガンの目がわずかに細められる。
「ほう……それは、何か匂うな……」
グリムが眉をひそめ、低い声で問い返した。
「……どういう事だ?」
ドロガンはしばし口ごもり、やがて唸るように言葉を吐き出す。
「……わからねえ。だが、あのジャッカルの野郎……香水でごまかしてやがるが、どこかで嗅いだ“闇”の匂いが混じってやがったんだ」
グリムは目を細め、低く呟いた。
「……つまり、罠かもしれん、という事か」
沈黙を破ったのはメイベルだった。
視線を鋭く上げ、ニヤリと口角を吊り上げる。
「……いいじゃねえか。受けようぜ、グリム。サブリーナの奴がいりゃあ直接問いただしてえし……もし罠だったとしても構わねえ!ザルモンド商会ごとぶっ潰して財産を奪やあいい。そうなりゃ――1000万ゼリオンどころじゃねえぞ」
その場の空気が一気に物騒な方向へ傾く。
……ひえぇ!怖すぎる発想なんですけど!?
メイベルさん、リトルリバーまでギャング団になったら、政府から懸賞金かけられますって!?
グリムは深く腕を組み、沈んだ声で言葉を絞り出した。
「……うむ、だが最悪の事態を想定すれば――さすがにこの六人だけで、トラガロファミリーとザルモンド商会を同時に相手取るのは無理があるだろう……いずれにせよ、何か手を考えねばならん」
ドロガンは目を見開き、立ち上がってこちらをにらみつけた。
「!? ちょ、ちょっと待て……!」
視線をぐるりと巡らせ、俺たち全員を順番に指差す。
「おいおい……まさか、俺も頭数に入ってんのか!?」
グリムは微動だにせず答えた。
「もちろんだ」
ドロガンは腕を組み、わずかに眉をひそめた。
「……いくつもある傘下組織の末端だったとはいえ、俺は奴らにツラが割れてるぜ?」
ボグが豪快に笑う。
「フェッフェッフェ、変装でもすりゃ何とかなるだろう」
俺は、ドロガンの変装姿を想像して――危うく吹き出しかけた。
筋肉ムキムキのイノシシが、子供用のマントに丸メガネを羽織っている光景を思い浮かべた瞬間、どう見ても怪物の仮装大会だった。
……いやダメだ、ここで笑ったら、素手で顔面を叩き潰される。
ミロは軽く顎に手を当て、すっと前に出る。
「まあ何にしても、次にスカルジさんがここを訪れる一週間後までに――僕がカイラムの街中に出て情報を集めてきましょう」
グリムは全員に視線を走らせた。
「……頼んだぞ、ミロ。
うむ、そうだな――チャロも連れて行ってくれ」
「え? 俺もですか!?」
思わず腰が浮いた。
グリムは腕を組み、静かにうなずいた。
「チャロに情報の集め方というやつを教えてやってくれ」
「はい、わかりました」
ミロは柔らかく微笑み、胸に手を当てる。
グリムは懐から札束を取り出し、すっと差し出した。
「ミロに50万ゼリオンを渡しておこう。それで新しいスコップも買うといい」
「よっし!やったぜ!」
俺は思わず拳を突き上げる。
その横で、メイベルが腕を組みながら口を開いた。
「なら俺も行こう。武器屋に欲しい代物があるんだ、早いとこ手に入れときてぇ」
「わかった、では買い物リストを明日までに作っておいてくれ」
「はい」ミロがきっちりと答え、場は次の動きへとまとまっていった。
ボグがドンッと胸を叩く。
「くぅーッ!血が騒ぐぜ!またひと暴れできそうだな!」
グリムはゆっくりとうなずき、深く考え込むように眉を寄せる。
「ああ……だが、すべてはミロの持ち帰る情報次第だ。それまでにこちらも……いろいろと算段をつけておかねばならん」
その時、その場にいたドロガンが、不意に視線を上げて言った。
「……なあ、子分たちは出してもらえねえか?」
グリムはすぐに首を横に振る。
「それは出来ん。こちらもあの人数を常に監視できるわけではないからな……」
短く言い切った後、わずかに表情を和らげる。
「……だが、報酬が入った。今夜はたらふく飯を食わせてやろう」
ドロガンは短く息を吐き、静かにうなずいた。
「……そうか。恩に着るよ」
グリムはふと窓の外へ視線をやり、低くつぶやく。
「……今夜は、雪が積もるかもしれんな」
そしてチラチラと雪が舞い、夜が更ける頃には、二日連続の宴で大騒ぎ。
結局ドロガンの子分たちも、縄で数珠つなぎにされたまま牢屋から引っ張り出され、ちゃっかり輪に加わってやがる。
――こりゃあ本番を迎える前に、胃もたれと腹下しで全滅するんじゃありませんか!?
――翌朝
ミロが爽やかに声をかける。
「グリムさん、おはようございます!」
グリムは新聞を片手に、ちらりと窓の外を見やる。
「おはよう……今朝は格別に冷えるな」
窓際に立つミロが、薄く笑みを浮かべた。
「積もりましたね。――今年も冬がやってきましたね」
グリムは深くうなずき、白い息をひとつ吐く。
「四季が巡るのは、この国のささやかな風物詩だ」
俺はもぞもぞと布団から顔を出した。
「……う、おはようございます……」
寝癖のついた頭をかきながら、半分寝言みたいに挨拶する。
ミロは柔らかく頷く。
「チャロくん、おはようございます」
グゴーッ……グゴーッ……!
相変わらず、爆音製造機は健在だ。
ボグのいびきがギルド中に響き渡るなか、根負けしたドロガンたちは昨夜の宴を早々に切り上げて地下牢へと引き返していた。
メイベルはといえば、二階の天井裏にある自分専用の小部屋でぐっすり眠っている。
ミロが書類束を手にしてグリムの前へ歩み出た。
「買い物リストが完成しました。ギルドに必要な物と、皆さんの意見を聞いてリストアップしています」
グリムは椅子にもたれ、ゆっくりと頷く。
「うむ……渡した五十万ゼリオンで足りそうか?」
ミロは穏やかに微笑んだ。
「十分です。少し雪解けを待って、出発しましょう」
グリムは腕を組み、静かに告げた。
「頼んだぞ、ミロ。――ザルモンド商会の意図、いかんによっては我らの動きは大きく変わってくるからな」
ミロは軽く頭を下げ、穏やかな笑みを浮かべる。
「ご期待に添えるよう、有益な情報を持ち帰ってきましょう」
……その真面目な空気のなか、俺は布団からようやく這い出した。
「……ふぅ〜、寒っ」
その時、ギルドの静けさを破るように――コン、コン、と扉が叩かれた。
「配達でーす! リトルリバーさん宛てのお手紙です!」
外から若い配達員の声が響く。
ミロは扉のほうへ駆け寄り、手早く取っ手を引いた。
「ご苦労さまです!」
受け取ったのは、厚手の羊皮紙でできた封筒だった。
ミロはそれを手に取り、慎重に確認しながらつぶやく。
「……差出人が……書いてありませんね……確認しましょうか?」
グリムは深くうなずき、短く応じた。
「うむ」
ミロは慎重に封を切り、厚手の羊皮紙を取り出して目を通した。
ミロが封を開ける、その音がやけに重く響いた。
……差出人不明って、何か不気味だな……まさか、このギルドの中に誰かから恨みを買ってる人、いるんじゃないっすか!?
メイベルさん……?
いや、メイベルさんだな!
だって昨日も、スープをぬるいって言ったドロガンの子分を殴ってたし!
……こりゃあ次は、ギルドの窓ガラスに卵ぶちまけられる未来、見えるっす……!?
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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