CHAPTER7『暴かれた闇組織の三柱とメイベルの過去』
ジャッカル獣人スカルジが去ったホールには、しばし静寂が落ちた。
――1000万ゼリオン。
あまりに桁違いの額に、脳内で金貨が雨みたいに降ったけど……すぐにギャング団の影がチラついて、命の残高がマイナスになる未来しか見えなかった。
ギルドの扉がバタンと開き、鼻をヒクヒクさせながら入ってきたのは、早朝からどこかに出かけていたメイベルだった。
「……ん? 誰か来てたな? 安っぽい香水の匂いだ……ジャッカルに、ゴリラ……それにアルマジロか」
――ひえっ!? 鼻だけで種族までわかっちゃうの!? ヤマネコ獣人の嗅覚、恐るべし……!
手を振りながら駆け寄ったのはミロだ。
「おかえりなさい、メイベルさん! ついさっきまでザルモンド商会のスカルジさん達がいたんですよ!」
メイベルは肩をすくめ、ふぅん……と一言だけ漏らすと、ホールを見回した。
そして、すぐ横から響いてくる爆音に眉をひそめる。
グゴーッ!……グゴーッ!
「……って、まだ寝てんのか、このカバは!!」
――鼓膜が破れるレベルのボグさんのイビキ。
騒音公害でカイラム自治評議会が動いてもおかしくないっすよ、これ。
メイベルはズカズカと歩み寄ると、ためらいもなくボグの頭に蹴りを入れた。
ボガンッ!
「ぐごっ!? ……んだぁ……もう朝メシか……?」
寝ぼけ眼をこすりながらうめくボグ。
グリムはゆっくりと視線を巡らせ、ホールに集まったメンバーを一瞥する。
腕を組んだまま、机の上に置かれた札束へと顎をしゃくった。
「……全員そろったな。今回のバースト団討伐の報酬――100万ゼリオンだ」
札束の厚みが、どこか現実味を欠いた重さで目の前に鎮座していた。
メイベルは腕を組んでニヤリと笑った。
「これでようやく、目をつけていてた武器が手に入るぜ」
ミロは落ち着いた声で頷き、札束へ視線を移す。
「ええ。そしてギルドに必要な情報資料や小道具も、揃えておきましょう」
俺は勢いよく手を挙げた。
「じゃあ俺にも、新しいスコップを!今のやつ、ちょっと柄がグラグラしてるんすよ!」
ついでに勢い余って口が滑る。
「あと、ピザの定期購入とかやりません? 俺、毎日食べられるんすけど!」
メイベルは話の流れをぶった切るように、俺に指を突きつけてきた。
「チャロ、テメェ!調子に乗るなよ!」
「ひえぇ……!」
思わず背筋がピーンと伸びる。
けれどその口元に、ニヤリと牙がのぞいた。
「……だが、それもいいかもしれねえな」
――た、助かったぁ〜!生き延びた気分っす!
一瞬の和やかムードも、すぐにグリムの低い声に引き戻される。ここからが本題だ。
「報酬の使い道は、おいおい考えるとして……ザルモンド商会から追加の依頼が入った。
奴らは近いうちに、ドン・トラガロファミリーと交渉することになりそうだ。輸送路の安全を確保するためにな。その折の護衛を、我々《リトルリバー》に任せたいそうだ」
メイベルは眉をひそめて振り返った。
「……トラガロファミリーとの交渉の護衛だと!? 俺たちだけでか?」
グリムは腕を組んで静かに答える。
「いや、ザルモンド商会の護衛も付くらしい……だが、それでもかなり危険が伴うだろう」
ミロは真剣な顔で言葉を添えた。
「危険度で言えば、バースト団討伐とは比べものになりませんね」
――ひょえー!グリムさんが危険って言うぐらいなんだから、マジで命がけ確定じゃないっすか!
グリムはすっと身を乗り出し、机の札束に視線を落とした。
「……しかし、この依頼の報酬は――1000万ゼリオンだ」
ボグの目がギラリと光り、ギルドの建物ごとガタッと揺れるほどに身を起こした。
「な、なんだと……1000万だと!?……1000万あれば俺専用の風呂付きベッドが買えるじゃねえか!」
メイベルが即座に噛みつく。
「そんなしょうもねえモン買う暇があったら、医者に行ってイビキを治して来い!」
――うん、それは本当にその通りだと思う。
メイベルは腕を組み、低く吐き捨てるように言った。
「……しかし、トラガロはマジでやべえぞ」
グリムが目を細める。
「会ったことがあるのか?」
メイベルは一瞬だけ視線を伏せ、ゆっくりと答えた。
「……ああ、昔ギャングだった頃、敵としてな」
――やっぱり……やっぱり!そうだと思ってたんだ!
心の中で俺はメイベルを指さして叫んでいた。
メイベルの声はさらに低くなる。
「……奴はアムールトラ獣人のバケモノだ」
「俺がいたギャング団は、トラガロファミリーと敵対していた。頭数は三十はいたんだが……ある時、港の倉庫にトラガロが一人で現れたとの情報を掴んだ。そして俺たちは万全を期して、全員で囲んだんだ」
メイベルは拳を固く握りしめた。
「だが――奴の力は桁違いだった。たった一人で、俺たち全員をあっという間に潰したんだ」
「そんなバケモノ!神話の中だけの話じゃないんですか!?」
思わず俺は声を裏返らせてしまった。
メイベルはわずかに目を伏せ、吐き捨てるように言った。
「……俺は命からがら何とか逃げ出せたが、他の奴らは……」
グリムは腕を組み、低く唸る。
「フム……トラガロとはそれほどの男か。まだこの依頼は断ることもできるが……どうしたものか」
するとミロがパッと顔を上げた。
「そうだ! ドロガンさんなら、トラガロファミリーの傘下にいたんですから、他にもいろいろ知ってるんじゃないですか?」
「うむ……そうだな」
グリムは短くうなずく。
「ボグ! ミロ! ドロガンだけを解放して連れて来るんだ」
「おう!」とボグが力強く返事し、「了解しました!」とミロが応じて、二人は地下牢の方へと足早に向かっていった。
メイベルはその背中を見送ってから、ふいにこちらへ顔を向ける。
「……そんでギャングを抜けてプラプラしてる時に、グリムに声を掛けられて……ここに入ったんだ」
「へぇ〜、じゃあ俺と同じスカウト枠ですね!」
思わず口をついて出た。
メイベルの牙がチラリと光る。
「テメェと一緒にするな!」
雷みたいな一撃に、思わず背中がピシッと伸びた。
――やっぱり調子に乗ると命が縮む。
そして、階段をどすんどすんと踏み鳴らしながら、ボグとミロがドロガンを連れて戻ってきた。
大柄な影を押し込むように前へ出すと、ボグが無骨に声をかける。
「ほら、入れ」
縄も手錠も外され、自由の身となったドロガンが、肩を揺らしながら鼻を鳴らした。
「ああ、手錠はもういいのかよ?」
そう言って両手をぐいと広げてみせる。
グリムは椅子から身を乗り出し、鋭い眼差しで言葉を落とした。
「ああ。だが……お前が逃げ出したら、子分たちがどうなるかは、わかっているだろう?」
ドロガンの顔が引きつり、喉の奥から絞り出すような声が漏れた。
「ぐっ……!」
ドロガンは重く腰を下ろすと、怪訝そうに目を細めた。
「……何で俺だけ先に解放したんだ?」
対するグリムは腕を組んだまま、じっとその視線を受け止める。
「ちょっとお前に聞きたいことがあってな」
声を低く落とし、空気が一段と重くなる。
「――ドン・トラガロファミリーについて。知っていることを、洗いざらい話してもらおう」
ドロガンの喉がごくりと鳴り、場の空気に緊張が走った。
ドロガンは少し間を置いてから、低い声で答える。
「……俺が知ってることなんて大したもんじゃねえが――トラガロの下には三人の最高幹部がいる。それぞれが五十〜百人規模の部隊を抱え、港から山岳、街の裏路地まで縄張りを仕切ってる。俺らバースト団みてぇな小せえ組織は、その傘下でコキ使われてるだけだ」
グリムは短くうなずき、顎に手を当てる。
「……フム」
ミロがすっと前に出て、目を細めメモを取り出した。
「では、その幹部たちの種族と名前を教えてください」
ドロガンは視線を落とし、記憶を手繰るように言葉を紡ぐ。
「……そうだな、まずは――コモドドラゴン獣人のドラヴォス。戦闘部隊を仕切る猛者だ。奴の直属隊はファミリーでも最強と言われてる」
「二人目は、ヤナギダコ魚人のリュサンドロだ。帳簿と交渉にかけちゃ右に出るやつはいねぇ。交易や密輸を仕切るだけじゃなく、情報の流れにも長けてる。街の噂から港の取引まで、奴の耳に入らねえものはねえってくらいだ」
ドロガンは唇を噛み、最後の名を吐き出す前に小さく息をついた。
「――そして俺たち傘下組織を指揮していた三人目は……ユキヒョウ獣人のサブリーナだ。女のくせに度胸と腕っぷしは並じゃねぇ」
メイベルの瞳が大きく見開かれ、声が裏返る。
「――!? サブリーナだと!」
次の瞬間、机が鳴った。
ドンッ!
「バカな……サブリーナは生きているのか!?」
(ユキヒョウ獣人のサブリーナなんて、あいつしかいねえ……!)
ドロガンは肩をすくめ、慌てて言葉を重ねる。
「お、おお……生きているどころか、あれはトラガロの右腕といっても過言じゃねぇ……!」
「……なんだと!」
メイベルの低い唸り声に、ホールの空気は一層重くなった。
「しかもあの女、血の匂いが漂う戦場でも妖艶に笑いやがる。目が合った瞬間、背筋がゾッとしたよ。気づきゃ荒くれ者どもが、猫みてぇに尻尾を巻いてやがった」
ドロガンは口の端をわずかに吊り上げる。
ドロガンの言葉が真実なら――敵はただのギャング団じゃない。まるで軍隊さながらの統率と力を持った連中だ。
――サブリーナ。
メイベルさんの過去とつながるその名前が出た途端、場の温度は一気に数度下がった気がする。
……けど、気になって仕方がない。
サブリーナって人、メイベルさんにとって一体どんな存在なんだ……?
荒くれ者ですらしっぽを巻いた猫のようになるっていうのに、俺なんて気づいた時には――その猫の前で震えるネズミになってそうなんですけど!?
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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