CHAPTER5『束の間の休息とジャッカルの来訪』
戦いの幕を下ろした夜、俺たちはギルド・リトルリバーに戻った。
ピザを頬張り、酒を酌み交わす仲間たち。その輪の中で、俺はオレンジジュース片手にひとり小さく乾杯した。やがて笑い声は薄れていき、気づけば俺たちは床に転がり、雑魚寝になっていた。
――夜明けの光が、割れた窓から差し込んでくる。
ギルドの広間に漂うのは、焼けたピザの残り香と、酒瓶が転がる音、そしてボグの大きなイビキだけだった。
グゴーッ!……グゴーッ!
俺は、ガバッと毛布から顔を出す――
「ふあぁぁ……もう朝か……」
「……ボグさんのイビキ、うるさいなぁ……」
もし隣に家があったら怒鳴り込まれてもおかしくないレベルだ。
まだ体がだるい。昨日の戦いは夢だったんじゃないかと、一瞬錯覚する。
「チャロ君、目覚めましたか? 目覚めのコーヒーはいかがですか?」
静かな声が響く。ミロだ。朝っぱらからやけに涼しい顔してカップを差し出してくる。
「うー……ありがとうこざいます……うーん、昨日の戦い……夢だったのかな……?」
俺は寝ぼけ声でカップを受け取り、ゴクリ。
「いえ、現実ですよ」
ミロはあっさり言う。その目は冗談ひとつなく真剣だ。
「……うー、じゃあドロガンたちはどこ?」
俺の問いに、ミロはカップを置きながら答える。
「地下牢に囚えていますよ」
「……ち、地下牢……? なんでここにそんな代物があるんすか……このギルドって、俺が入るまで四人だったんすよね……なのに、この建物やけに広いし……」
ミロは少しだけ目を伏せて、静かに頷いた。
「……実は、このギルドはもともと“ブラッドリバー”と呼ばれる大所帯だったんです。四十人近い傭兵や冒険者を抱える、大きな組織でした」
「ブラッドリバー……!? うわぁ……名前からして物騒っすね、ギルドじゃなくてギャング団だったんじゃないすか……」
俺の悪ノリ気味のツッコミに、ミロは小さく笑って首を振った。
「……いえ、カイラムでも有数のギルドで、実力は折り紙付きでした。ギルドマスター・グリムとボグさんが集めたのは、退役軍人や事情があって軍を辞めざるを得なかった者たち――そうした人材を中心に、軍顔負けの精鋭をそろえていたんです。しかし――」
「……しかし?」
「陸軍に“人材を引き抜いている”と疑われ、目をつけられてしまったのです。結果、圧力によって強制的に解散させられました。
その後に名を変え、小さな川――“リトルリバー”として再出発したのです。そこで最初に加わったのがメイベルさん。そして僕です」
俺は温かいマグを抱きしめながら、胸の中でつぶやいた。
……マジで今のリトルリバーでよかった。もしブラッドリバーに入ってたら、俺の人生物語なんて三行で終わってたに違いない。
「……そうだったんすね」
ミロの落ち着いた説明を聞きながら、俺はしみじみと相槌を打つ。
まだ寝ぼけ眼をこすりつつ、一口すすったコーヒーの苦みが喉を落ちていく。
……ふあぁぁ……香りと味が、ちょっとだけ現実を受け入れさせてくれる。
「――ところで、ミロはなんでこのギルドに入ったの?」
ミロはマグを口元に運び、一口だけ飲んでから、ふっと小さく笑った。
「……僕は情報を扱うのが得意ですから。街で得た噂や記録を図書館で整理している時に、グリムさんに声を掛けられたんです。便利屋みたいな仕事も多いこのギルドなら、きっと役に立てるだろうって」
俺は瞬きをしてから、コクリとうなずいた。
――なるほど。確かにミロの冷静さと情報収集力は、昨日の戦いでも大いに助けられた。
そういえばグリムも言っていたっけ。
『戦うだけが強さじゃない。知恵もまた武器だ』――と。
ミロはその言葉を体現するような存在なんだろう。
その時、ギルドの前で馬の蹄の音が止まった。
俺はミロに出してもらったコーヒーをすすりながら、ぼんやりつぶやく。
「……誰か来たのかな……?」
ミロは立ち上がり、冷静に応じた。
「どうやら――お客さんのようですね」
扉の軋む音とともに、黒い広つばハットをかぶった男がゆっくりと入ってくる。
身なりは上質なダブレットに白いシャツ、肩には深緑のマント。革の手袋を外さず、笑みを浮かべたまま。
――足元からプンと漂ってきたのは、妙に甘ったるい香り。
「やあ、ギルド・リトルリバーの諸君。朝から賑やかなようだね」
……だれっ? って、いや、賑やかなのは間違いなくボグさんのイビキだろ!
まったく、空気を読まないで爆音響かせやがって……。
男は丁寧に礼をし黒いハットを静かに脱いだ。ジャッカル獣人特有の尖った耳と細長い口元は笑みを形づくっていたが――目の奥だけは、ひと欠片も笑っていなかった。
ミロは立ち上がり、礼を込めて言った。
「スカルジさん、おはようございます。遠路はるばるご苦労さまです」
それから俺の方へと振り返る。
「チャロ君、この方はザルモンド商会のスカルジさんです。今回のバースト団討伐の依頼者ですよ」
「へ、へぇ!? あ、あの……お、おはようございます!最近リトルリバーに入ったチャロです!」
俺は慌てて立ち上がり、マグを置いて胸元を押さえるようにしてぎこちなく会釈した。
スカルジは目元に笑みを浮かべながらも、鋭い耳をピクリと動かす。
「そうかね……ふむ、皆で力を合わせてバースト団を討伐してくれたようだね」
彼の背後には、無言で控える二人の影。
一人は巨大な壁のようにそびえ、もう一人は岩のようにどっしりと並び立ち、こちらを無言で見据えている。
スカルジはゆっくりと広間を見渡し、低く問うた。
「――ギルドマスター、グリム殿はどちらに?」
「奥の部屋におります。呼んでまいりましょう」
ミロが一礼し、足早に奥へと消えていった。
ミロが戻ってきて、奥の扉を押し開けた。
グリムが姿を現すと、空気が一変する。
スカルジは黒いハットを指先で軽く持ち上げ、静かに脱いだ。
「いやぁ、これはこれは、グリム殿。今回の働き、実に見事でございましたな。ザルモンド商会を代表して感謝を申し上げましょう」
グリムはスカルジに静かに歩み寄ると低い声で言った。
「遠いところをわざわざ……スカルジ殿」
窓の外に視線を流しながら続ける。
「今朝は冷え込んだでしょう。山から吹き下ろす風が骨に染みる……馬も人も、さぞかし疲れたでしょうな」
スカルジは口元に薄い笑みを浮かべ、軽く肩をすくめた。
「ええ、たしかに山から吹き荒れる風は冷えこんでいましたが――ご安心を。ジャッカルの身は砂漠の夜にも耐えられるんでね」
グリムは短くうなずいて、腕を組んだ。
「なるほど……夜の砂漠に比べれば、ゴロバ山からの吹き降ろしなんざ大したことないでしょうな」
俺はそのやり取りをボーッと横で聞きながら、――いやいや、普通に寒いでしょ……と思った。
スカルジは目を細め、黒いハットを軽く指でなぞった。
「――では早速本題に入りますが……バースト団の一味はどこですかな?」
グリムは短くうなずき、無駄のない声で答える。
「奴らは地下牢に閉じ込めてある……どうぞご確認を」
そう言ってスカルジを先導し、奥へと歩き出した。俺とミロも慌てて後に続く。
スカルジの護衛二人も無言で背後に影のように付いてきた。
ズシン、ズシン……二人の足音が地響きみたいに響く。
……なあ頼むから、地下牢の床が抜けるとか、そういうオチはやめてくれよ?
にしても――ギルドの奥にこんな通路があったなんて、俺は入って三ヶ月になるけど初めて知った。
階段を下りる途中、ランタンの明かりが壁に揺れ、冷たい空気が肌を刺す。
グリムが立ち止まり、重い扉に手をかけた。
「……こちらだ」
ギィ……と鈍い音を立てて扉が開く。
目の前には、石造りの地下室が広がっていた。四つの部屋に仕切られ、それぞれの扉は鉄格子。中には四人ずつ、バースト団の連中が押し込まれている。
思わず俺はゴクリと喉を鳴らした。
――本当に、ここギルドで合ってるんだよな……?まるで監獄に迷い込んじまったみたいだ。
重苦しい鉄の匂いとスカルジの冷たい笑みが、ここを“ギルド”じゃなく“牢獄”に思わせる。
スコップを握る手に力がこもる……この地下で、これから何が起こるのか――不安が胸をよぎった。
いっそ夢であってくれ!俺は今、まだ毛布を被ってゴロゴロしてるんだ!
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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