CHAPTER4『盗賊バースト団、終焉の夜』
廃屋の床板が軋み、息を呑むほどの張り詰めた空気が漂う。
片手斧を肩に担ぎ、獰猛な牙を覗かせて笑うイノシシ獣人ドロガン。
対するは、逆手に握ったショートソードから毒の滴を垂らし、静かに睨み返すメイベル。
一歩踏み出せば――即、血の雨が降る。
互いの殺気がぶつかり合い、場の温度すら上がったように思えた。
俺はただ、息を殺して見守るしかなかった。
次の瞬間、どちらが地に伏すのか――それを決める死闘が、いま始まろうとしている。
「ケッヘッヘッヘ……頭かち割ってやるぜ」
ドロガンは肩に担いだ片手斧の裏側でトントンと肩を叩き、口角を上げていた。
その獰猛な笑いが廃屋の空気を一層冷たくする。今にも斧を振りかぶり、俺たちを粉砕しようとしている──。
その時――
壊れた扉が再び大きく開き、巨大な影が滑り込んできた。
「!?……ボグだ!」
後ろからはグリム、そしてミロが続いている。
俺は思わず肩の力が抜け、スコップを握る手の震えが少しだけ軽くなった。
(よ、よかった……)
心の中でそう呟いた。
ドロガンの顔が一瞬にして歪む。
「!? 何だ、テメェら。子分どもはどうした!?」
と、鼻を鳴らすように問いかける。
ミロは淡々と答えた。
「みんな、ボグさんがぶっ飛ばしましたよ」
ドロガンは目を見開く。信じられないという顔だ。
「十人はいたはずだぞ!」
と迫力を増して叫ぶ。
ボグはニヤリと笑い、拳を胸板に連打するようにポンポンと叩いて拳を前に突き出す。
「フェッフェッフェッ……暴れ足りねえなあ」
その豪快さに、震えていた身体がさらに安心に変わる。頼もしい、ってこういうことかもしれない。
ミロは小さく首を振り、少し笑いを含んだ声で付け加える。
「安心してください。全員、気絶しているだけですから……たぶん」
ドロガンは一瞬言葉を失い、次の瞬間には低い唸りを上げた。
「……くそう! てめぇら! ぶっ飛ばしてやるッ!」
ドロガンの目が血走り、野獣のような唸り声と共に地を蹴った。
まるで巨岩が転がり落ちてくるような突撃。廃屋の床板が悲鳴を上げる。
――ドンッ!!
だが、次の瞬間――
その突撃は、ボグの片腕に正面から受け止められていた。
「フェッフェッフェ……さすがイノシシの突撃だ!」
ボグの口元が獰猛に吊り上がる。
――ボガンッ!!
もう片方の拳が唸りを上げ、ドロガンの顔面を直撃した。
鈍い衝撃音と共に、巨体は宙を舞い、背後の石壁に叩きつけられる。
壁がめきめきと軋み、粉塵を巻き上げながらドロガンはずるりと崩れ落ちた。
「チッ……邪魔しやがって」
メイベルが嫌々しげに吐き捨てる。
「ミロ! こいつも縛り上げろ!」
グリムの太い声が響く。
「はい、すぐに!」
ミロは素早く縄を取り出し、崩れ落ちたドロガンの両腕を縛り上げた。
俺はというと――
「ふ、ふぇ〜……お、終わった〜……」
力が抜けて、思わずスコップに寄りかかってしまった。
グリムは肩を軽く回し、静かに息を吐いた。
その瞳は遠く木々の向こうを見据えていた。
その時、縄で縛られ、ぐったりとしていたドロガンの体が――ふいにビクリと動いた。
「うう……ハッ……あんた……なんて野郎だ……!俺の本気の突撃を受けとめるなんて……ありえねえ!」
ボグが「フェッフェッフェ」と笑うと、廃屋に妙な余韻が広がった。
ドロガンはぐったりした体を震わせながら顔を上げる。
「…………ハッ、こりゃあ完敗だな……ここまで全員まとめてボコられちゃ、言い訳のしようもねぇ……」
メイベルが毒の滴るショートソードの切っ先を突きつける。
「はぁ? 俺との勝負は中途半端に終わらせるのか?」
鋭い眼光がドロガンを貫く。まるで「逃がさねぇぞ」とでも言いたげだ。
ドロガンは一瞬たじろぎ、気まずそうに言った。
「お……おお、もうアンタの勝ちでいいよ」
「チッ……」
メイベルは舌打ちして、剣を鞘に収める。
そこへグリムが一歩前に出た。長い耳がピクリと動く。
「我らは──お前らバースト団に被害を被った依頼主から、お前らを叩き潰すよう依頼を受けたのだ」
ドロガンはうつむき、俺はスコップを握り直した。
グリムの声が低く響く。
「お前らには、二度と盗賊行為はさせんぞ」
ドロガンはしばらく唇を噛みしめていたが、やがて肩を落としてうなずいた。
「……ああ、わかったよ。バースト団は今日をもって解散する」
その言葉を聞いた瞬間、思わず口が勝手に叫んでいた。
「よっしゃー! 100万ゼリオンゲットだ!」
……いやもう、完全に浮かれてた。怖かったのも全部吹き飛ぶくらいに。
ボグが拳を鳴らして豪快に笑う。
「フェッフェッフェ、これで旅人や商人は安心してゴロバ山を通れるな」
「……一安心ですね」
ミロも落ち着いた声でうなずく。
ああ、よかった、一件落着……かと思った、その時だった。
ドロガンの目が、再び鋭く光った。
「……いや、俺らが消えても悪の大元を叩かなきゃあ……盗賊は次から次へと湧いて出てくるぜ」
ギョッとした。まだ何かあるのかよ、と心臓が一気に跳ね上がる。
グリムが眉を寄せ、低く問う。
「……悪の大元とは――?」
「……俺らバースト団は確かにこの山を根城にする盗賊だった。けど、数年前あるギャング団がこの山に侵入し、囲まれそして脅されて、仕方なく傘下に入っちまったんだ」
メイベルが舌打ちをし、剣の柄に手を置いた。
「ギャング団だと……? どこだ?」
ドロガンは唾を飲み込み、苦々しく口を開いた。
「……ああ、ドン・トラガロファミリーだ」
「ドン・トラガロファミリー!名前からしてめちゃくちゃ怖そうなんですけど!?」
俺は思わず声を裏返した。名前を聞いただけで胃が痛くなる気がする。
ミロが冷静に説明を重ねる。
「……カイラムの裏町で抗争を繰り返す、二大ギャング団の一つですね」
ドロガンは唇を噛みしめながら、低い声を吐き出した。
「……ああ、俺たちもそれまでは金持ってそうな商人を選んで襲っていたんだが、奴らへの上納金が厳しくなってからは、旅人も含め手当り次第襲うようになってな」
その言葉に、メイベルが苛立ちを隠さず壁をドンッと叩いた。
「だからってテメェらの罪は消えねえぞ!」
ドロガンは目を伏せたまま、素直にうなずいた。
「……ああ、もちろんわかってる」
短い沈黙のあと、メイベルは舌打ちをして吐き捨てる。
「……だが確かにトラガロの野郎は凶悪だ……」
俺はその場に立ち尽くしながら、ゴクリと喉を鳴らす。
……いや、メイベルさん、あなたからも十分“凶悪オーラ”が滲み出てましたけど!?
でも、そのメイベルさんがわざわざ“凶悪”と名指しするぐらいだから――トラガロってのは、相当危ないヤツなんだろうな。
グリムがぐっと前に出て、低く言い渡す。
「……まぁ、何にしても一旦ギルドに引き上げるぞ。お前らにも付いてきてもらう。お前らの処遇はそれからだ」
ドロガンは縛られたまま頭を垂れ、ボグは鼻を鳴らして笑っているが目は光っている。
メイベルはまだ剣の柄に手をかけたまま、いつでも切りかかれそうな雰囲気を保っている。
その一方で、ミロは落ち着き払っていた。縄を巧みに扱い、ドロガンの子分たちを一人ずつ繋げて数珠つなぎにし、誰も逃げられないようにまとめ上げていく。冷静で几帳面な手際に、俺は思わず「……器用すぎて怖いんですけど」と心の中でつぶやいた。
「さあ、片付けるぞ」
グリムの一言で皆が動き出す。俺もスコップを肩に担ぎ、ドロガンたちを連れて廃屋を出た。
外の空気が冷たくて、夜の山道が静かに俺たちを包む。
そして、俺たちは街の片隅の静かな根城――ギルド・リトルリバーへと、盗賊を連行して帰還する。
……にしても腹が減った。今は報酬より、あったかい飯の方が欲しい。
こうして、盗賊討伐の仕事は一応の決着を見た。
……が、俺の空腹も、この街の闇も、まだまだ片づいちゃくれないらしい。
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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