CHAPTER36『背中合わせの運命』
俺とハクは、山道とも獣道ともつかない斜面を、一気に駆け下りた。
足元は石と根っこだらけ、踏み外したらそのまま谷底コースだ。
でも、止まるわけにはいかない。
背後からは――針を逆立てたヤマアラシ獣人と、あのモヒカンのリカオン獣人が、すぐそこまで追ってきてる!!
ハクは歯を食いしばり、前だけを見据えたまま叫ぶ。
「振り返るな! 転んだら終わりだ!」
木々をかき分け、枝を弾き、俺たちは必死に山を駆け下りる。
うおぉぉぉぉ――っ!!
とにかく、逃げ切るんだぁぁぁー!!
「待てゴルァー!!」
ガルドの怒号が山に響く。
「逃がさねえぜッ!」
リッパーの声が、すぐそこまで迫ってくる。
ひぇぇぇぇ!!
だんだん距離、詰められてますよぉぉ!!
このままじゃ――確実に追いつかれる!!
後方で、リッパーが口元に指を当てた。
ヒュウッ――!!
鋭く澄んだ指笛が、山々に反響する。
次の瞬間だった。
周囲の稜線から、黒い影が次々と飛び立つ。
鳥系獣人が――数体。
翼を広げ、一直線にこちらへ向かってくる。
――ひゃあ〜!
空からロックオンされたら、逃げ切れるわけないじゃん!
ハクが歯噛みし、低く吐き捨てる。
「……クソッ。このままじゃ、ロカ山に戻る前に囲まれるぞ!」
その時――
背後の空から、一体の百舌鳥獣人が滑空しながら声を飛ばしてきた。
「ガルド! リッパー!
何だ、そいつらは!?」
ガルドが走りながら、乱暴に叫び返す。
「……アジトを壊しかけて、逃げやがったんだよ!」
リッパーは肩を揺らし、獣じみた笑みを浮かべる。
「へへへ……捕まえて、たっぷり拷問だな……!」
獣道を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。
夕暮れの光が差し込み、山肌が赤く染まっている。
――見えた!
この先を越えれば、ロカ山だ!
脚に残った力を全部つぎ込み、必死に駆け抜けようとした、その時――
前方の開けた岩場に、影が落ちる。
ばさり、と羽音。
数メートル先に、黒い翼を広げたカラス獣人――ロアが降り立った。
その左右には、同じく鳥系の獣人が二体。鋭い爪で地面を掴み、こちらを塞ぐように立ちはだかる。
「悪いな。ここから先は、通行止めだ」
ロアが嘴を歪めて笑う。
――ひぇぇぇ!?
前も後ろも、空まで塞がれてる!!
俺とハクは、思わず足を止めた。
「……クソッ」
低く吐き捨てるような声が、白熊の喉から漏れる。
背後から、荒い足音が一気に迫ってくる。
振り返るまでもない――ヤマアラシの針が擦れる音と、軽やかな獣脚。
さらに空からは百舌鳥獣人が舞い降り、逃げ道を塞いだ。
「ふぅ……こんなところまで逃げやがって」
リッパーが肩で息をしながら、薄く口元を歪めた。
「ハハハ、よくアジトから抜け出せたもんだな」
前方に立っていたカラス獣人ロアが愉快そうに笑い、俺たちの背後に迫る二人へと視線を向ける。
「何やってんだよ、お前ら? 随分手間取ってるじゃねぇか?」
その言葉に、ガルドが苛立ったように舌打ちした。
「うるせえ!」
肩に担いだサーベルを、わざとらしく揺らしながら一歩前に出る。
「……とにかくだ。テメェら、相当な無茶してくれたよな?」
鋭い視線が、俺とハクを順に射抜く。
「どうなるかは……もう、わかってんだろ?」
獣たちの包囲が、じわりと狭まっていく。
ガルドが一歩前に出て、低く命じる。
「とりあえず、手ェあげて跪け!」
白熊の巨体がわずかに強張るのが、背中越しにも伝わってきた。
(……クソッ。どうする……? 捕まれば終わりだ――こうなったら……!)
ハクは一瞬で後方へ向きを変え、拳を振り上げてロアたちへ突進しようとした。
――が。
その瞬間、背後でリッパーの腕がわずかに振られる。
シュバッ!
乾いた音と同時に、ハクのふくらはぎから鮮血が噴き出した。
「ぐあっ!」
バランスを崩し、巨体が大きく揺らぐ。
その背後で、リッパーが低く笑っていた。
細身の体から投げ放たれた鋭いクナイが、ハクのふくらはぎに深々と突き刺さっている。
「へへへ……どうせテメェは、すぐに暴れるんだろぅ?」
ハクは歯を食いしばり、刺さった刃を抜き放ち、脚を押さえながらその場に膝をつく。
ガルドがゆっくりと前に出て、サーベルを肩に担ぎ直した。
「ふぅ……あとはチビだな。
ちょこまか動くんじゃねぇぞ?」
リッパーは口の端を歪め、短刀の刃を舌先でなぞる。
「へっ……コイツも足ぃ、いっとくか?……安心しろよ、チビ――すぐには死なねぇ。ただ、歩けなくなるだけだ」
――ひ、ひゃあああ!
完全に囲まれてるし、ハクさんまでやられたし……!
これ、どう考えても万事休すっすよね!?
リッパーが舌なめずりしながら、刃をゆっくりと逆手に構える。
「へへへ……大人しくしてろよ。ザクッと腱を切るだけだ」
その背中を、ハクが獣のような目で睨みつけ、歯を食いしばって立ち上がろうとする。
だが――
スッ、と冷たい光が喉元に差し込まれた。
ガルドがサーベルを突きつけ、低く笑う。
「おっと。もうテメェの不意打ちは喰らわねえぜ?」
「……クッ……!」
押さえ込まれたハクが、悔しそうに息を荒くする。
その光景を見た瞬間、迷いが消えた。
――こ、こ、こうなったら……!
逃げ道は、もうない。
助けも、来ない。
もう、俺がやるしかねぇだろ!
俺は震える手で、背に負っていたスコップを引き抜き、必死に構える。
リッパーが一瞬、目を丸くしたあと――すぐに、鼻で笑った。
「ハハハ!どうしたチビ?
腕も足も震えてるぜ?」
――くそ……!
めちゃくちゃ怖ぇ……!
それでも、今ここで引いたら――ハクさんも、俺も、終わりだ。
俺は歯を食いしばり、スコップを握る手に、必死で力を込めた。
――やるしか……ねえ……!
俺はスコップを振り上げる。
――ここだ!
大振りの一撃を見せる。
ブォンッ!
リッパーの視線がそちらに向いた瞬間――
踏み込みと同時に、スコップを直角に構え直し、膝関節めがけて、横薙ぎに振り抜く。
「どりゃあぁぁ!」
ヒュッ――
空を切る音。
「――ッ!?」
確かに捉えたはずの軌道を、リッパーはわずかに体を引いてかわしていた。
ほんの数センチ。
それだけで、先端は届かない。
次の瞬間、ギリ……と歯を鳴らす音。
「……いい狙いだ」
低く、冷たい声。
サッ――
視界が揺れ、気づいた時には、懐に潜り込まれていた。
ドゴッ!!
腹に拳がめり込み、息が一気に吐き出される。
「がっ……!」
体がくの字に折れ、手からスコップが滑り落ちた。
その瞬間――
「チャロッ!!」
ハクの叫びが山に響く。
片膝をついたまま、無理やり立ち上がろうとする。
だが――
ガッ。
ハクの喉元へ深く押し当てられたガルドのサーベルが圧を増す。
「動くな」
低く、冷たい声。
刃がわずかに食い込み――
じわり、と赤い血が滲む。
「……クッ……!」
ハクの動きが止まる。
歯を食いしばりながらも、拳が震えていた。
俺は息を整え、何とか立ち上がる。
――まだだ……!
「……惜しかったなぁ、チビ」
リッパーは、つまらなそうに鼻で笑う。
――くそ……何か使えそうなもんねぇのか……!
俺は必死に山の中を見回す。
岩、木、足場――逃げ道はない。
その時、斜め後ろの足元に違和感。
(……ん?)
踏み荒らされたような地面。
わずかに沈んだ土。
そして、細く張られた“何か”の痕。
その瞬間――
脳裏に、ブルソン爺さんの声がよぎった。
――『最近は熊なんかの獣がよく出るでな。罠もいくつか仕掛けとる。踏まんよう気ぃつけるんじゃぞ?』
(……罠だ!)
心臓がドクンと跳ねる。
(ここ……ここに仕掛けてる……!)
俺は一瞬だけ迷う。
(使うか……?いや、こんな熊用の罠に引っかかるか……!?)
だが、背後ではリッパーの足音が迫っている。
(……でも、今はこれしかねぇ!)
俺は足をもつれさせるように罠の後ろへと踏み込み――
“その位置”へ、誘うように後退した。
俺はわざと大きな声で叫ぶ。
「しまった〜!足を挫いてしまった〜!」
足を押さえながら、罠を挟んで地面をゴロゴロと転がる。
リッパーが鼻で笑う。
「ハッ、何だもう終わりか。つまらねぇな……」
一歩。
また一歩。
ゆっくりと、こちらへ近づいてくる。
――よし……来い……来いっ……!
その足が、“そこ”を踏んだ瞬間――
バキッ!!
乾いた音とともに地面が崩れた。
「――ッ!?」
リッパーの体が前のめりに沈む。
ズドンッ!!
枯れ枝と土で隠されていた落とし穴に、片足が深く落ちた。
同時に――
ザクッ!!
中に仕込まれていた竹の杭が、脚をかすめる。
「チッ……!」
その瞬間――
「――!?」
ガルドが目を見開く。
「罠か……!?」
ロアの声が、わずかに裏返った。
一瞬、場の空気が揺らぐ。
――入った!!
俺は転がる勢いのまま起き上がり、スコップを握り直す。
「今だあぁぁ!!」
全力で踏み込み、リッパーの顔面めがけて振り抜く。
ガンッ!!
鈍い衝撃。
リッパーの頭がわずかに弾かれる。
こめかみのあたりから、じわりと血が滲んだ。
――当たった!!
だが――
「……いい狙いだ」
ギリ、と歯を鳴らす音。
そのまま腕を伸ばし――
ガシッ!
俺の腕を掴む。
「ぐっ……!?」
引き寄せられる。
近い。近すぎる。
血の匂いと、獣の息の匂い。
「……俺を仕留めたと思ったか?……チビ」
口の端が、ゆっくり吊り上がる。
「だが――詰めが甘ぇな」
次の瞬間、強引に足を引き抜き、土と血を撒き散らしながら踏み出してきた。
「ハハッ!楽しませてくれるじゃねぇか……!」
獰猛な笑みが、さらに深くなる。
――やべぇ……効いてるけど、このおじさん止まらねぇ!!
リッパーは、片足をかばいながらも、まるで重心が揺れていない。
細い体が、バネみたいにしなる。
ヒュッ――
ボゴッ!
鼻先に、鋭い衝撃。
「がっ――!?」
顔面に拳がめり込み、視界が弾ける。
「ぐあっ――!」
地面に転がり、息が詰まる。
砂と土の感触が、頬に張りつく。
その上から、影が落ちる。
「……ちょこまか小細工は上等だが――結局はその程度か……」
血を滲ませたまま、つまらなそうに鼻で息を吐いた。
「……俺の知ってるヤブイヌ獣人はよ、チビでも無茶苦茶強かったんだがな……まあ、個体差ってやつか」
(……え?)
痛みに耐えながら、頭の片隅で引っかかる。
――俺の知ってる、ヤブイヌ獣人?
親戚……?
それとも、全然別の――
考える間もなく、リッパーが俺の体を踏み押さえた。
「さて……」
短刀が、ゆっくりと俺の脚へ向けて振り上げられる。
俺は、空を仰ぎ叫んだ。
「神様〜、仏様〜、助けてくんろ〜!!」
そして、リッパーの短刀が、俺の足へと突き立てられようとした、その刹那――
ビュンッ!
大きな影が、ロアたちの背後を一瞬で駆け抜けた。
ガギィィーン!!
金属音が弾け、短刀が宙を舞う。
「……なっ!?」
リッパーが目を見開く。
ロアが息を呑む。
(速えぇ!……何者だ!?)
俺は、地面に転がったまま、その姿を見上げた。
そこに立っていたのは――ひとつの影。
次の瞬間、その輪郭がはっきりと浮かび上がる。
獣骨刀を低く構えた、メイベルだった。
「……メ、メイベルさ〜ん!!」
地面に倒れ込んだまま、思わず声が裏返った。
メイベルは、こちらを一瞥すると、口の端を吊り上げる。
「おいおい……うちの大事な下っ端どもを、随分と可愛がってくれたみてぇじゃねえか?……ああ?」
ガルドがサーベルを構え、睨み返す。
「……女が何のマネだ? 引っ込んでな、血を見る前によ」
だがメイベルは一歩も引かない。
「……うるせえ!汚ねえ山賊どもが!山に寄生してるだけの雑魚が――いきがってんじゃねえぞ!」
その時、背後から――
「フェッフェッフェッ、こいつらがクリーバーズか?」
低く腹に響く笑い声。
俺の視界の端に、黒パンみたいな形のでっかい影が現れる。
「――ボグさん!!」
思わず叫ぶと、巨大なカバ獣人が肩を揺らして笑った。
「フェッフェッフェッ、 こいつら食いもん持ってるか?チャロ」
さらに――
「待たせたな、チャロ、ハク」
聞き慣れた声が、背後から響く。
「……ドロガンさん!!」
振り返ると、そこには腕を組んだイボイノシシ獣人の姿。
「チッ……派手にやられてんな、お前ら」
ドロガンが鼻を鳴らす。
地面に転がったまま、俺は大きく息を吐いた。
さっきまで本気で、終わったと思ってたのに、まさかここで助けが来るなんて。
目の前には、獣骨刀を構えるメイベルさん。
背後には、いつもの調子で笑うボグさん。
そして……普段は情けないのに、今日はやけに頼もしいドロガンさんまでいる。
クリーバーズの連中を睨み返しながら、俺は心の中で叫んだ。
――ここからが、本当の反撃だ!
……いやマジで来てくれて助かったぁぁ!!
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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