CHAPTER34『獣たちの領域(テリトリー)』
後ろ手に縛られた腕がじんじん痛む。
ハクさんに至っては、縄でぐるぐる巻きにされて、まるで巨大な歩く荷物扱いだ。
俺たちは抵抗する間もなく引き立てられ、ロカ山の奥へ奥へと連れて行かれていた。
足元は獣道みたいに細く、周囲は背の高い木々に囲まれている。
完全に“人の来ない場所”ってやつだ。
どんな凶悪な山賊のボスが待ってるのかも分からないまま、俺たちは山賊たちのアジトへと連行されていった。
縄で引き立てられながら、ハクが低く声を落とした。
「……おい……おい!」
その視線の先で、先導していたヤマアラシ獣人がちらりと振り返る。
「うん? 何だ?」
歯を食いしばりながら、ハクが問いかける。
「俺たちを……どうするつもりだ……?」
ヤマアラシ獣人は肩をすくめ、面倒くさそうに答えた。
「そりゃあ……ボスが決めることだ」
俺の後ろから、ロアが一歩前へ出て、くちばしの端を歪めて笑う。
「大人しくしてりゃあ、もしかしたら――」
一拍置いて、楽しそうに付け足す。
「……生きて帰れるかもしれねえぜ? へへへ」
――ひぇぇぇ……。
それ、帰れない可能性のほうが高い言い方じゃない!?
そして、獣道を引きずられるように進んでいくと――
ふいに、視界がぱっと開けた。
沈みかけた夕陽が、山の向こうから差し込み、その光の中に異様な影が浮かび上がる。
断崖絶壁を丸ごと削り出すようにして築かれた、古い宗教施設めいた巨大な建造物だった。
石段、崩れかけた柱、祈りの場だった名残。
どう見ても、ただの山賊のアジトじゃない。
思わず喉が鳴る。
「……な、何だこれ……?」
隣で、縄に縛られたハクが息を呑み、白い毛並みを逆立てるように目を見開いていた。
――ロカ山の奥に、こんなものがあるなんて。
俺とハクは、言葉を失ったまま、その“異様な拠点”を見上げていた。
「……これが……山賊のアジトか……!?……デカすぎだろ……」
白い毛並みの奥で、目が大きく見開かれている。
断崖に食い込むように築かれた巨大な建造物は、夕陽を受けて赤黒く染まっている。
ヤマアラシ獣人が、どこか誇らしげに鼻を鳴らす。
「おう、でけぇだろ? 昔滅びた文明の聖堂だか何だかをよ……俺たちが再利用してんのさ」
その背中越しに、ロアへと視線を投げる。
「ここからは俺一人でいい。ロア、お前は持ち場に戻れ」
ロアは肩をすくめ、軽く手を振った。
「おう!ガルド! もし褒美が出りゃ、半分寄越せよ!」
そう言い残すと、翼を翻し、岩陰の向こうへと消えていった。
ガルドと呼ばれたヤマアラシ獣人が、俺たちに巻き付けられた縄をぐいと引き、ぶっきらぼうに言った。
「……着いたぞ」
足を止めた先にあったのは、岸壁をくり抜いて造られた巨大な空間だった。
崩れかけた石柱と、天井へと伸びる古い彫刻、壁面に刻まれた風化した紋様。
かつては祈りの声が響いていたであろう――礼拝堂のような場所。
今では荒々しい足音と獣臭に満ちている。
薄暗い空間に、外から差し込む夕陽が斜めに射し込み、石床に長い影を落としている。
――こんな山奥に、こんなものが残ってるなんて。
俺は思わず、ごくりと喉を鳴らした。
その時――
奥の重厚な扉が軋む音を立てて開き、マウンテンゴリラ獣人らしき長髪の大男が姿を現した。
分厚い肩、岩のような筋肉。
ただ立っているだけで、空気が押し潰される。
――何だあの怪物!?
いやいやいや……ゴリラってレベルじゃねぇだろ。
山そのものが歩いてきたみたいなんだけど!?
「おい、ガルド」
低く腹に響く声が礼拝堂に広がる。
「……何だ、そいつらは?」
ガルドは肩をすくめる。
「ああ。ロカ山の中腹まで入り込んでやがってな。怪しかったから、とりあえず捕らえて連れてきた」
マウンテンゴリラ獣人は一歩近づき、俺たちを無言で見下ろす。
その視線だけで、喉がひりついた。
「……ほう」
短くそう呟いたあと、低く続ける。
「だが――ボスは今、来客中だ」
そう言い残すと、マウンテンゴリラ獣人は踵を返し、ゆっくりと壁際へ歩いていった。ごつり、と背を石壁に預け、そのまま腕を組んで、こちらを静かに見下ろす。
――ちょっと待て。
この怪物が部下ってどういう組織なんだよ!?
ガルドは顎でその辺りを示し、低い声で言った。
「……なんだ。じゃあ俺がこいつらを尋問してやろうか。
とりあえず――そこに座れ」
縄を引かれ、俺とハクは言われるがまま石床に腰を下ろされる。
――ふぇぇ……これ、完全に一言でもミスったら終わりな空気じゃん……。
冗談も愛想笑いも通じなさそうだし、下手に強がったら首が飛びそうだ〜。
ガルドは顎に生えた硬い針毛を指でなぞり、値踏みするようにハクを見た。
「……さっきチラッと聞いたが、白熊のほうはゴロバ山のバースト団の野郎か……。
それで――解散したって話は、本当か?」
縄に縛られたまま、ハクは一瞬だけ視線を伏せ、それから静かに頷く。
「……ああ。ギルド・リトルリバーにコテンパンにやられてな。
バースト団はそこで終わりだ。
今は……いろいろあって、そのリトルリバーで働いてる」
ガルドは鼻で小さく笑い、低く唸るような声を漏らした。
「ほう……盗賊上がりが、今度は真面目に働いてるってか?」
ハクは短く息を吐き、低く答えた。
「……ああ。どうやら俺には、そっちのほうが性に合ってるみてぇだ」
その横で、思わず口を挟んでしまう。
「俺も正直びっくりしてるんすよ! ハクさんがこんなに働き者だなんて!
ドロガンさんとは――もう、比べ物にならないっすよ!」
ガルドは一瞬きょとんとした顔をし、それから鼻で笑った。
「ドロガン?……ああ、思い出した。テメェらの元ボスだな」
肩を揺らし、愉快そうに続ける。
「クックック……俺らの縄張りに踏み込んで来てよ、“親善大使です”とか抜かしながら酒置いて、そそくさと帰っていきやがったな。
ハハハ……ありゃあ、見事な腰抜けだったぜ」
「……おい! 取り消せ……!」
ハクの低い声が、礼拝堂跡の空気を一気に張り詰めさせた。
不意を突かれたのか、ガルドが眉をひそめる。
「はぁ?」
ハクは一歩も引かず、まっすぐに睨み返した。
「親分を腰抜けと言った言葉を取り消せ!」
「何だと……?」
――えぇ〜!?
ちょ、ちょっとハクさん!?
いいじゃないっすか、ドロガンさんが腰抜けでも!
ここはそういうことにして、穏便に済ませましょうよ!
下手に揉めたら、即さっきのゴリラが出てきてぶち殺されますよ〜!?
ガルドは鼻で笑い、低く吐き捨てるように言った。
「……テメェは、自分の立場ってもんを分かってねぇようだな?」
次の瞬間、ヤマアラシ特有の硬い針毛が、ざわりと逆立つ。
全身から威圧するような気配を放ちながら、ガルドは腰のサーベルに手をかけ――音もなく引き抜いた。
その動きを受けて、ハクはゆっくりと、立ち上がる。
軋む床の音。
縛られているにもかかわらず、その巨体が動いただけで、空気が一段重くなった。
ハクは顎を引き、上からガルドを見下ろす。
――一触即発。
礼拝堂の薄暗がりに、獣同士の殺気が静かに満ちていく。
ガルドの視線は、完全にハクに釘付けになっていた。
全身の針を逆立て、腰を落とし、サーベルを構えるヤマアラシ獣人。
その正面で、白熊の巨体はぴくりとも動かず、ただ静かに睨み返している。
――よし。
今、あいつの意識は完全にハクさんだ。俺のことなんて、頭の片隅にもない。
心臓がドクンと跳ねる。
変に動けば、音で気づかれる。でも、ここを逃したら――たぶん、次はない。
俺は息を殺し、そっと体をよじった。
背後にあった石柱へ、少しずつ、少しずつ近づく。
欠け落ちた石の縁に触れた。
思った以上に鋭い――使える。
後ろ手に縛られた縄を、その石の縁へ押し当てる。
力を入れすぎるな。
焦るな。
今は“静かに”だ。
ギリ……ギリ……。
石と縄が擦れる、嫌な音が耳に響く。
頼む……気づくなよ〜……!
視界の端では、ガルドがハクに向かって一歩踏み出した。
針が擦れ、サーベルがきらりと光る。
そのまま、獣じみた笑みを浮かべて低く吐き捨てる。
「……テメェ、ボスに会わせる前に――ここで死ぬか?」
――今だ、今しかない。
俺は歯を食いしばり、体重をかけた。
ギリッ……。
切れろ……切れろ……!
ぷつり。
手応えと同時に、縄がほどけた。自由になった手が、わずかに震える。
――よし……!
ヤマアラシの意識は、完全にハクに向いたまま。
その背中が、やけに大きく見えた。
次は――ハクさんだ。
俺は音を立てないよう、ゆっくりと立ち上がり、ガルドの死角から、すっとハクの背後に滑り込む。
腰の工具袋に指を差し入れ、
取り出したのは――曲がった鉄の釘。
師匠の言葉が、ふっと脳裏をよぎる。
「刃物がなくてもな、尖ったもんは“削れる”」
俺は釘の尖った先を縄に押し当て、力を込めて、ぎり、と引いた。
ザクッ、ギチ……ギチギチッ――。
繊維が悲鳴を上げ、次の瞬間、ぷつん、と音を立てて縄が弾けた。
ハクは一瞬だけ、背後を振り返る。
――ほんのわずかに、口角が上がった。
縄が解けた瞬間、ハクさんの背中から“本気の気配”が立ち上るのが分かった。
白熊の巨体が前に出て、拳が大きく振りかぶられる。
――よっしゃ!いけハクさん!
そのままヤマアラシをぶっ飛ばして、チャッチャと逃げましょう!!
逃げ足なら誰にも負けないっす!
心の中で全力応援しながら、俺は無意識に息を止めていた。
その一撃で、状況がひっくり返るはずだ!
――そう思っていた。
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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