CHAPTER33『ロカ山に潜む牙』
――倒木の山を次々と片付け、俺とハクの作業はついに終わりが見えてきた。
木々の隙間から差し込むオレンジの夕陽が、汗ばんだ腕をあたたかく照らす。
ハクが最後の倒木を肩で押し出し、ゴロゴロと音を立てて道脇の谷へ落とした。
「よし! これで終わりだ」
俺は額の汗をぬぐいながら、ふぅ〜っと息をつく。
「やっと終わりましたね〜……ブルソンさんのところへ戻りますか」
そう言った矢先――
ガサガサッ……!
茂みが揺れ、低く重たい唸り声が山道に響き渡った。
「グォォン!!」
黒い影が飛び出す。
――ツキノワグマだ!!
「わおっ! ハクさん! 逃げましょうってば!」
俺は慌てて近くの大木の陰に飛び込み、身を縮める。
だが――ハクは微動だにしなかった。
腕を組んだまま、ツキノワグマを真正面から見据えている。
茂みから現れたツキノワグマは、肩を揺らしながら近づき、カチ…カチ…と歯を鳴らして威嚇する。
ハクはため息をひとつ落とし、カッと目を見開き低く呟いた。
「……失せろ」
その瞬間――
ツキノワグマの肩がビクンと跳ね、目を丸くしたかと思うと、一声もあげずに森の奥へと吹き飛ぶように逃げていった。
――そういえば、ハクさんのほうがさっきのツキノワグマよりふた回り以上デカかった。
そりゃあ逃げるか。
俺はホッと息をつきながら笑う。
「……ひゃあ〜、さすがハクさん! 一声で熊が逃げ出しましたね〜!」
ハクは腕を降ろし、わずかに鼻を鳴らし片付けた倒木を見下ろす。
「フン、あんな熊などかわいいもんだ。それより、日が沈む前に全部終わってよかったな」
「……ですね! さあ、ブルソンさんの家に戻りましょう!」
「ああ」
俺たちは並んで山道を下り始める。
――その瞬間だった。
背後、ロカ山の山頂のほうから、“別の気配”が風に混じって滑り込んできた。
俺は思わず肩を震わせる。
「……!? ほえっ?」
ハクの顔が一瞬で険しくなる。
「――チャロ! 危ないっ!!」
キィィィィン!!
火花が散り、鋭い金属音が空気を裂いた。
ハクは背の大ノコギリを抜き、“何者か”の一撃を受け止めていた。
刃と刃がぶつかり合い、周囲の空気が震える。
山肌を揺らすような金属音の余韻が消えるより早く、思わず後ずさりして声が漏れた。
「な、なにっ!? 何だっ……!?」
視線の先――
ハクの大ノコギリに、逆手に握ったショートソードの刃を押しつけるようにして踏み込んでいるのは、背中に黒い翼を広げたカラス獣人。
全身を覆う深い漆黒の毛並みと、鋭い嘴の形をした口元、頭頂部には血のような赤毛が生えている。
カラス獣人は首を小さく傾け、値踏みするように見下ろした。
「……チッ、誰の許しで領域に入った?……死ぬぞ?」
――ふぇ!……ヤバそうだぞッ……もしかして山賊の襲撃!?
「……は? いや、俺たちは、ただ山道の整備をしていただけだぞ!」
カラス獣人は一歩引き、ショートソードを構え直し、ギロリと睨んだ。
「……山道の整備だと……!
――あん? テメェ……ゴロバ山のバースト団の野郎じゃねぇか?」
ハクは眉をひそめる。
「……お、おう。俺を知っているのか?」
カラス獣人は鼻で笑った。
「へっ、数年前……ここに来ただろうが、そん時テメェらのボスがよ、“お近付きの印”つって酒置いて、へらへら帰っていったろうが?」
ハクは思わずこめかみを押さえた。
(……そんな事もあったような……あれは親分の“世渡り外交”の一つだったか……?)
カラス獣人の目が細く光る。
「だがな――バースト団は今、トラガロのクソ野郎どもの傘下なんだろ?
だったらよ……テメェらは死刑だ!」
次の瞬間――!
羽音と共に、ショートソードが閃く。
カラス獣人が猛烈な速さで斬りかかる。
キィン!!ガキィーン!!
キィンッ!!
ハクは咄嗟に大ノコギリを掲げ、壮絶な連撃を受け止めた。
火花が散り、地面が震える。
――ひょえ~~っ!! ハ、ハクさんを助けなきゃ!!
ハクは押されながらも吠え返した。
「お、落ち着け! 俺たちは今日は依頼があって来ただけだッ!」
カラス獣人は一瞬動きを止め、鋭い眼光を向ける。
「……依頼だと? トラガロの野郎に、クリーバーズを潰せとでも命令されたのか?」
――足が止まった。今だ!
胸の奥がドクンと跳ね、身体が勝手に地面を蹴る。
気づけば、俺はカラス獣人の斜め前へ転がり込んでいた。
「どおりゃあぁぁ!!」
勢いよくスコップを地面に突き立て、大きく手前へえぐり返す。
バシャァッ!と、落ち葉と小石が混じった土が舞い上がった。
「うおらぁぁ!くらえっ!」
二撃目、三撃目――
バシャッ! バシャァッ!
カラス獣人が顔をしかめ、翼を盾にして身をすくめる。
「!? クッ……! このガキ……!」
その直後――
「お、おいチャロ……! 俺にも当たってるぞ……!」
横でハクが、頭から土をかぶって呆然としていた。
白い毛並みのあちこちに、見事に土と落ち葉が貼りついている。
――しまった〜!!
敵に隙を作るつもりが……普通にハクさんも巻き込んじゃってるよぉぉ!!
カラス獣人が怒鳴りつける。
「……邪魔するんじゃねえぞ! ガキがぁ!」
鋭い眼光がこちらに突き刺さる。
次の瞬間――黒い翼がバサッと広がり、カラス獣人が俺めがけてショートソードを振りかぶった。
う、うそっ……!
反射的にスコップを構える。
ガキィィンッ!!
腕がビリビリ痺れる。
――ふぁっ! 重い! 重いっ! 押し潰される〜!!
刃が押し込まれ、足がズズッと地面にめり込みかけた、その時――。
「チャロ!!」
背後から風がうなり、ハクが大ノコギリを横薙ぎに振り抜く!
シュバァッ!!
「……っ!? クッ!」
カラス獣人は紙一重で跳ね退き、落ち葉を散らしながら距離をとった。
翼を広げたまま低く身構え、その目には今まで以上の敵意が宿る。
ハクは眉をひそめ、ショートソードを構えるカラス獣人に向かって声を張った。
「おい! 俺たちはもうトラガロファミリーの傘下からは抜けたんだ!」
その横で、必死にスコップを構えながら俺も叫ぶ。
「そ、そうですよ! バースト団は解散して、今日は僕たちギルド・リトルリバーの一員として――ブルソンさんの依頼で山道の整備に来てるだけなんです!」
必死の訴えに、カラス獣人の目が細くなる。
そして、カラス獣人は薄く口角を吊り上げ、黒い羽根を揺らした。
「……フン。どうだかなあ?」
その嘲り混じりの声に、背筋がゾワッとする。
――と、その瞬間だった。
首筋に、氷みたいに冷たい“何か”がそっと触れた。
……ヒヤッ。
――ひ、ひやっ!?なんか冷たいの当たってるんですけど!?
背後から、別の声が低く響く。
「――動くな。 少しでも動いたら、コイツは一瞬で 骸と化すぜ……?」
思わず肩が跳ねた。
――ひょえぇぇ〜〜!!まだ敵がいたのねぇぇ〜〜っ!?
ハクの大きな身体がビクッと震えたが、すぐに状況を察したらしい。
「……わかった」
ゆっくりと両手を上げ、じり……と足を止める。
背後の男の声が鋭く響いた。
「ロア! 白熊を縛り上げろ!」
ロアと呼ばれたカラス獣人が肩をすくめ、ニヤリと笑う。
「おうよ!……こいつはなかなか歯ごたえのある野郎だったぜ!」
そのままロアはハクの背に回り込み、太い縄をぐるぐると巻きつけた。
ハクは悔しげに歯を食いしばるが、完全に動きを封じられる。
その間に、俺はビクビクしながら後ろをチラッと振り返る。
そこに立っていたのは――丸太のような腕、全身剛毛、丸っこいのに異様な圧を放つ ヤマアラシ獣人だった。
ヤマアラシ獣人は太い声で命じる。
「……こいつらをアジトへ連れて行くぞ」
ロアが少し眉をひそめる。
「おいおい、こんな若造ども、なんの情報も持ってねぇだろ?」
ヤマアラシ獣人は低く鼻を鳴らす。
「……それは俺らが決めることじゃねぇ。ボスに判断してもらう」
――ひょええぇぇ~~っ!!
わけのわからない山賊のボスのところなんて連れていかれたら、絶対 “丸焼きコース” じゃないですかーーっ!!?
こうして俺とハクは、ロカ山の奥へズルズル連行されていった。
……ねえハクさん、これ絶対“帰れないイベント”ですよねぇぇ!?
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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