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CHAPTER31『闇の策謀、ロカ山からの依頼』

ドラケンフォート――

陸・海・空の軍が集う軍都。その地下深くに、民衆はおろか一般兵士でさえ存在を知らぬ、陸軍暗殺部隊の本部は隠されていた。

岩盤をくり抜いて造られた長い階段を下りるごとに、空気は冷たさを増し、湿った鉄の匂いが鼻を刺す。

やがて最奥にたどり着くと、低い振動音とともに重厚な鋼鉄の門がゆっくりと開く。


そこには――

作戦図に赤黒い糸を引き、どこか狂気の光を宿した目で机を見下ろす“ある男”の姿があった。





その男が、ゆっくりと口を開く。

「……ザラド。ボグ・ドンベルを見つけたはよいが……みすみす取り逃したと聞いたが?」



コヨーテ獣人のザラドは肩を震わせ、膝を折りかけながら頭を垂れた。

「ドラゴヴィッチ様……申し訳ございません……! あのカバ獣人……常軌を逸した手強さで……我々の隊では、手も足も出ず……」



ドラゴヴィッチは冷え切った目でザラドを見下ろす。

「……お前の隊には、魚人兵器を一体つけておいたはずだが?」



「は、はい。しかし……あのまま戦闘を続ければ、魚人兵器でさえ潰されかねないと判断し……一時、撤退を……」



「……フン。もうよい、下がれ」


ドラゴヴィッチはわずかに手を伸ばし、冷ややかに言う。

「……だがその前に、その首飾りを渡せ」



ザラドは慌てて、胸元の鎖に手をかける。

「は、はい……ただいま……!」



震える指で外した“魚人兵器制御の首飾り”を両手で捧げ持つと、ドラゴヴィッチがそれを受け取り、無言のまま、自らの首へと掛けた。



――次の瞬間



「ロークス……こいつを殺せ」



ザラドの目が大きく見開かれる。

「!? な、なにを――」



ブシャッ!



闇の中から跳ね出たウツボ魚人・ロークスの牙が、ザラドの喉元へ深々と突き立つ。



血飛沫が床に散り、ザラドの体が痙攣したまま崩れ落ちる。



ロークスは牙についた血を舌でぬぐいながら、不気味に笑った。

「ケヒヒヒ……アンタの命令を聞くほうが……よっぽど面白くなりそうだなァ……」



ドラゴヴィッチは表情ひとつ変えない。

「……フン。使えぬ者はいらん――トラガロを呼べ。今度こそ、きっちり潰さねばならん……グリムもカルヴォフもな……」



低く吐き捨てるような声音に、側近が背筋を伸ばして敬礼する。

「はっ!」



直後、足音が鋼床に吸い込まれながら階段上部へと消えていき、暗殺部隊本部の空気は、再び氷のような静寂に沈んでいった。




――陸軍暗殺部隊本部を満たす静寂は、遠いカイラム裏町にも、冷たく影を落としていた。




火事で焼け落ちた古い監視塔の跡地を占拠し、そこを根城とするトラガロファミリーのアジトでは、ひときわ高い石壁の上でドン・トラガロファミリーのボス、ヴァルゴ・トラガロが腰を下ろしていた。


崩れかけた塔を組み直しただけの粗野な造りだが、彼が座るだけで“王の玉座”めいた圧が漂う。


黒焦げの石壁を背に、首領トラガロは巨体をどっしりと椅子に沈め、長い尾をゆっくりと揺らしている。



そこへ、ぬめるような足音を立ててヤナギダコ魚人のリュサンドロが現れる。

「……トラガロ様。バルバス解放戦線が、どうにも不穏な動きを見せておりますぞ……あの“ザガン”と接触したようですな……」



トラガロは薄く片眉を上げた。

「ふん……放っておけ」



「それに――ギルド・リトルリバーのグリム・バロウズが、部下のボグ・ドンベルという男をドラケンフォートへ使いに出したとか。

なにか……“掴んだ”可能性がございましょうな?」



トラガロの太い指が椅子の肘置きをコン……と叩く。

「……ボグ・ドンベル、か」



リュサンドロが首をかしげるように一つ触腕を揺らした。

「ご存じで……?」



トラガロは低く笑った。

「……昔な。まるで鉄の皮をまとった厄介な獣よ」




トラガロはゆっくりと息を吐き、遠くの軍都ドラケンフォートの方角へ冷たい視線を向けた。


「となると――そろそろドラゴヴィッチから呼び出しがあってもおかしくはないな」



リュサンドロもうなずき、触腕を軽く揺らす。

「……ありえますな」



トラガロの目が細くなり、黒い焔のような光が宿る。

「……ククク……全てを飲み込むのは“あいつら”ではない、我らトラガロファミリーだ」



カイラム裏町の風が、その野心の匂いを孕んでざわついていた。





――けど、裏社会が牙を研ぎ始めていた……なんて、この時の俺たちリトルリバーは知るはずもなく。

むしろピザの定期宅配の追加を頼むかどうかで真剣に揉めていた。




俺は椅子の背にもたれながら、そっと手を上げた。

「追加注文しましょうよ〜。昨日あれだけ食べたのにもうすっかり腹が減ってますって」



勢いづいたボグが、口元に昨日のソースをつけたまま叫ぶ。

「そうだそうだ!腹ペコだぞ!」



メイベルは目を吊り上げ、椅子をガタッと鳴らして立ち上がった。

「おい、カバ! てめぇは味わいもせずに食いすぎなんだよ!」



ミロは苦笑しながらも、帳面を指でとんとん叩いて首をかしげる。

「そうはいっても……昨日の夜の宴会で、かなりお金も使ってますし……今日はあまり贅沢しないほうがいいと思いますが……」



その時、ドロガンの子分のハクが、腕を組んだままこちらへ歩み寄ってきた。


真剣な顔つきで口を開く。

「……それより、今日は仕事はないんすか? 俺、盗賊より……汗水垂らして働くほうが性に合ってるっす」



メイベルがニヤッと口角を上げる。

「……へぇ、そりゃあ感心なこったな! そこで寝腐ってるイノシシに爪の垢でも煎じて飲ませてやれ!」



床では――ドロガンが腹を出し、豪快ないびきをかいて転がっていた。



奥の扉がギィと開くと、グリムが静かに姿を現し、落ち着いた声で口を開いた。

「……ちょうど昨日、依頼が一件入ってきた。

今日は武器や計画の準備を進める予定で、依頼の実行は後日に回すつもりだったが……」



そこでわずかに顎を上げ、ハクを見据える。

「ハクよ、今から行ってみるか?」



ハクが勢いよく手を挙げる。

「はい! ぜひ行かせてください!」



グリムはゆっくりと頷き、机の上の地図を指で押さえた。

「うむ……ノースロッド木こり組合の長・ブルソン爺さんからの依頼でな。

崩れた山道の整備だ。地図はここにある。まずはブルソン爺さんの家に寄ってくれ」



「任せてください!」

ハクは背筋をピンと伸ばし、拳を握って力強く答える。




グリムは一拍置き、ちらりと俺のほうを見た。

「……そうだな。チャロ、お前もハクに付いて行ってやってくれ」



「ほ、ほえっ!? 俺ですか!?」



「ああ。一人でも何とかなるとは思うが……念のためだ」



「……ほい! 了解です!」



――とは言ったものの……本当はピザを追加注文して、のんびり昼までゴロゴロ過ごすつもりだったんだけどなぁ。

まあ、仕方ないか。ハクさん、こういう仕事はまだ慣れてなさそうだもんなー。

どうせなら、俺もちょっとは役に立つところ見せちゃいますか。



そして、俺たちは準備をはじめた。

俺は“愛スコップ”を肩に担ぎ、軽く一度だけ握り直した。

ハクさんは革手袋を締め直しながら、大ノコギリを背に担ぐ。





「では、行ってきます!」

俺が手を挙げると、



メイベルが腕を組んで、

「おう、気ぃつけろよ!」



ミロが柔らかく微笑んで、「行ってらっしゃい、チャロ君、ハクさん!」



ボグは昨日の残り物の黒パンをまとめて口に放り込んだあと、

「山の幸を見つけたら根こそぎ持って帰れよ! 石でもキノコでも、うまそうなら全部だ!」と無茶な注文をしてくる。



俺は苦笑いしつつ、ハクと一緒にギルドを後にした。



そして俺たちは、ブルソン爺さんの家があるロカ山の麓へ向けて歩きはじめた。



しばらく無言で並んでいたが、なんとなく気まずくて、俺は口を開く。

「……ハクさんって、どうしてドロガンさんの子分になったんですか?」



ハクはぽりぽりと頬をかきながら思い出すように言った。

「……ああ、親分とは同郷でな。俺がまだガキだった頃だ。

村祭りの時にイカ焼きを巡って親分とケンカになってよ。そんで――親分の突撃で俺、盛大に吹っ飛ばされたんだ」



苦笑しつつ、肩をすくめる。

「で、そのまま胸ぐら掴まれて、『今日からおめえは俺の子分だ!』ってな……まあ、気がついたら、今に至るってわけだ」



――たぶん“喧嘩になった”というより、ドロガンさんがハクさんのイカ焼きを強引に奪っただけなんだろうな……。



俺は横を歩く巨体の白熊獣人をじっと見上げながら、ぽつりと本音をこぼした。

「そうなんすね……でもどう見ても、ハクさんのほうがドロガンさんより強そうに見えるんだけどなぁ」



ハクは笑って首を振る。

「いやぁ、バカ言っちゃいけねえよ。親分の“突撃”を喰らったことがあるか?……あれはな、天と地がひっくり返るぜ!」



――えっ? ボグさんは片腕で止めてたけど……でもそういえば、赤猫組の屈強な男たちを、あの突撃でまとめて弾き飛ばしてたな……。



ハクは、俺の背中の黒光りするスコップをちらりと見る。


「……チャロ、お前そのスコップ、武器にしてるんだよな?どこで習ったんだ、そんな戦い方」



少しだけ足が止まりそうになり、俺はぽつりと答えた。

「……ああ、えっと、三年前俺の母ちゃんが亡くなったあと、しばらく母ちゃんの弟――つまり俺の叔父さんのところに身を寄せててさ。

山に籠ってる変わり者なんだけど、護身術を色々教わったんだ。そのうち、叔父さんってより師匠って呼ぶほうがしっくり来ちまって……」



「で、その師匠が言うわけよ。身近にあるモンは何だって武器になる。その中から——本当に扱いきれる道具を選べって」



俺は背中のスコップを軽く叩いた。

「……で、これが一番しっくり来たんすよ。

今のはカイラムの武器屋で買ったやつですけどね」



ハクは感心したように目を細め、ふっと表情を和らげると、北の空へ視線を向けた。

「いい師匠だったんだな……よし、ちょっとだけ祈りを捧げさせてくれ」



そう言って足を止め、右手を胸元にそっと添える。

大きな白い掌が心臓のあたりを覆い、彼は静かに目を閉じた。

風に揺れる木々の音だけが、周囲に落ちた。



俺は少し照れくさそうに笑って、前を向いたまま答える。

「ありがとうございます。師匠も――草葉の陰で“いい仲間ができたな”って喜んでくれてると思いますよ」



ハクは一瞬しんみりした顔をしたが――



「……って、師匠はまだ生きてますから!!」

俺は思わず乗ってしまった手前、慌ててツッコミを入れる。



「お、おお……すまん! てっきり師匠も亡くなってる流れかと……!」


ハクが頭をかきながら謝り、道の上にくぐもった笑い声がこぼれた。

俺はため息をつきつつも、俺の頬はほんの少しゆるんでいた。



――こうして見ると、ハクさんって天然だけど、ほんと素直でいい人だよなぁ……。




――そんな他愛もない話を交わしているうちに、ロカ山の麓にぽつんと建つ、小さな小屋が見えてきた。

どうやら、あれがブルソン爺さんの家らしい。

俺とハクは顔を見合わせ、足をそちらへ向けた。




――俺たちの「初めての共同作業」は、こうして静かに始まろうとしていた。

でも、この時の俺は、まだ知らなかったんだ。

数時間後、俺たちが命がけの逃走劇をする羽目になるなんて。


挿絵(By みてみん)

《リトルリバー》より感謝を込めて!

お読みいただきありがとうございます。


面白かったら、ギルドの活動資金(=★評価&ブクマ)をいただけると嬉しいです!


【作者Xはこちら】

https://x.com/00aomiray00?s=21

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