CHAPTER30『リトルリバーの雑用戦線』
バタバタの作戦会議の翌日。
ギルドリトルリバーは、すっかり溜まりに溜まった依頼を
一気に片づける“お仕事デー”となる。
――昨日まで政治だ陰謀だって大騒ぎしてたのに。
朝からグリムの指示がビシッと飛ぶ。
グリムは帳面をめくりながら、チラリと俺を見た。
「チャロ。午前中はフォルネス爺さんの家の飼い犬――ヨークシャーテリアの散髪だ。
午後からは、バルモンド婆さんの家の屋根の雨漏り修理に回れ」
――犬の散髪に、雨漏り修理……。賞金稼ぎというより便利屋だな、ほんと!
続いて、グリムはメイベルの方へ視線を向ける。
「メイベル。お前はベルガットさんの家の“飼い猫探し”だ。二日前に逃げ出したらしい。
ドロガンの手下を五人ほどつけてやる。手分けして近所を回るといい」
メイベルは鼻を鳴らしながらも、片眉を上げて応えた。
「へいへい、わかったよ。
猫くらいサクッと見つけてきてやらぁ」
グリムは作業一覧をざっと確認し、ボグへ視線を向けた。
「ボグ、お前はドロガンの手下を十人引き連れて回ってもらう。
まずはティラードさんの敷地の石垣の補修だ。
続いて、ルメールじいさんの家の薪割りと運搬。
そのあとリンデ婆さんの鶏小屋の檻と庭の壊れた柵の修繕。
さらに運河上流の水車のメンテナンス……。
日が暮れたら、このノースロッド地区の夜の見回りだ」
ボグは目をむき、思わず声を上げた。
「……めちゃくちゃ多くねえか!?」
グリムが腕組みしながら、さらに指示を飛ばす。
「ミロ、お前は――ギルドの依頼記録の整理、役場に提出する書類作成、資材の在庫と台帳のチェック、それからギルドの財政の整理だ」
ミロは背筋を伸ばして元気よく返事した。
「はい! 了解しました!」
「よし。各自、効率よく動け」
その声を合図に、みんなが一斉に散って準備を始める。
ミロはひらりと身を翻し、書庫へ向けて走り出した。
「まずは書類を集めないと!」
一方メイベルは、腕を振りながらドロガンの部下たちを引き連れ、景気よく怒鳴る。
「おい! テメェら! 気合い入れて行くぞ!」
ドロガンの子分たちも、勢いよく拳を突き上げる。
「おいっす!!」
ボグも十人の子分たちを前に、どっしり構えて吠えた。
「オメェら!今日は過酷な一日になるぞ! 腹ぁ括れ!」
「おうっ!!」
ボグはその中で一番大柄なホッキョクグマ獣人に目を止める。
「……お前はハクと言ったな。頼んだぞ!」
ハクは胸を張り、堂々と答える。
「もちろんです! 力の限りやり抜きます!」
――よし、俺も急がなきゃ。
確か毛刈りハサミは倉庫にあったよな。
それから、雨漏り修理用に木材の端材とクギにトンカチも……。
ふぅ、今日は忙しくなるぞー!
その喧騒の中――
ひときわ大きな影だけが、ぽつんと取り残されていた。
ドロガンは周囲をきょろきょろ見回し、遠慮がちに手を挙げる。
「……あの……俺は……?」
グリムがゆっくりと視線を向ける。
「……ふむ。ドロガン、お前は外で騒ぎを起こしそうだからな……そうだな……まずは――お前がクソを撒き散らして汚した便所の掃除だ」
ドロガンの肩がビクリと震えた。
「それから――詰まった排水溝の掃除でもやってもらうか」
「……トホホ」
ドロガンは肩を落とし、魂が抜けたような顔で便所の方へ歩いていった。
そして夜も更け、ひと仕事終えた皆がギルドへ戻ってきた。
俺はヘロヘロになりながら大きく伸びをする。
「ふえ〜……疲れた〜……」
ミロが明るい声で振り向いた。
「おかえりなさい! チャロくん!」
メイベルたちはすでに戻っていたようだ。
「おう、チャロ。遅かったな!俺たちも今帰ったとこだ」
ギルドの机には、定期宅配のピザがどっさり並んでいる。
俺はその匂いに釣られながら聞いた。
「メイベルさん、行方不明のネコちゃんは見つかったんすか?」
メイベルは渋い顔をして肩をすくめた。
「……ああ、案外早く見つかってな、昼頃ギルドに戻ってきたんだがよ……あのグリムのやろう、まだ別の仕事を隠してやがったんだ!」
そのまま机をドン、と小さく叩く。
「……まさか公園の草むしりなんて仕事があるとはな!
知ってりゃもっとゆっくり猫探して時間潰してたってのによ!……ったく、グリムはどっからそんな仕事仕入れてくんだよ!」
――いやいや……
それは絶対、グリムさんがメイベルさんの性格を見越して、わざと後出ししただけですよ……。
その時、ギルドの扉がバタンと開き、ドロガンが息を切らしながら入ってきた。
左手にバケツ、右手に木柄の便所ブラシ、背中にはモップ。
そして足元からは水滴がポタポタ……。
さらに、体中のあちこちには――何やら茶色い斑点がこびりついている。
ドロガンは胸を張り、白々しく言い放った。
「お、おう……! ちょっと散歩してただけだ……!べ、べつに便所なんざ掃除してねぇぞ……!」
メイベルは鼻をつまみながら、椅子をガタッと蹴って立ち上がり、ギロリとドロガンをにらみつけ怒鳴る。
「嘘をつくな!とりあえず臭ぇから川で体を洗ってこい!」
――ったく、ドロガンさん……そんな見栄張らなくてもいいのに。
でも、そういうトコも含めて……なんだか憎めないんだよな。
そして、ドスン、ドスンという地響きみたいな足音が近づき、最後にボグさんたちがギルドへ戻ってきた。
ボグは肩の荷物を下ろしながら、豪快に笑う。
「いや〜、目まぐるしい一日だったぜ」
ミロが駆け寄り、明るい声で迎える。
「おかえりなさい、ボグさん!みなさん!」
後ろのドロガンの子分たちも、疲れ切った顔で腰に手を当てている。
ボグはギルドの机に並んだピザに目を輝かせた。
「おっ!うまそうなピザじゃねえか!」
そのまま、ピザの箱ごと掴んで――
ガブッ!
箱ごと豪快に丸飲みする。
「フェッフェッフェッ!ピザは噛むもんじゃねえ。喉で味わうもんだ!」
その背後で、ドロガンの子分たちは顔を引きつらせながら目を合わせる。
(え、えぇぇぇっ!? 箱ごといった!?)
メイベルがすかさず怒鳴った。
「おい!テメェの口は便所か! 何でも飲み込むんじゃねえ!!」
その子分たちの後ろから、全身ずぶ濡れのドロガンが、そろり……と忍び足でギルドに入ってきた。
床にポタポタと水滴を落としながら、気配を消すように端へ寄ろうとしている。
だが、子分のひとりがいち早く気づいた。
「……あれ? 親分、どうしてずぶ濡れなんすか?」
ドロガンの肩がピクリと跳ね、顔がみるみる強張った。
(まずい……!まさか“親分のこの俺様”が、便所掃除なんぞさせられた挙げ句、クソまみれの体を川でゴシゴシ洗ってました、なんて……子分どもに悟られるわけにはいかねぇ……!)
気まずそうに視線を泳がせながら、ドロガンは胸を張ってみせた。
「!? い、いやぁ……ちょっくら川の流れに逆らって、正拳突きの修行をしてきたまでだ!
常に修行を怠らぬ姿勢、これがドロガン様の生き様よ!」
子分は素直に目を輝かせる。
「ほえ〜! この寒いのに……さすが親分っすね!」
――親分をまっすぐ信じてるんだよなぁ……なんか、ほんとにいいチームだよ。
……いや、待てよ。
ついこの前まで山賊やってた人たちなんだけどな!?
その時、奥の扉がギィ……と開き、グリムが姿を見せた。
薄暗い部屋から現れたその顔は相変わらず涼やかで、全員を見渡す。
「……みんな、帰ってきたようだな。それぞれノルマは達成できたか?」
メイベルが腕を組んでふんぞり返りながら答える。
「おう!」
俺とミロも並んで返事をする。
「はい!」
ボグは胸をドンと叩いて堂々と。
「もちろんだ!」
そして――
ドロガンは鼻の穴をこれでもかと広げ、胸をドンッと叩きながら大声を張り上げた。
「おうよォォォッ!!
任務完了だッ!!このドロガン様に、できねぇ仕事なんざねぇ!!」
声だけはやたら勇ましい。
グリムは静かに頷き、皆の疲れた顔をゆっくりと見渡した。
「……ご苦労さん。今日はご馳走でも食べて、ゆっくり休んでくれ」
その声音はいつもより柔らかく、どこか温かみを帯びている。
机の上にはピザだけでなく、分厚いロースト肉、ハーブと豆の煮込み、こんがり焼かれた大量の黒パン、チーズ盛り合わせ――グリムが気を利かせて頼んだであろう料理がずらりと並んでいた。
「うわぁ……うまそうですね!」
思わず俺は身を乗り出す。
「よっしゃー!飯だぁぁー!」
ボグは興奮のまま、目についた皿を端から手づかみで口へ放り込む。
バクバクバクッ!
「おい!コラッ!カバ! テメェ一人で全部食うなよ!」
メイベルは手元の木皿をガッと掴むと、そのまま勢いよくボグに向かって投げつけた。
ポコンッ!
ボグは頭に木皿が当たってもまるで気にした様子もなく、
もくもくと食べ続けている。
「……うめぇ!」
ドロガンの子分たちも、疲れた顔に笑みを浮かべ、料理にかぶりついていく。
「うめぇだろう!」
ドロガンは胸を張り、鼻息荒く言い放った。
「これがなぁ……人として真っ当に働いて汗をかいたあとに食う飯のうまさよ!」
――いやいや……
なんで自分だけカタギ側に立ってる風なんですか。
子分たちより先に更生すべきなの、たぶんドロガンさんですよ。
こうして賑やかな夜は更けていった。
笑い声と湯気の立つご馳走の匂いが、ギルドリトルリバーをあたたかく包み込む。
だがその夜――
“敵”もまた、牙を研ぎ始めていた……。
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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