CHAPTER28『破られし静寂の間にて』
ドロガンさんの腹の爆音と共に、いい感じで締まっていた作戦会議は一旦中断した。
とはいえ――止まっている場合じゃない。
トラガロファミリー、ザルモンド商会、そして陸軍暗部の影……詰めるべき話は山ほどある。
ドロガンさんが戻ってこようが来まいが、俺たちが進まなきゃならない道は変わらない。
よし――ここから仕切り直して、作戦会議を再開する時間だ!
ミロは気を取り直して、なんとか言葉を絞り出した。
「……と、とりあえず、再開しますね」
ミロは小さく咳払いし、口を開いた。
「……えー、ボグさんの話をまとめると――」
その瞬間だった――
ゴロゴロゴロゴロ……!!!
地面が揺れ、机がカタカタと跳ねる。茶器がガタつき、椅子がきしみ、ギルド全体がまるで空爆でも受けたかのように震えた。
ドパァァァン!!!
川の堤が崩れ落ちたような、腹に響く破裂音が走った。
メイベルが眉をひそめ、天井をにらむ。
「……おいおい、何だこりゃ? 火山でも噴火してやがんのか?」
ヴォヴォヴォヴォヴォヴォ……!!
天井から砂と小石がパラリと落ち、低周波の衝撃が建物そのものを震わせていた。
そこへ、ドロガンの子分が小声で手を挙げた。
「……いや、あの……親分が腹下すと……いつもこんな感じでして……」
ギルド中に、気まずい静寂。
ズールが腕を組んだまま天井を見上げる。
ゲインが目を伏せてそっと肩を震わせる。
ミロは石板を指さしたまま固まり、グリムは額を押さえた。
会議室に漂う、言いようのない諦めの空気。
そんな沈黙を破るように、ボグがニヤッと口角を上げる。
「フェッフェッフェッ、ドロガンのことだ、どうせ腐ったもんでも拾って食ったんじゃねぇのか?」
――いやいやいや。
たぶん、あんたの股間の中で腐敗したまんじゅうが原因っすよ!!
グリムは深く息を吐き、静かに呟く。
「……まぁいい、続けるぞ。――しかし我々が、奴らの標的であった政府高官を守りきったという“それだけ”で、トラガロは今まで恨み続けていたということか?」
ボグが首を横に振り、低く返す。
「いや……黒幕がいる。当時の陸軍暗部総監――“ドラゴヴィッチ”って男だ。カルヴォフのおっさんが言ってた。グリムなら、その名前を知ってるだろうってな」
その名を聞いた瞬間、グリムの目が細く鋭くなる。
「……ドラゴヴィッチ。あの男が……裏で暗躍していたのか……」
ボグが身を乗り出し、問いをぶつける。
「そいつは、いったい何者なんだ?」
グリムはゆっくりと瞼を伏せ、遠い記憶を手繰るように息を吐いた。
そして顔を上げると、低く重い声で言った。
「……あの男がまだ生きていたとはな……簡単には死なん男だろうとは思っていたが……」
指先が無意識に組まれ、拳へと強く握られる。
「奴は――私が軍に入りたての頃、陸軍第七部隊で最初に仕えた上官だった。冷徹で、目的のためなら仲間さえ切り捨てる……そういう類の男だ」
一拍置き、苦々しげに続ける。
「その後、とある作戦中に死亡したと報告を受けていた。だが……生きて裏で動いていたとはな」
ボグは腕を組み、鼻でフンと笑った。
「なるほどな……そいつは、“議員暗殺に失敗した”せいで――暗部総監から、暗部副総監に位を落としたらしいぜ」
グリムは静かに腕を組み、まるで遠い記憶を噛みしめるように目を伏せた。
メイベルが鼻で笑う。
「へっ、そりゃあいいザマだな! そんで、その命を狙われたっていう議員は今でも生きてんのか?」
グリムは短くうなずき、視線を少し落とした。
「ああ、我々が守ったラーム・ジェリオス議員は、いまも健在だ」
メイベルは肩をすくめ、にやりと口端を上げた。
「でもよ――そんなに殺してぇヤツを、暗部はいまだに仕留められてねえってことは、暗部ってのも案外大したことねえんじゃねえのか?」
その軽口に、グリムはゆっくりと首を横に振った。
「……いや、ジェリオス議員は、ブラッドリバーに解散命令が出たあと――ブラッドリバーの腕利きだった男達を十名ほど雇い、常に身辺を固めている。二度とあのような惨事が起こらぬようにな」
ミロはメガネを指で押し上げ、記憶を確かめるように首を傾げた。
「ラーム・ジェリオス議員……新聞でよく見るお名前ですね。確か、野党第二党 セイグラント党の副党首の方ですよね?」
グリムは腕を組み、難しい顔でゆっくりと言葉を探した。
「……ああ。しかし、そうなると――ドラゴヴィッチが何故ジェリオス議員を狙ったのか……奴を降格させた人物が“真の黒幕”ということか……?」
隣でボグが鼻を鳴らし、肩をぐいと回す。
「そうみたいだな。カルヴォフのおっさんによると、政府高官の誰かがドラゴヴィッチを動かしたらしいが……そいつが誰なのかまでは掴めてねぇらしいぜ」
しばらく腕を組んで黙っていたゲインが、ふいに息を吐いて姿勢を起こした。
そのまま、場の空気を切るように低い声を落とす。
「……なるほどな。だいたいの話はわかった。
グリムさんからこの話を聞いた時――リトルリバーとザルモンド商会、それにトラガロファミリーの揉め事なら……まぁ、俺たちは後ろから援護に入る形になるだろうと思っていたが――」
そこで一度だけ視線を上げ、険しい光を帯びさせる。
「シーブリーズの件の実行犯がそのトラガロだというのなら話は別だ……だったら俺たちデッドリーフワークスは、全面的に――ドン・トラガロファミリーの殲滅に協力させてもらおう!……無惨に散って行った仲間達の仇を討たなきゃならねえ……!」
――作戦会議はどんどん白熱していく。
けど……政府高官だの野党の副党首だの、話が急にややこしくなってきたなぁ。
俺みたいな下っ端には、半分くらいしかついていけねぇぞ……やべぇ、頭が煙吹きそうだ……。
その時、裏口の扉がわずかに軋む音を立てて開き、ドロガンがゆっくりと姿を現した。
全員の視線が、一斉にドロガンへ向いた。
裏口から現れたドロガンの額には、じんわりと汗がにじんでいる。
きょとんとした顔で辺りを見回し、
「……なんだ、なんだ? 何かあったのか?
……まさか、さっきのデカい音は……前にも一度聞いた事がある……魔道鉱石の共鳴音だったんじゃねぇのか……?」
メイベルが椅子を蹴りそうな勢いで立ち上がり、怒鳴った。
「てめぇのクソの音だろうが! 誤魔化すんじゃねえ!!」
ドロガンは目を泳がせ、頭をかきながら苦笑する。
「……お、おお、バレちゃしょうがあるめぇ……ここの壁、薄すぎるんじゃねぇのか!?
どうやら――遮音壁が必要なようだぞ」
その時、ドロガンの子分たちの列のいちばん奥から、ひときわ巨大な影がぬっと前へ出た。
大柄なホッキョクグマ獣人の男だ。
「親分! 見苦しいですよ!
今は、このギルドの建物の修復の話をしてる場合じゃないっすよ!」
ドロガンが目をしばたたかせる。
「……ハク」
巨体の男は胸に手を当て、簡潔に自己紹介した。
「俺は、バースト団で戦闘員やってたハクと言います。
……ちょっと言わせてもらってもいいですか?」
ボグが腕を組み、にやりと牙を見せた。
「フェッフェッフェッ……お前は唯一、俺の拳一発で沈まなかったやつだな?」
ハクは表情ひとつ変えずに軽く会釈する。
――確かに……この人、めちゃくちゃ強そうだな。
なんでこんな怪物みたいな人が、ドロガンさんなんかの子分やってんだ……?
グリムが静かにうなずき、穏やかな声で促す。
「ぜひ、意見を聞かせてくれ」
ハクは一歩前に出て、少し言いづらそうに口を開いた。
「……はい。その……トラガロたちがザルモンド商会を使ってリトルリバーの皆さんを罠にかけようとしてるのはわかったんですが……なら、なんで最初に俺たちバースト団の討伐依頼を出したのかが、ちょっと理解できなくて」
グリムが腕を組み直し、「……ふむ」と低く漏らす。
すると、ミロが静かに手を挙げ、落ち着いた声で補足した。
「それなら、おそらく理由は一つですね」
場の視線がミロへ向く。
「ザルモンド商会のスカルジさんも、最初からトラガロファミリーと交渉したいので、いきなり“護衛してくれ”と言えば、僕たちに警戒されますから」
ミロは眼鏡の位置を直しながら続けた。
「そこで、まずは手頃なバースト団の討伐依頼を出して、
“依頼主として信用に値する存在です”と示すために、懸賞金の100万ゼリオンをきっちり支払った。
その上で、信頼ができたと安心させてから――本命の“護衛依頼”を切り出した、と考えるのが自然かと思います」
ドロガンは目をひんむき、頭を抱えてその場でバタバタし始めた。
「……な、何だと!?じゃあ俺たちは――“噛ませ犬”だったってことか!?
クソッ!ザルモンド商会の奴らめ、俺たちをオモチャにしやがって!!うおぉぉ〜!」
子分たちが「お、お頭…落ち着いて!」と慌ててなだめる中、ドロガンだけが一人で大暴れしている。
メイベルは眉をひそめ、机をドンッと拳で叩いて怒鳴った。
「静かにしろ!テメェ!!」
ドロガンは一時停止し、咳払いをひとつして肩をすくめた。
「……悪ぃ。俺としたことが、ちっと取り乱しちまったな」
――いやいや……どう見ても“さっきの腹下し騒動”をごまかすために暴れてたようにしか見えないんだが……。
ドロガンさんが見事に場をかき乱したせいで、一瞬は空気が変な方向にいったけど……。
政治? 陰謀? 黒幕?
俺の脳みそ、完全にフリーズしました!
でもまぁ――
そんなヤバい話の最中でも、
誰かは腹を下し、誰かは怒鳴り、誰かは笑ってる。
……たぶん、これがリトルリバーなんだろう。
うるさくて、落ち着きなくて、それでも前に流れていく。
だったら――この流れに乗って、でっかい名前を刻むしかないっしょ!
《リトルリバー》より感謝を込めて!
お読みいただきありがとうございます。
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