CHAPTER27『暴かれる真実、崩れる集中力』
ギルドの空気が、わずかに揺れた。
――ボグ・ドンベルが帰ってきた。
その巨躯は、ただ立っているだけで場の重心を変える。
あのどっしりと地に根を張るような存在感は、まるで他の誰とも違う“重み”を持っていた。
ああ……この存在感。
ボグさんが帰ってきたんだ。
会議の空気が一気に動き出すのを、俺は肌で感じていた。
ミロが勢いよく駆け寄り、満面の笑みで両手を広げた。
「ボグさん! お疲れ様でした! さぁ、こちらに座ってください!」
椅子をキュッと引き、ボグのために場所を作る。
グリムは手元の書類を置き、静かに問いかけた。
「……カルヴォフは元気だったか?」
どっしりと腰を下ろしたボグは、笑いながら頷く。
「おう! ちっと老けちゃあいたが、元気そのものだったぜ!」
ふと視線を横に動かす。
「……おっ、ブリッツのおっさんじゃねえか! 久しぶりだなあ!」
ゲインはニッと笑い、軽く手を上げた。
「ああ。無事で何よりだ」
さらにボグの目が、見慣れぬ蛇男へ。
「ん? そっちは……?」
ミロがすぐさま胸を張って紹介する。
「赤猫組の若頭、ズールさんです!リトルリバーと赤猫組さんが同盟を組む運びとなって、作戦会議にも参加してもらってるんです!」
ズールは背筋を伸ばし、任侠らしい落ち着いた声で名乗った。
「……赤猫組 若頭、ズールと申します。 以後、よろしく頼むぜ」
ボグは目を見開き、ふっと口角を上げた。
そして大きく腕を広げ、どんと胸を張る。
「おお、そうなのか! 仲間が増えたんだな! よろしくな!」
次の瞬間――
「あっ、そうだ。みんなにコレをやろう!」
ボグはガサゴソとポケットをまさぐり始め、そこから出てきたのは しわっしわの箱。
表にはデカデカと『元帥の似顔絵まんじゅう』 と書かれている。
さらにボグは、ズボンのポケット、背中のあたり、懐、そして――まさかのパンツの中――から次々と取り出し、最終的に 計五箱 を机に積み上げた。
「これだけありゃあ、全員に行き渡るはずだ!」
その瞬間、メイベルの怒号が飛ぶ。
「おい! パンツの中から出したヤツはてめぇが食え!!」
――ボグさん、なんでそんなとこに入れてたんすか……パンツの中のは、さすがに……いや、突っ込んだら負けなのか?
ミロと俺で箱を開け、まんじゅうを一つずつ配って回った。
そして――何となく暗黙の了解ってやつで、パンツの中から出てきた湿り気を帯びた一箱(十五個入り)はドロガン一味の前にそっと置かれる。
ドロガンは、にやつきながら箱を奪うように手を伸ばした。
「へっへっへっ、うまそうなまんじゅうだぜ!」
だが、その後ろで子分のひとりが青ざめた顔で手を振る。
「お、親分……お、俺らは腹いっぱいなんで……親分が全部食ってくれりゃあいいっすよ……?」
別の子分も必死にうなずく。
「そ、そうっす!親分のもんっすから!な、な!」
ドロガンは一瞬きょとんとしたあと、満面の笑み。
「……そうか!じゃあ――遠慮なく頂こうじゃねぇか!」
そして――
パンツの中から出てきた押し入れの中のような臭いの湿気たまんじゅうは、何の迷いもなくドロガンの腹に収まり、子分たちは全員、無言でそっと視線をそらした。
俺もまんじゅうをひとかじりしてみた。
――もぐっ。
「……うめぇ~~!これがドラケンフォート名物の元帥まんじゅうっすか。味は最高なんすけど……もぐもぐ」
まんじゅうの表面にドヤ顔で描かれた元帥の似顔絵を見て、思わず眉をひそめた。
「……デザインだけはセンスないっすね」
その一言に、グリムとゲインが同時に口角をわずかに上げ、フッと小さく笑った。
椅子の背にもたれたボグはふんぞり返って腕を組み、
「フェッフェッフェッ。いや〜、それにしても大変だったぜ。山あいの集落の民のもてなしときたらよ、贅の限りを尽くしきったんじゃねぇかと思ったぜ!」
メイベルがテーブルを叩いて立ち上がる。
「カバてめぇ!それで遅れて帰ってきやがったのか!」
ボグは両手をひらひら振って、
「いやいや、出されたご馳走を突き返すわけにはいかねぇだろうが!」
そこへグリムが静かに息をつき、場を締めた。
「……その話はあとでいい。ミロ、続きを頼む」
ミロが小さく咳払いし、石板の前で姿勢を正した。
「……では、僕たちがカイラム中心街で得た情報を話します」
みんなの視線がミロに集まる。
「僕たちは街の情報屋――チュービンさんのアジトに行き、いくつか重要な情報を提供してもらいました。
ちなみに情報取得にかかった金額は前金20万ゼリオン、さらに成功報酬として100万ゼリオンとなります」
その言葉に、ボグの眉がピクッと跳ね上がり、グリムは静かに「フム」と頷いた。
ミロはチョークを握り直しながら続ける。
「まず結論から言います。チュービンさんが得た情報によれば――今回のザルモンド商会の“護衛依頼”は、トラガロファミリーとザルモンド商会が仕組んだ罠です」
ギルド内の空気が一段重くなる。
「どうやら、ブラッドリバー時代の遺恨が原因なんじゃないかと……チュービンさんは推測していました」
そこで、ボグがドンと胸を叩きながら言った。
「……その情報屋、腕は確かなようだな、ミロの言う通りだぜ!」
ボグはもう一度、太い胸をドンと叩き、低く言い放った。
「カルヴォフのおっさんも言ってやがった。――その話は、俺たちをおびき寄せる為の罠だとな」
グリムの目が細くなる。
「……やはり、そうであったか。それで――“ブラッドリバー時代の遺恨”というのは……?」
少しの沈黙。
ボグは重々しく口を開いた。
「……“シーブリーズ襲撃事件”だそうだ」
その言葉が落ちた瞬間、ギルドの空気がピンと張りつめた。
グリムの眉間に深い皺が刻まれ、ゲインは反射的に机を叩いて立ち上がる。
「――シーブリーズだと……!?」
ミロも息を呑む。
「シーブリーズ襲撃事件……確か三年ほど前――死傷者が多数出たという、あの……」
ギルドの喧騒は一瞬で消え、
誰もが次の言葉を待って固まっていた。
ボグは拳を膝に置いたまま、低く息を吐いた。
「……ああ。結局ブラッドリバー解散の引き金となった“あの件”だ……」
ゲインが座り直し、腕を組み目を伏せて言った。
「……俺はその任務には参加していなかったが、政府のお偉いさんを護衛する任務だったか……七人で護衛に入って、生き残ったのは――グリムさんとボグだけだったな」
グリムは瞳を細くし、静かに頷く。
「――そうだ。だが、あの事件の犯人は盗賊“潮風団”だったはずだが……?」
ミロが記憶を辿るように言葉を続ける。
「そうですね、政府軍がその後、その盗賊団を掃討したと発表がありましたね」
ボグはゆっくりと顔を上げ、低く告げた。
「……そりゃあ表向きの話らしい」
その言葉に、全員の視線が集まる。
「――実際にこの襲撃を“計画”したのは、陸軍暗殺部隊。そして“実行”したのは……トラガロファミリーだとよ」
――ギリッ。
机の端がわずかに軋む。
グリムの目が大きく見開かれた。
その横で、ゲインの毛並みがブワッと逆立つ。
「……何だと……!?」
ボグは腕を組んだまま、ゆっくりと視線をグリムへ向けた。
「……奴らの中に、化け物みてぇに強かった野郎が二人いただろう? 覚えてるか、グリム?」
グリムの眉がわずかに動く。
ボグは続けた。
「そいつらの正体が――トラガロと、ドラヴォスって野郎らしい」
その名を口にした瞬間、グリムの表情にさらに怒気が宿る。
ボグはさらに言葉を落とした。
「――でな。トラガロの野郎は、元・陸軍暗部の出身らしいぜ」
空気が更に張りつめる――
ゲインが椅子をきしませ、身を乗り出す。
「……何っ!?」
メイベルは獣骨刀の柄をカツンと指で弾き、薄く笑った。
「……なるほどな。あの身体能力に軍で暗殺術を叩き込まれて、あの強さってわけかよ……やっぱ、やべぇ野郎だぜ……」
その瞬間だった。
――ゴロゴロゴロゴロ……ッ!!
まるで山ごと揺さぶるような重低音がギルド中に響き渡った。
ドロガンの顔色がサッと青ざめる。
「や、やべぇ……!腹が……漏れる!!」
横に座る子分を弾き飛ばす勢いで立ち上がると、そのまま一直線に裏口のトイレへ全力疾走。
「どけどけぇぇぇ!!命がかかってんだよォ!!」
子分たちが慌てて左右に飛び退き、通り道ができる。
ギルド内に残されたのは――
重々しい会議の空気と、ドロガンが駆け抜けた風だけだった。
……いや、今のタイミングで腹壊すんすか。
みんな一瞬ポカンと口を開けたまま固まってるし、ゲインさんなんて眉ピクついてるし、ズールさんも「今かよ……」みたいな顔してる。
……やっぱり原因はアレだよな。ボグさんの“パンツの中から出てきた湿気たまんじゅう”。
思い返せば、確かに変なニオイしてたし……。
ドロガンさんの子分たちなんて、小声で「……親分が食ってくれて助かったな……」とか言ってるし。
ま、しゃあない。気を取り直して――この作戦会議、続けるしかないでしょ!
戦いはまだまだこれからだ。次は腹じゃなく“トラガロ”をブッ倒す番だぜ、ドロガンさん!
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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