CHAPTER2『ゴロバ山の罠』
依頼を受けた翌朝、ギルド・リトルリバーの建物は、いつになく慌ただしかった。
倉庫からは武器を点検する金属音が響き、そこにメイベルが爪を研ぐ鋭い音が重なっていた。
俺はというと……戦場には似つかわしくない、一本のスコップを手にしながら、工具袋の中身を何度も確認していた。
スパナにバール、そしてトンカチまで入っている。
どれも本来は工具だけど、武器としても使えるから――持っているだけで、気休め程度には安心する。
グリムはというと、相変わらず豪快な笑みを浮かべて地図を広げ、作戦を語っている。
「ゴロバ山の地形は単純だ。だが奴らは山道をよく知っている。油断すれば挟み撃ちにされるぞ」
ボグは黙々と自分の装備を磨いている。あの巨体が鎧を着込むだけで、もう要塞みたいな存在感だ。
そして――メイベルが鋭い目つきで砥石の上にナイフの刃を滑らせながら、ふっと口角を上げた。
「……イノシシ獣人のドロガンか。相手にとって不足はねぇな」
そう言ってニヤリと笑う姿に、背筋がぞくりとする。
ミロは、持ち前の柔らかな口調で俺に声をかけてくれる。
「……チャロ君。深呼吸して、落ち着いてください。焦りは判断を鈍らせますから」
カイラムの片隅にある小さなギルドの一室が、今だけはまるで戦争前夜の兵舎みたいな空気に包まれていた。
こうして俺たちは――盗賊団バーストを討伐するため、ゴロバ山へと出発する準備を整えていった。
夕方――
空は群青に染まり、街はまだ喧騒に包まれていた。ほんの微かに雪が舞い、白い粒が闇に溶けて消えていく。
「――準備は整ったな。細かい作戦は歩きながら説明する。……よし、出発だ!」
ギルドマスター・グリムの低い声が、俺たちの胸を震わせた。
ゴロバ山へ向かう山道にたどり着いた頃、グリムが横を歩くミロに問いかける。
「ミロ、バースト団のアジトの目星はついたか?」
「はい。ゴロバ山の中腹にある廃屋です。奴らがそこに出入りしている姿を、複数の証言で確認しました」
「廃屋……!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ。夜中の廃屋って、めっちゃ怖くないですか?」
思わず声を上げた俺に、メイベルがピシャリと突っ込んでくる。
「テメェ、肝試しに行くんじゃねえんだぞ!」
メイベルの一喝で空気が一瞬だけ凍りついた。だが次の瞬間、グリムの低い笑いがその緊張をほどく。
「クックック……まずは――ボグ、正面から突撃してくれ」
低く落ち着いた声が響き、場が一気に戦闘の空気へと切り替わった。
「おう! まかせろ!」
ボグの声量に押されて、俺は無意識に息を呑んだ。
「そして……メイベル、廃屋の背後に回って裏から奇襲をかけろ」
「へっ、夜襲は得意だ。ドロガンの野郎、寝たまま死ぬことになるだろう」
ニヤリと笑うメイベル。その一言に、思わずゾクッとした。
「ミロは――あらかじめ木に登って、弓で後方支援を頼む」
「了解です」
ミロは穏やかな声で頷く。だがその瞳は、既に真剣さを帯びていた。
そして――ついに俺の番が来た。
「……チャロ。お前はメイベルをサポートだ」
「ゲッ!!?」
「チッ……足でまといになるなよ!」
メイベルの冷たい言葉が胸に突き刺さる。
――こうして俺は、よりにもよって一番怖い人と組むことになった。
不安げにため息を漏らした俺に、隣を歩いていたミロが小さく笑みを向けてきた。
「チャロ君、気にしすぎですよ。メイベルさんの口調は荒いですけど……ちゃんと仲間として見てますから」
「……そうかなぁ。どうにも“お荷物”扱いされてる気がしないでもないんだよな」
俺は肩をすくめて答えながら、わずかに胸の緊張をほぐそうとした。
……と、その場の空気が少し落ち着いた隙に、俺は隣を歩くミロに声をかける。
「なぁ、ミロ。なんで軍は盗賊団なんか放っておくんだ? 軍が動けばすぐに片付くんじゃないのか?」
ミロは歩きながら視線を前に向けたまま、静かに答える。
「軍が動くのは、大規模な反政府組織やテロリスト集団の時だけです。
街を守る治安警備隊もありますが、中規模以下の反政府組織や裏町のギャング抗争を見張るだけで手一杯……だから、こうした小規模な盗賊団は、懸賞金をかけてギルドに回されるんですよ」
「なるほどね……」
俺は小さくうなずいた。
けれど、心の奥では別の声が囁いていた。
――十数人もいる屈強な盗賊団を、この小さなギルドのメンバーだけで本当に倒せるのか?
その不安が、じわりと胸に差し込んできた。
そんな会話をしているうちに、木々の隙間から“廃屋らしき影”が見えてきた。
やがて近づくにつれ、その全貌が姿を現す。
廃屋は、月明かりに照らされて薄ぼんやりと浮かび上がっていた。
木々に囲まれ、半分は崩れかけた壁に覆われたその建物は、まるで「ここが地獄の入口だ」と言わんばかりの不気味さを漂わせている。
「……ここだな」
グリムが低く呟き、全員の視線が一点に集中する。
「……よし、突入だ!チャロ、お前はメイベルのサポートだ」
グリムの命令が飛ぶ。
「さっさと行くぞ、チャロ!」
メイベルが吐き捨て、裏口へ素早く駆ける。
「ま、待ってくださいよ!」
俺は武器のスコップを握りしめながら、慌ててその背を追った。
「俺は正面から突っ込むだけだな!」
ボグの拳がゴツンと鳴り、戦いの幕が上がる合図のように響いた。
「……ここからは声を抑えましょう」
ミロは冷静に言い、静かに木の上へと登っていった。
――そして、俺たちギルド・リトルリバーは、ゴロバ山の盗賊団アジトへと潜入を開始した。
……けれど俺たちは知らなかった。
盗賊団の頭目ドロガンは、“イノシシ獣人”。
風に混じるわずかな匂いや、地面に刻まれた足跡の気配すら嗅ぎ分ける化け物だ。
この山を根城にする奴の鼻から、侵入者の存在が逃れられるはずもない。
俺たちが踏み込んだ瞬間から――もう、すべての動きは筒抜けだったのだ。
廃屋の裏に回ると、崩れた石壁と蔦に覆われた小道が現れる。
湿った苔の匂いが鼻を突き、ここが盗賊どもの抜け道だと直感した。
苔むした板でふさがれた裏口は、ギィ……と不気味な音を立てて風に揺れている。
息を潜めながら近づくと、心臓が胸を突き破りそうなほど脈打っているのがわかった。
「……見張りも置いてねえとは、のんきな奴らだぜ」
メイベルが小声で吐き捨てるように呟く。
「よし、入るぞ」
低い声に、俺はゴクリと唾を飲み込み、スコップを構える。
メイベルがゆっくりと扉を押し開ける。
ギィ……と木が軋む音が、妙に大きく響いた。
中に足を踏み入れると、そこは拍子抜けするほど静まり返っていた。
散らかった机、倒れた椅子、蜘蛛の巣だらけの梁。
足元の床板は、ところどころ腐りかけていた。
踏みしめるたび、嫌な軋み音がする。
だが――気配が、まるで感じられない。
「本当にここなんですかぁ?」
思わず声をひそめてつぶやく。
――その瞬間だった。
太い剣影が、闇の中からいきなり唸りを上げて振り下ろされる。
「ッ!」
俺が動くより早く、メイベルの剣が閃いた。
――ガキィィーン!!
鋼と鋼がぶつかり合う衝撃音が、廃屋全体に響きわたる。
その余韻に重なるように、盗賊たちの怒号が飛び出した。
「待ってたぜ、小僧ども!」
「俺たちを襲撃しに来るとはな……血祭りにしてやるぜッ!」
怒号と同時に更なる刃が閃き、俺とメイベルに迫る。廃屋の中は一瞬で修羅場と化した。
俺は反射的にスコップを振り上げ、迫る影の刃を必死に受け止めた。
ギィィンッ!!
「ひ、ひいぃぃ……!」
喉の奥から勝手に声が漏れる。腕に伝わる衝撃が、骨まで砕けそうなほど重い。
歯を食いしばらなければ、次の瞬間にはスコップごと押し潰されていただろう。
「チッ……待ち伏せか!」
メイベルの双剣が月光を反射し、鋭く光る。
「チャロ! グリムたちに聞こえるように叫べ!」
「わ、わかりました!」
俺は腹の底から声を張り上げた。
「ま、待ち伏せされてますよーーッ!!」
緊張感のない声に、自分でもちょっと情けなくなった。
「間抜けな叫び声しやがって……」
メイベルが冷たく吐き捨てる。
「まあいい、盗賊どもを狩るぞ!」
双剣が風を裂き、迫る盗賊を一閃。
呻き声とともに影の一つが崩れ落ちた。
俺も必死にスコップを振り抜く。
「う、うおおおッ!」
ガキィン!
盗賊はチャロの攻撃を受け止め、弾き返す。
腕が痺れるほどの衝撃に、思わず足がふらついた。
「しっかり立て! 倒れたら即死だぞ!」
メイベルの叱咤が背中を押す。
俺は震える手でスコップを構え直し、迫る二人目の盗賊に向き直った――。
……だが、戦いの渦は俺たちだけじゃなかった。
廃屋の正面――
俺の叫びが響いた時には、すでにボグが扉を蹴破り、正面から堂々と侵入していた。
だが、その豪快な突入は同時に合図となり、待ち構えていた盗賊どもに一斉に取り囲まれてしまっていた。
四方八方から刃が突き出される中、彼は仁王のごとく立ち、拳をゴツンと鳴らして敵を睨み据えていた。
「かかってこい、盗賊ども!」
豪快な咆哮とともに、その巨体が突進する。
ゴゴゴゴ……!!
地鳴りのような衝撃。敵がたじろぐ。
バギィィィンッ!!
盗賊がまとめて宙を舞い、壁に叩きつけられた。
「ボグさん……! 気を付けて!」
木の上に陣取ったミロが矢を射ち込み、ボグの背後から襲いかかる敵の腕を貫いて動きを止める。
矢羽の音が夜空に鳴り響いた。
ボグの背後から、グリムは微動だにせず戦場を見据えながら号令を飛ばす。
「いいぞ!このまま押し返すぞ!」
一方、裏口側では――
俺は必死にスコップを振り回していた。
「くっ……!」
盗賊の刃がスコップの柄に食い込み、ギギギと嫌な音を立てる。
圧力に押され、腕が痺れ、膝が床に沈みそうになる。
このままじゃ――折られる!
「情けねえな……」
背後からメイベルの声。次の瞬間、双剣が横薙ぎに閃き、俺を押し潰そうとしていた盗賊を斬り伏せた。
呻き声を残し、影が床へ崩れ落ちる。
「武器を振るときは、やたらに振り回すんじゃなく腰に重心を落として、気合で振り抜くんだ!」
メイベルが冷ややかに言い放つ。
その背中は、鋭くて近寄りがたいのに……不思議と頼もしさがあった。
その時だった。
風が途絶え、空気が一瞬だけ張り詰める。
――ドンッ!!
俺たちのいる部屋の扉が蹴破られ、破片が四方に飛び散る。
粉塵を巻き上げて現れたのは、猪突猛進の名を体現するような巨躯。
鼻息荒く、牙をむき出しにしたイノシシ獣人が、月光を背に姿を現した。
「ドロガン……!」
メイベルの低い唸りが室内に響く。
盗賊団バーストの頭目が、ついに俺たちの前に現れた――。
ドロガンの足が床を踏み鳴らすたびに、廃屋全体がきしむように揺れる。
鼻息荒く、俺たちを一人ずつ値踏みするように睨みつけるその眼光は、まるで生きた鋼鉄の壁だ。
……果たして、こんな化け物に俺たちは太刀打ちできるのか。
俺は無言でスコップを握り直した。
だが――同時に心のどこかで、熱が芽生えていた。
こんな無茶な戦いだからこそ、俺は“ギルド・リトルリバー”の一員として踏ん張らなきゃいけないんだ。
――もう後戻りはできない。進むしかない道の先に、何が待っているのか。
……まさか俺の人生、ここでエンドロール流れたりしないよね!?
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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