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CHAPTER19『静かな夜明け、動き出す歯車』

――いやぁ、何とか話がまとまってよかった……。

思えば、最初はのんびり宿探しだったのに――

気づけば賭場で大乱闘からの同盟成立!

これで今夜は、静かに寝て朝を迎えたいっす……たぶん無理だけど。



メイベルは腕を組み、口の端を吊り上げた。

「ははっ、運命でも何でもいいさ! かぁちゃんの武勇伝が聞けただけで、もう十分だ!」


その笑い声は、まるで重かった空気を吹き飛ばすように、赤猫亭の座敷に響いていた。



組長は腕を組み、懐かしむように目を細めた。

「ハッハッハ、ビビアンにそっくりなカラッとした性格だのう!」



メイベルが少し身を乗り出す。

「かぁちゃんとは、何か話したのか?」


組長はゆっくりとうなずいた。

「ああ。ビビアンはあの白鴉組騒動のあと、一ヶ月ほどこの赤猫亭に腰を落ち着けとってな。いろいろ話を聞かせてもろうた」


その声音には、どこか寂しげな響きが混じっていた。

「どうやら旦那――つまりお前の父親の仇を探して、赤子のお前を連れて旅をしておったらしい」



――子連れ山猫だって?背に我が子、手には刃――絵面が濃すぎる。




メイベルは思わず一歩前に出た。

「父ちゃんの仇!? そりゃあ一体……誰なんだ!?」



組長は静かに目を伏せた。

「……わしが聞いたのは、マンモス獣人の男――ということだけだ」



メイベルは眉をひそめ、ゆっくりと組長を見据えた。

「……マンモス獣人、ねぇ……」



組長はゆっくりと首を振る。

「その後、仇討ちが果たせたのかどうかは……わしにも分からん」



メイベルはわずかに俯き、ぽつりと呟いた。

「……かぁちゃんは、俺が三歳の頃に病気で死んだ……って、育ての親の神父さんに聞いてんだ」



一瞬だけ沈黙が流れ、メイベルは視線を上げる。

「だから仇討ちが果たせたかどうかは分からねえけど……」



その口調に、いつもの強気が少しだけ戻る。

「マンモス獣人なんて、そうそういねぇだろ? 希少種族だ。調べりゃ、そのうち見つかるさ!」



ミロは小さく頷き、落ち着いた声で言った。

「……そうですね。このトラガロ絡みの騒動が片付いたら、調べてみましょう!」




その言葉でようやく場が落ち着きを取り戻した――



……と思ったら、まだ一組だけ決着がついてなかった。




ドロガンは歯を食いしばりながら唸る。

「……テメェ、なかなかやるじゃねえか!」



ゴズも額に汗を浮かべ、低く笑った。

「……フン、テメェこそ俺と互角に渡り合うとは、怪力野郎め!」


ゴズは目をギラつかせ、ぐぐっと腕に力を込める。

「勝負はここからだぜ!」



押し合う腕がぶるぶると震え、二人の足元で畳が悲鳴を上げる。



ドロガンも低く唸り、ギラつく目で睨み返した。

「先に手を離した方が負けだ!」




次の瞬間――



「いい加減にしなっ!」


メイベルが地を蹴って跳び上がり、ゴズの背中に飛び蹴りを叩き込み、その勢いのまま空中で旋回。

ドロガンの頭上に、鋭いオーバーヘッドキックを叩き込んだ。



ドゴォンッ!バギッ!



「テメェら! いつまで遊んでんだ!」




俺とミロ、そして赤猫組のみなさんから、自然と拍手が巻き起こった。


パチ、パチ、パチパチパチパチ·····!



……誰も声を出さない。けど全員、口ぽかーん。

あの一瞬で二人まとめて蹴り飛ばすとか、どういう物理法則?



組長は太い腕を組み、豪快に笑った。

「ハッハッハ、ところでもう夕飯は食うたのか?」



ミロは姿勢を正し、にこやかに答える。

「はい!とても美味しくて感動しました!」



「なら、酒でも菓子でも何でも持って来させよう。もちろん宿代も無料(タダ)だ!」

と、組長は声を張り上げる。



メイベルは満面の笑みを浮かべ、拳を突き上げた。

「やりぃ!さすが組長!できた男だぜ!」



組長は煙管(キセル)を片手に、どっしりとした声を響かせた。

「今夜は羽を伸ばしてもらおう!――おい、女将を呼んでこい!」



サメ魚人がビシッと背筋を伸ばし、「ヘイ!」と短く返事して、廊下へサッと姿を消した。




――結局この夜は、飲めや騒げやのどんちゃん騒ぎ!

俺たちにぶっ飛ばされた組員さんたちも、最初はギロッと睨んでたけど――

ズールさんが「メイベルさんは先代組長の命の恩人の娘さんだ」って説明した途端、

みんな納得してコロッと態度が変わった。


極めつけはドロガンさんとゴズさん! お互いの力量を認め合って、気づいたら兄弟盃まで交わす始末。


……ああ、なんかもう、今日だけで一年分の修羅場くぐった気がするっす。




――翌朝



鼻の奥をくすぐる味噌汁の香りと、誰かの笑い声が耳の奥をゆらした。


ゆっくり目を開けると、そこは――昨夜の宴会場、山楽の間。


畳の上には酒瓶が転がり、ちゃぶ台はひっくり返ったまま。

床には赤猫組の面々が雑魚寝状態、あちこちからイビキの合唱が響いていた。


とりわけうるさいのはドロガンさん。

まるで滝のような轟音イビキを響かせ、その横ではゴズさんが「ギリギリ……ッ」と歯ぎしりで応戦している。



音のバトルロワイヤル状態だ。



……そんな中、メイベルさんはというと――

いつの間にかちゃっかり二階の“梅の間”で一人、ふかふかの布団にくるまって寝ていたらしい。

ほんと、マイペースの天才だと思う。



廊下のほうからは、女将さんとミロさんの話し声が聞こえてきた。

「まったく、昨夜はすごい騒ぎでしたねぇ」


「ええ……嵐のあとの静けさって、こういうことを言うんでしょうね」



窓の外では、早朝の光が赤い提灯を透かしてやさしく揺れている。


昨夜の喧騒が夢だったかのように――朝の赤猫亭は、のどかで、少し微笑ましい静けさに包まれていた。



ズールさんが廊下の奥からズカズカと足音を響かせ、勢いよく襖をガラリと開け放った。

「……テメェら! いつまで寝てんだ! オヤジが来るぞ!」



その怒声に、雑魚寝していた赤猫組の面々が一斉に飛び起きる。

「う、うう〜……眠てぇ……」


「もう朝かよ……」


「昨日の酒、まだ残ってるわ……」



誰かが布団を頭からかぶり、誰かは空の徳利を枕にしたままうなだれている。



ドロガンさんだけ、まだイビキをかいていたが、ズールさんが近づいて思いきり背中を蹴りつけると――



「ぐはっ!? こ、こりゃ地震か!? はっ!? ズール! 逃げろ! この規模の揺れなら――世界が滅亡するぞ!!」



……完全に寝ぼけているらしい。



その時、入口の襖がスッと開き、メイベルさんがいつもの調子で部屋に入ってきた。



俺の目は思わず一点に釘付けになった。

メイベルさんの手には――小さな一輪の花。



「メ、メイベルさん、それどうしたんすか!?」



メイベルは肩をすくめて言った。

「ん?景色でも見にその辺プラプラしてたらよ、道端でガキが黒パン取られそうになっててな。

朝っぱらからムカついたから、チンピラまとめてぶっ飛ばしてきた」



――いや、爽やかな朝の散歩でそんな血なまぐさいことある!?



メイベルは花を指先でひらひらさせ、面倒くさそうに言った。

「そしたらよ、そのガキが……『お礼に』ってこれ渡してきやがったんだ」




その時、メイベルさんの後ろから、組長さんがどっしりとした足取りで入ってきた。

「おう、みんな起きとるか?」



その一声に、赤猫組の面々が一斉に背筋を伸ばし、

「ウッス!!」と返事をそろえる。



そこからの動きは早かった。

転がってた徳利や皿を片づけ、ひっくり返ったちゃぶ台を元に戻し、さっきまでぐちゃぐちゃだったとは思えないほどの手際で、あっという間に座敷は片づけモードへ。



……さすが、ヤクザの片付け力、無駄に統率とスピード感があるっす。



組長はちゃぶ台の前にどっかりと腰を下ろし、腕を組んだ。

「昨夜の話は、酒の勢いだけの冗談じゃねぇ。わしは本気で“ギルド・リトルリバー”と手を組みたいと思っとる」



その言葉に、場の空気がピシリと引き締まる。

組長の目には、ただの興味ではない、長年背負ってきた“義理”の炎が宿っていた。


「……わしらは、メイベルの母親――ビビアンに借りがある。その借りを返さにゃあ、赤猫組の名がすたる。

だからこそ――娘のお前に“全面的に力を貸そう”と思っとる!」



そう言うと、組長はしばらく沈黙し、ゆっくりと視線をあげた。

その瞳の奥には、決意と覚悟が入り混じった光があった。

「それに……この街からトラガロやバルバスの連中を叩き出すには、ワシらだけじゃ手が足りん。

だが――お前らとなら、風向きが変わる気がする」



メイベルは腕を組み、にやりと笑った。

「へっ、俺もあいつらには個人的に借りがある。乗ったぜ、組長」


組長は満足げにうなずき、ズールへと視線を向けた。

「ズール、お前は組長代行として“リトルリバー”のボスに会いに行け。

同盟の件、正式に話をつけてこい。向こうが了承すりゃ、いよいよ本格的に動ける」



「……承知しました」

ズールが力強く頷く。



その時、襖の向こうから女将さんの朗らかな声が響いた。

「みなさん、朝餉あさげができましたよ〜」


仲居さんたちが膳を運び込み、湯気の立つ料理の香りが一気に広がった。

煮物に焼き魚、温かな汁物――宴の翌朝とは思えないほど、丁寧な膳立てだ。




俺たちは女将さんたちが用意してくれた朝膳を囲んで、すっかり宿の常連みたいにくつろいでいた。

焼き魚の香ばしさに、ふわふわの卵焼き――もう、これ食べるためだけにまた泊まりたいくらいだ。


「うめぇ……旅って、こういうのがあるからやめられないんすよねぇ……」

そんな俺のつぶやきに、メイベルが呆れ顔で笑い、ミロは荷造りを始めていた。


宴会場の片隅では、まだ寝ぼけ眼のドロガンさんとゴズさんが、仲良く伸びをしている。


……ほんと、昨日までのあの殺気はどこへ行ったんすかね。

食事を終えた俺たちは、赤猫組のみんなに見送られながら再びカイラムの街へと戻る道を進み始めた。



――そしてその頃。

ギルド・リトルリバーのもう一人の仲間、ボグ・ドンベルは、軍事都市ドラケンフォートを見渡せる小高い丘の上にいた。

朝もやの向こうには、分厚い城壁と無数の大砲、鉄の匂いが風に混じる、いかにも物騒な光景。


……ボグさん、今ごろあの顔で腕まくりしてるんだろうなぁ。

「こりゃあ骨のある街だぜ」なんて言いながら。

温厚だけど、スイッチ入ると止まらないんですよ、あの人。


ボグさん、どうか頼むから、陸軍を敵に回して帰ってきませんように……本当にお願いします!


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