CHAPTER18『紅の宿に刻まれし誓い』
──組長さんが暴れ出したら、もう終わりだ……!
ドロガンさんと熊のゴズさんは、まだ力比べの最中だし、空気はピリッピリ。
一言でも間違えたら、この宿ごと吹っ飛びそうな緊張感だ。
なのにメイベルさんは、なぜかニヤニヤしてるし……!
頼むから刺激しないでくださいって!
俺、できることなら玄関の“提灯”になって、遠くからこの修羅場を照らしてたいっす……。
組長の怒気を含んだ声が響いた。
「……テメェら、どこの組のモンだ!?」
その迫力に場の空気が一瞬で張りつめる。
メイベルは怯むどころか、口元を歪めて言い返した。
「ヘッ、俺たちはギルド・リトルリバーだ! 小せえからって舐めてると痛い目に遭うぜ!」
ヘビ獣人のズールが目を剥く。
「ギルド……!? ギャングじゃねえのか!? なんでギルドの奴らが賭場荒らしなんかしてんだ!?」
メイベルは肩をすくめ、やけっぱち気味に叫んだ。
「だから! 賭場荒らしじゃねえって! あのイノシシが暴れ出したから、俺も雰囲気で暴れてるだけだ! 誤解してんじゃねえ!」
──理屈がむちゃくちゃだ!!
いや、雰囲気で暴れるって何!? ギルドの品位が地の底ですよメイベルさん!!
組長はゆっくりと周囲を見回した。
散乱した賽の目、倒れた机、床に転がる手下たち――その光景を一瞥し、眉をひそめる。
「……これ全部、コイツらにやられたのか?」
低い声でズールに尋ねる。
ズールは額の汗を拭いながら、苦々しげに答えた。
「はぁ……そこの、ゴズとやり合ってる布袋野郎に、ほとんどぶっ飛ばされて……」
組長は深くため息をつき、ギロリと睨みを利かせた。
「か〜、情けねぇな! そんなだから、ギャング団どもに主導権を握られんだろうが!」
その声は雷鳴のように響き渡り、場の空気が一瞬で凍りついた。
メイベルが眉をひそめて口を出す。
「……ギャング団に主導権を握られてるだと!? もしかして、トラガロファミリーか?」
組長は険しい顔で肩をすくめ、低く吐き捨てるように答えた。
「あん?……ああ。トラガロの野郎にも、バルバスの奴らにも随分とシマを喰われちまった。そうやって周りにあった組はみんな潰されちまったか、吸収されちまったんだ」
メイベルはくすりと笑って、冷ややかに言い放つ。
「ほう、あの野郎。こんな街にまで侵出してやがんのか。じゃあ直に赤猫組も危ねぇってわけか?」
ズールが顔を上げ、歯を食いしばって声を張る。
「……んな事はさせねえよ!今は俺らのシマはこの赤猫亭だけになっちまったが、そのうち奴らから奪い返すさ!」
その言葉に、メイベルの口角がゆっくりと上がった。
「へぇ……面白ぇじゃねえか。その喧嘩、俺たちも混ぜてもらおうか?」
――ちょ、ちょっと何言い出してんすかメイベルさん!?自分から巻き込まれ事故に突っ込んで行ってますよーーっ!!
ズールが怪訝な顔をする。
「は? てめぇら、何のつもりだ?」
メイベルがにやりと笑い、肩をすくめる。
「ははっ、俺たちは俺たちでトラガロファミリーと揉めかけてんだよ。そのうち喧嘩んなると思うからよ? そん時ゃ、一緒にトラガロの野郎をぶっ飛ばそうじゃねえか!」
ズールが一瞬、眉をひそめる。
「……てめぇ、本気か?」
メイベルは軽く頷き、目を細めた。
「本気も本気だ。あんたらもトラガロに手ぇ焼いてんだろ? だったら敵は同じじゃねぇか。組む理由はそれで十分だろ?なぁ組長?」
組長は太い腕を組み、口の端を吊り上げた。
「ハッハッハ、血の気の多い娘だのう! いい度胸してやがるぜ!気に入った!」
組長は膝をどんと叩き、笑いながら言った。
「よし! お前らと組んで一発ドデカい花火をぶち上げてやろうかい!」
メイベルが口角を上げ、挑むような目で応じた。
「へっ、さすが組長! 話がわかるぜ!」
俺は慌てて口を挟む。
「え〜っ!? グリムさんに確認しなくてもいいんですか!?」
メイベルはまるで聞く耳を持たず、軽く手を振った。
「あ? 大丈夫だろ。味方が増えるんだからよ!」
ミロは苦笑しつつも、まっすぐに組長を見つめる。
「そうですね。赤猫組のみなさんがリトルリバーの味方になってくれるなら、頼もしいですね……でも、メイベルさんやドロガンさんに倒された方たちは、賛成してくれますかね?」
組長は豪快に笑い声を上げた。
「ハッハッハ、それは問題ないわい!」
膝を叩いて笑っていたその顔が、ふと止まる。
「……ん? メイベル……?」
メイベルが怪訝そうに眉をひそめた。
「……? なんだ?」
組長の目が細くなり、どこか遠くを見るように低く呟く。
(……ヤマネコ獣人のメイベル……まさか)
「おまえ――ビビアン・クロウリーを知っているか?」
「!? ……は?」
一瞬、間が空いた。
「なんで、かぁちゃんの名前を……!?」
メイベルが勢いよく腕を広げ、目を見開いた。
組長は腕を組んだまま、深く頷く。
「……やはりか」
メイベルの声が一段高くなる。
「おっさん! かぁちゃんの知り合いか!?」
――な、なんか、急に“人情ドラマ編”に入った感じなんすけど……! 誰か俺に置いてかれないよう説明してぇぇ!
組長はゆっくりと腕を組み直し、低く語り出した。
「……お前の母親、ビビアン・クロウリーは――お前がまだ赤子の頃に、この赤猫亭にしばらく滞在しておった」
組長は、ふと遠くを見るような目をして呟く。
「……そういえば思い出したわい。あの時、ビビアンは背中に赤子をおぶっておった。
“メイベル、静かにしてな”――そう言って、泣くお前をあやしておった姿が、今でも脳裏に残っとる」
メイベルが目を丸くして鼻を鳴らす。
「へぇ、かぁちゃん、ここに泊まった客だったのかよ! 俺は小さすぎて覚えてねえなあ!」
組長は首を横に振り、わずかに目を細めた。
「……ただの客ではない。お前の母親は――ワシらの先代組長の命を救ったのだ」
ズールが思わず声を荒げる。
「な、何っ!?」
メイベルが眉をひそめ、信じられないといった様子で組長を見返した。
「はぁ? どういうことだよ、それ……!」
組長は低く唸るように語り出した。
「……わしらは当時、対立組織“白鴉組”と血で血を洗う抗争を繰り広げとった。
だが、お互いの表の稼業――宿や商いには手を出さんと協定を結んでおった。
だがな……白鴉の奴らはいきなりそれを破ったんだ……」
組長の拳がぎゅっと握られる。
その節くれだった指が、長年の抗争で刻まれた古傷を思い出すように震えていた。
組長はゆっくりと煙草をくゆらせ、遠い目をした。
「……その日、先代の組長〈オヤジ〉は、まさにここ――赤猫亭“山楽の間”で、斬った張ったの日々の疲れを癒すようにのんびり休んどった。
わしは当時、若頭をやっとったが……“守り代”を頂いとる団子屋に盗賊が押し入ったと報告が入ってな――あとから思えば、それが罠だった。
白鴉の連中の中でも頭が回る、当時の若頭が描いた策や。
わしらをオヤジから引き離して、その隙に組長を獲る……まったく、古典的だがえげつないやり口よ」
メイベルは腕を組み、目を細めた。
「ほう……それで?」
組長は静かに煙を吐き、わずかにうつむく。
「……わしらが団子屋に、向かっている間にな、白鴉の奴らがここを襲った。
女将ら宿の者は悲鳴を上げて逃げ出し、先代の護衛たちは全滅――」
組長は腕を組み、ふっと鼻で笑った。
「……先代は、十数人の白鴉組の武装した奴らに囲まれて、もう駄目だと死を覚悟したらしい。
だがその時だ――二階の部屋に泊まっていたビビアンが、背中に赤子をおぶったまま、
“子供が寝てんのにガタガタうるせぇなぁ!”っちゅうて部屋に乗り込んできおった!」
組長は口元を吊り上げる。
「そっからはもう、嵐だ。白鴉の連中を一人残らず叩きのめして、先代を救ったんだと」
――えぇ……!? 子連れで殴り込み!?
メイベルさんの凶暴性、完全に納得しました……!
これはもう“血統書付きのバイオレンス”っすよ……!
メイベルは腕を組み、どこか誇らしげに鼻を鳴らした。
「へっ、さすが、かぁちゃんだな!」
組長は目を細め、ゆっくりと頷いた。
「お前の母親には借りがある。もしあの時、ビビアンがいなければ……赤猫組はとうに消えとったろう。
その娘がこうして目の前にいる――運命っちゅうやつかもしれんな」
――まさかこんな展開になるとは思ってもみませんでしたよ。
メイベルさんのお母さんが、赤猫組の恩人だったなんて――いやぁ、人生なにが起こるかわかんないっすね。
ともあれ、助かってよかった……命があるだけで御の字です。
……ていうかドロガンさんとゴズさん、まだ力比べ続いてません?あの二人、ずっと筋肉ギチギチ鳴ってるんですけど!?
誰もが忘れてるって、どんな空気ですかこれ……!
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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